置塩 信雄(おきしお のぶお、1927年1月2日 - 2003年11月8日)は日本の経済学者。専門はマルクス経済学、理論経済学。経済学博士(神戸大学、1962年)(学位論文「労働生産性・利潤率及び実質賃金率の相互関連に関する量的分析」)。神戸市兵庫区出身。神戸経済大学では、数理経済学の水谷一雄に師事。学部時代には、マルクス経済学の講義を受けた事はなく、『資本論』を一人で読む程度であった。1950年に卒業と同時に新制神戸大学の助手として迎えられる。卒業直後から1年間、サナトリウムで療養中にジョン・ヒックス『価値と資本』を研究するが、同時期に近代経済学の研究を続ける事に疑問を感じ、マルクス経済学への関心を深める。置塩は投下労働価値概念の数理的定式化を行い、マルクスのいう価値がどのように数量的に決定されるかを示してみせた。置塩によって示された価値方程式は、ある商品を一単位を生産するのに直接的・間接的に必要な労働時間を合計した量を決定する。今、n 種類の商品が存在する経済で、i 番目の商品を一単位を生産するのに直接的・間接的に必要な労働時間の合計を t とすると、価値方程式は次のようになる。ここで a は、i 番目の商品を生産するのに必要な j番目の商品の量であり、同じく τは、i 番目の商品を生産するのに直接必要な労働量である。この連立方程式を解くことで、すべての商品の価値(投下労働価値)=その商品を生産するのに直接的・間接的に必要な労働時間の量を求めることができる。置塩は、この方法を「交換論について」(1954年)ではじめて示した。英文論文“Monopoly and the Rates of Profit”(1955年)では、より明確な形で価値方程式について書かれている。置塩は前述の価値方程式を用いて、のちに森嶋通夫によって「マルクスの基本定理Fundamental Marxian Theorem」と名付けられた定理を、1955年世界ではじめて導いた。この定理は、剰余労働の搾取が、プラスの利潤が存在する必要十分条件であることを示すものである。価値方程式によって、産業連関表のデータを用いて価値の数量的測定をすることができる。置塩は、1958年に日本経済について測定を試み、彼の弟子もまた日本を含む多くの国について価値の測定を行った。その結果、価値と価格は短期的には乖離するが、長期的には一致した動きを示すことが実証された。この分野における置塩の業績は、マルクスの理論が持つ論理を明確化したことである。このことで、長年論争されてきた問題について、従来マルクス経済学者の間で用いられてきた数値例による例示に替えて、数学的定式化を用いることで、主張の前提を明らかにし、推論の過程を明確にすることで、議論の水準を高め、マルクス経済学者のみならず非マルクス派経済学者をも議論に参加させることにつながった。投下労働価値から生産価格へのいわゆる「転形問題」について、置塩は、『資本論』で示唆された手順を、数理的定式化を用いることで、最後まで繰り返し計算を行い、マルクスの推論のとおり、生産価格に収束することを示した。しかし、この場合にもいわゆる総計一致二命題は両立しないことを確認した。この結論に関係して得られた重要な知見に、均衡利潤率と生産価格は実質賃金率と基礎部門の生産技術のみに依存するというものがある。多くの経済学者が非基礎部門もまた均衡利潤率の決定に関係すると考えていたことから、置塩が導きだした結果は驚きを持って迎えられ、置塩と多くのマルクス経済学者の間で激しい論争が行われた。英文で発表された論文“ A Formal Proof of Marx’s Two Theorems”(1972年)で、置塩は、資本主義経済の景気変動に関するマルクスの2つの命題について証明を試みた。ひとつは、利潤率の傾向的低下について、もうひとつは失業の傾向的増加についての命題である。ここで“formal”という言葉の意味は、生産の有機的構成の上昇というマルクスの前提から、上記二つの命題を導出できるということである。もし新しい技術導入が生産の有機的構成を上昇させるならば、利潤率は必ず下がり、失業は必ず増加することを、置塩は証明した。ここで不可欠な前提は、新技術の導入が有機的構成を上昇させることである。そこで置塩は、一歩進んで、技術選択における資本家の行動という観点から、この前提の妥当性について検討する研究に進んだ。1961年に発表された論文“Technical Change and the Rate of Profit” は、有名な「置塩の定理」を提示したものである。この定理は、現行価格のもとで費用を削減するイノベーションの結果、新たに成立する均等利潤率は以前よりも低下することはないことを示したもので、マルクス経済学の主要な命題である「利潤率の傾向的低下の法則」を否定していることから、世界規模での論争を呼んだ。このため「マルクスの基本定理」の証明よりむしろ、「置塩の定理」の方が世界的によく知られている。「置塩の定理」が「利潤率の傾向的低下の法則」の全ての妥当性を排除したと考えていない。置塩は、「利潤率の傾向的低下の法則」は長期で、資本家たちによる競争圧力や、労働者の交渉力などの原因によって起こりうるとしている。置塩は、非マルクス派経済学についても、多くの労力を注いで研究を行っているが、特にケインズとハロッドについては精力的に研究している。著作中での置塩は、時にケインズについて厳しい評価をしているが、その一方で新古典派経済学に対する重要な批判者(近代経済学の中の腹中の虫)として評価している。特に市場経済の調整メカニズムを批判する点や、資本主義経済における投資需要の独立性や気まぐれな性質を強調した点を重視する。置塩は、ケインズ理論を批判的に摂取し、たとえば資本家の投資や雇用の決定態度を定式化して、自論で積極的に用いている。置塩は、ケインズが資本家の意思決定を変える可能性を一顧だにしない点を非難する。ケインズは研究のほとんどを需要サイドの問題に費やし、供給サイドについてはほとんど言及していない。需要が低いことに対応して資本家は雇用を控え、高い利潤率が得られないと考え新規投資を控えるが、これに対するケインズの処方は、たとえば政府投資などによる有効需要を高める政策である。しかし需要が嵩上げされたからといって、資本家は必ずしも雇用や投資を増加させるわけではない。置塩はケインズ自身は技術的要因によって決まると考えていた総供給関数を検討し、これが搾取率の関数であることを明らかにし、有効需要を増やすのとは別の、サプライサイドに変化をもたらし雇用を増加させる代替案を提示した。これらケインズ経済学についての批判的検討は、共著である『ケインズ経済学』(1957年)として出版されている。労働市場についての、従来の経済学に対するケインズの批判は有名である。新古典派経済学は、賃金と雇用量は労働市場の均衡において決まると考えるが、ケインズは財市場において実質賃金率が決まると考える。多くのマルクス経済学者は(新古典派と同様に)労働市場で実質賃金率が決まると考えてきた。しかし労働市場で決まるのは名目賃金率であり、同様に名目価格は財市場で決まる。実質賃金率を決めるためには、その双方(名目賃金率と名目価格(物価))が必要である。置塩は、実質賃金率の変動を研究し、資本主義経済の蓄積過程においては、実質賃金率を規定する最も大きな要因は、資本家の投資需要であることを突き止めた。つまり投資需要が財全体の需要に影響し、財の需要量が財の供給量に影響し、財の供給量が雇用量と名目賃金率に影響する。最後に財市場で決まる物価と名目賃金率とから実質賃金率が決まるのである。ケインズの高弟であり、ポスト・ケインジアンの一人であるハロッドは、ケインズ経済学の動学化を行い、経済成長論のモデルを作り上げた。このモデルは経済の自律的な安定を確保する難しさを例示するもので、保証経済成長率 (資本の増加率)が、完全雇用をもたらすような自然経済成長率 (労働力の増加率)と別個に規定され、自律的に均衡に向かわないと仮定されていて、両者の不均衡が不況やインフレをもたらすとされていた。置塩はハロッドの不安定性論の論理を厳密化して、必ずマクロ的に不安定をもたらす投資関数「ハロッド=置塩型投資関数」を定式化した。投資関数の重要性は、需要や生産や雇用の量を左右する主要因が、資本家の投資需要であることを突き止めたことからくる。資本主義経済の不安定性は、この投資が資本家の私的で分散的な(しかし競争の圧力の中で利潤追求に方向付けられた)意思決定に委ねてられている点に由来する。置塩は、「ハロッド=置塩型投資関数」を活用して、さまざまな条件の下での経済動学を研究するだけでなく、投資決定理論自体の研究を生涯続けた。晩年の著作『経済学はいま何を考えているか』では、市場社会主義論をとなえた。政治的発言をすることはすくなかったが、日本共産党がよびかけた非核の政府に賛同し、「非核の政府を求める兵庫の会」の役員を務めた。また、兵庫県日本共産党後援会会長でもあった。
出典:wikipedia
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