くろしおは、西日本旅客鉄道(JR西日本)が、主に京都駅・新大阪駅 - 白浜駅・新宮駅間を東海道本線(JR京都線・梅田貨物線)・大阪環状線・阪和線・紀勢本線(きのくに線)経由で運行している特急列車である。本項では、同一経路で運行されていた特急「スーパーくろしお」「オーシャンアロー」のほか、過去に運行されていた臨時列車とともに、京都・大阪と南紀を結ぶ優等列車の沿革についても記述する。京阪神地区と南紀を結ぶ列車で、特急「くろしお」としては、1965年3月1日に天王寺駅 - 名古屋駅間を阪和線・紀勢本線・関西本線経由で運行する列車として運転を開始した。1978年10月2日に紀勢本線の和歌山駅 - 新宮駅間が電化されたことにより、新宮駅を境に系統分離され、天王寺駅 - 白浜駅・新宮駅間の列車を「くろしお」、名古屋駅 - 新宮駅・紀伊勝浦駅間の列車を「南紀」とした。1989年7月22日にグリーン車をパノラマ型先頭車に改造した「スーパーくろしお」の運行を開始。天王寺駅構内の阪和短絡線が完成し「くろしお」「スーパーくろしお」が梅田貨物線を経由して新大阪駅・京都駅まで運転されるようになった。「オーシャンアロー」は1996年7月31日より「スーパーくろしお(オーシャンアロー)」として運転を開始し、1997年には列車名を「オーシャンアロー」へ変更している。2012年3月17日より、「くろしお」「スーパーくろしお」「オーシャンアロー」の列車名はすべて「くろしお」に統一された。「くろしお」の名称は、日本近海を流れる「黒潮」に由来するため、この海流の沿岸(房総半島以西の太平洋沿岸)であればどの地域でも採用できる列車名であった。そのため、大阪対南紀直通列車の系譜を引く紀勢本線列車以外にも日本国有鉄道(国鉄)では、四国と房総半島でも使用されており、3地域で「くろしお」「黒潮」の名が同時使用され、重複するという事態が起こった。これらは1965年10月、四国の「黒潮」が「南風」に、房総の「くろしお」が「外房」にそれぞれ改称され、「くろしお」の3重複はこの時解消した。また、国鉄バスが運行した松山高知急行線の高知行きの急行バスも「くろしお」と名乗っていたが、本列車名と混同するため公募で「なんごく」と改称した。私鉄では、京成電鉄でもこの愛称を使用していたことがあったとされる(京成電鉄のダイヤ改正を参照)。2016年3月26日現在、定期列車は以下の上り16本・下り17本が運転されている。なお、「くろしお」は列車番号が上りが奇数、下りが偶数と、本来とは逆になっている(他の「きのくに線」を走行する列車も同様である)。新大阪駅 - 白浜駅間では原則1時間に1本運転され、新大阪発9時台および白浜発16時台のみ1時間2本運転されている。海南駅・和歌山駅・紀伊田辺駅発着の区間列車の一部は、かつて運転されていた「はんわライナー」を特急列車化したもので、これらを含めた朝の下りと夕方の上りは、通勤需要に対応した停車設定になっている。日根野・箕島・藤並・湯浅・南部駅は白浜駅までが運行区間の列車はほとんどが停車するが、一方で新宮駅まで運行する列車はほとんどが通過する。運行開始当初はすべて天王寺駅発着だったが、2004年10月16日のダイヤ改正以降、天王寺駅発着は原則臨時列車のみとなっており、現在はすべての定期列車が新大阪・京都方面へ直通運転している。なお、天王寺駅発着の列車には、東海道・山陽新幹線からの乗り継ぎにおける割引は適用されない。京都駅 - 新大阪駅 - (西九条駅) - 天王寺駅 - (和泉府中駅) - (日根野駅) - (和泉砂川駅) - 和歌山駅 - 海南駅 - (箕島駅) - (藤並駅) - (湯浅駅) - 御坊駅 - (南部駅) - 紀伊田辺駅 - 白浜駅 - 周参見駅 - 串本駅 - 古座駅 - 太地駅 - 紀伊勝浦駅 - 新宮駅紀伊田辺駅〜新宮駅間は単線区間の為、対向列車待ちで上記以外の駅で停車(乗り降り不可)することがある。283系と287系は吹田総合車両所日根野支所(旧・日根野電車区)、289系は同総合車両所京都支所(旧・京都総合運転所)に所属する車両が使用されている。2号車(自由席)に乗車する場合は1号車(グリーン車)から乗車しないように案内され、天王寺駅や和歌山駅では1号車のドア付近に駅係員を配置している。2015年10月31日以降、新宮駅発着の列車はすべて283系または287系で運転されている。なお、臨時列車は基本的に287系または289系での運転となる。基本編成は6両で運転されているが、京都駅 - 白浜駅間に限り、繁忙期には付属編成3両(すべて普通車指定席、但し283系の場合、新大阪側1両(9号車)がパノラマ型グリーン車指定席になることがあり、この場合は7号車にも車椅子対応座席がある)を増結した9両編成で運転する日がある。新宮駅発着列車の場合、増結編成は白浜駅で増解結作業を行うため、下り列車では行き違い待ちおよび増結作業を見込んだ余裕時間を含めて、白浜駅で6 - 12分の長時間停車を行うダイヤが組まれている。これに対し、解結作業を行う列車の同駅での停車時間は2・3分であるため、新大阪駅 - 新宮駅間の平均所要時間は新大阪方面行きの方が若干長い。なお、白浜駅以北で折り返す場合は車両の増解結作業はない。この増解結作業は、初期はパノラマ編成の381系(元スーパーくろしお)のみ行われていた(他の車両は実施されるまで、全区間9両編成だった)が、2011年3月から全特急列車(後に登場する車両も含む)で実施されるようになった(アコモ編成の381系は途中で増解結できない為、以降運用終了まで白浜駅〜新宮駅間の運用が廃止された。また、同時に新宮駅に乗り入れる可能性がある列車は増解結部分に接する車両同士の幌の連結も廃止された)。この影響で余裕時分の追加により延びた大阪方面 - 新宮駅間の所要時間がさらに延び、速達性における381系に対する優位性がほぼ失われている。2012年3月17日のダイヤ改正時点の天王寺駅 - 新宮駅間の所要時間は最速3時間38分、2016年3月26日のダイヤ改正では最速3時間47分にまで延び、かつての最速列車(この区間を3時間18分で運転)よりも30分近く長くなっている。後述の非振り子車で運転される列車の最速列車と比較しても僅か1分の差となっており、後述の非振り子車で運転される「くろしお」とのダイヤの一体化が進められている状況にある。振り子式車両である381系の一部を非振り子式車両である287系へ置き換えたことにより、置き換え後の列車は和歌山駅 - 白浜駅間で5分程度所要時間が長くなっている。2015年3月14日のダイヤ改正では、残る381系の置き換え用として非振り子車の289系が投入されることから、10分前後所要時間が長くなっている。しかし非振り子式車両対応ダイヤの天王寺駅 - 新宮駅間の最速列車は3時間48分で、これは381系が投入された1978年10月当時の最速列車(3時間53分)よりも5分速い。283系電車は、かつて「オーシャンアロー」として運転されていた車両で、充当される3.5往復(1・2・13・14・21・22・34号)は大型時刻表などで「オーシャンアロー車両で運転」と表記される。グリーン車は原則1号車でパノラマ車となっているが、車両検査などで付属編成を2本連結した6両編成で運転される場合があり、この場合は1号車が普通車指定席となり6号車がパノラマ型グリーン車指定席となる。また、基本編成と付属編成を連結した場合、1号車と9号車の2両がグリーン車となることがある。3号車には展望ラウンジが設けられており、座席はすべて海を展望できるようになっている。9両編成の場合は貫通型先頭車同士が向き合うが、幌の連結はしていない(白浜駅での増解結を実施する前の2011年3月までは幌を連結していた。付属編成同士の場合は現在でも幌の連結を行う)。従って、6号車と7号車の通り抜けはできない。なお、上り列車において、新宮行きの場合は白浜駅で7〜9号車を切り離す為、行き先表示が1~6号車は新宮、7~9号車は白浜と表記される(他の車両も同様)。287系電車は、専用のHC編成が使用され、大型時刻表などで「新型車両で運転」と表記される。2012年3月17日に運転を開始し、381系非パノラマ編成で運転されていた4往復(4・5・10・11・22・23・24・29号)を置き換えた。さらに、同年6月1日から3往復(3・14・15・18・19・30号)にも充当されている。2016年3月現在、7往復(3・4・7・8・9・10・17・18・23・24・25・26・30・31号)に充当されている。9両編成の場合は貫通型先頭車同士が向き合うが、幌の連結はしていない(新宮駅に乗り入れる前の2015年10月までは幌を連結していた)。従って283系と同様、6号車と7号車の通り抜けはできない。2016年3月のダイヤ改正でJR京都線および京都駅に乗り入れる「くろしお」の車両は287系のみとなった。2015年4月28日に後継として、北陸新幹線の金沢開業前までは特急「しらさぎ」に使われた683系2000番台を、直流化して形式変更された289系の投入が決まり、2015年10月31日に営業運転を開始した。同年5月27日には289系の試運転が行われたが、「くろしお」には287系と同じオーシャングリーンの帯が施されているものが投入された。6往復(5・6・11・12・15・16・19・20・27・28・29・32号)に充当されている。運転開始当初からキハ80系気動車が使用されていたが、1978年の紀勢本線新宮電化時に381系電車に置き換えられた。先頭車はキハ82形のほか、1972年10月からはキハ81形も運用され、キハ81形は「くろしお」が最後の定期特急運用となった。1985年4月には、増発のために485系電車44両が日根野電車区に配置され、運用が始まった。充当列車はグリーン車なしの普通車4両編成で組成され、列車によっては白浜駅での増解結により白浜駅以北を8両、白浜駅以南を4両で運転する列車もあった。急行格上げ列車にも充当され、急行停車駅でありながらもこの日のダイヤ改正により簡易委託駅化された椿駅や、無人化された太地駅・湯川駅にも停車することとなった。また、この車両は振り子機能や低重心設計がなされていないため、カーブを高速で走行できないことや、停車駅の多さもあり、格上げ前の気動車急行列車との所要時間差は天王寺駅 - 白浜駅間が平均約15分の短縮で所要時間は2時間25分前後、天王寺駅 - 新宮駅間が平均約25分の短縮で所要時間は4時間30分前後と気動車特急時代の「くろしお」と同等かそれ以上の所要時間を要し、「きのくに」より1時間以上速く走る381系「くろしお」と比較して速達効果は薄いものであった。なお、1往復は串本駅 - 新宮駅間を普通列車として運転していた。1986年11月1日から全列車が381系電車で運転されることになり、当時新設されたエル特急「北近畿」用に転出した。この代替として、「やくも」の編成短縮によって捻出した381系が新たに転入した。かつては381系「くろしお」「スーパーくろしお」に限り、8トラックによる磁気テープで各停車駅のイメージにあった車内チャイムを流していたが、1998年のテープ更新を最後に8トラの老朽化により順次廃止され、381系末期には各駅とも電子オルゴールの音色の鉄道唱歌が流れていた。287系は283系と同様のチャイムが、289系は683系の時と同じチャイムが流れる。車内チャイムのメロディは以下の通り。この表にない西九条駅、和泉府中駅、和泉砂川駅、藤並駅は収録されなかった。JR発足後に運転開始した列車を挙げる。1987年(昭和62年)9月 から 1988年(昭和63年)3月まで、「ふれあい紀州路キャンペーン」に伴い、京都駅 - 白浜駅間を奈良線・関西本線・阪和貨物線・阪和線・紀勢本線経由で運転する臨時特急列車として「ふれ愛紀州路」(ふれあいきしゅうじ)が運転されていた。週末特急と称し、おもに京都駅発は土曜日10時台に、白浜駅発は日曜日14時台に1本運転し、途中の停車駅は、宇治駅・奈良駅・王寺駅・八尾駅・和歌山駅・御坊駅・紀伊田辺駅であった。1988年(昭和63年)3月のダイヤ改正からは「しらはま」として、「ふれ愛紀州路」と同じ運行形態で運転された。しかし、1989年(平成元年)7月の天王寺駅構内の短絡線の利用開始による「くろしお」の京都駅乗り入れに伴い廃止された。名古屋駅 - 東和歌山駅(現在の和歌山駅)間を運行した「あすか」や2010年春季に運転された臨時特急「まほろば」とならび、奈良県内を走行する数少ない国鉄・JRの特急列車であった。1990年(平成2年)の国際花と緑の博覧会(花の万博)開催期間中、万博観客向けに土曜・日曜を中心に京橋駅 - 白浜駅間で1日1往復(午前が白浜駅発・午後が京橋駅発)が運転された。天王寺駅 - 京橋駅間は大阪環状線を経由し、途中大阪駅に停車した。やくも用編成が運用されたこともあった。1993年(平成5年)から夏の海水浴シーズンに、全車指定席の臨時特急「マリンくろしお」の運転が開始された。1996年には、京都駅 - 新宮駅間で「マリンくろしお」1号・2号として、大阪駅 - 白浜駅間で「マリンくろしお」3号・4号が運転されている。また、同様の列車として、「春咲きくろしお」(冬季)が運転された。なお「春咲きくろしお」は、定期列車が全て停車する御坊駅を通過していた。2000年(平成12年)から土・休日のみ紀伊田辺発新大阪行きの臨時特急「おはようくろしお」が運転された。途中の停車駅は、南部駅・御坊駅・湯浅駅・箕島駅・海南駅・和歌山駅・日根野駅・天王寺駅。当初は、大阪方面への行楽客の輸送を見込んで運行を開始したが利用率が伸び悩み平日を中心に特急通勤利用者が増加したことから翌年のダイヤ改正より「おはようくろしお」の列車名を使わずに定期列車とし毎日運行することになり、2005年(平成17年)のダイヤ改正より運転区間を白浜駅 - 新大阪駅と拡大された。2005年(平成17年)の海水浴シーズンに、京橋駅 - 白浜駅間で臨時特急「ホワイトビーチエクスプレス」が運転された。途中の停車駅は、大阪駅・天王寺駅・和歌山駅・海南駅・箕島駅・湯浅駅・御坊駅・南部駅・紀伊田辺駅。白浜駅まで乗車した乗客に限りその場で浴衣が当たる三角くじを配布するなどのイベントを実施したものの、事前のPR不足もあり乗車率が予想を下回ったため、この年だけの運転に終わった。京橋駅から大阪駅経由で白浜駅まで乗車すると、鶴橋駅経由(天王寺駅乗り換え)に比べ運賃が割高になることも響いた。2012年(平成24年)から2014年(平成26年)まで、白浜で行われる花火大会(7月30日・8月10日)にあわせて白浜発和歌山行きとして運行されていた。287系・283系の3両編成(すべて普通車)が使用され、一部は指定席となる。当日、白浜駅でこの列車の指定席券を提示すると、全員に特別観覧席が招待されるサービスも存在した。本列車群は本来、南紀方面への観光用としての特急の色合いが強いため、自由席は基本的に2両しかなく、全車両が禁煙となるまではラッシュ時を中心に特に2号車(禁煙車の自由席)に偏って激しく混雑する傾向があった。しかし、阪和線内においても日中の快速列車はほぼ全列車が熊取駅 - 和歌山駅間各駅停車化されるなど、近年では特急と阪和線快速列車との格差拡大が進んだり、「はんわライナー」の廃止による代替としての和歌山駅・海南駅・紀伊田辺駅発着の区間列車を設定したり、和泉府中駅・和泉砂川駅への停車拡大をしたりすることにより、阪和線内では国鉄時代の1970年代に運転されていた新快速と同じような性格を帯びるようになるなど、通勤・ビジネス特急としての色合いも濃くなっており、ラッシュ時間帯を中心に自由席では立ち客が出ることも多い。このため、和歌山・海南始発終着の列車は、自由席が1両多い3両に設定されている。一方、きのくに線内(箕島駅 - 和歌山駅間)の利用客は、バブル崩壊以降の景気低迷などによる観光客の減少や、高速道路の延伸に伴うマイカー・バスへの転移もあって年々減少しており、1990年には1日平均5000人を超える利用があったが、2010年には平均2100人程度と半数以下にまで減少している。このため、2010年3月13日には週末のみ運転の列車2往復が廃止、翌2011年3月12日には新宮駅発着列車2往復を白浜駅発着に見直す改正を行った。JR西日本は割引切符の発売で対抗しているものの、鉄道利用客の減少に歯止めがかからない状況にある。ただ、2010年を底に下げ止まりの傾向がみられ、近年ではやや増加に転じている。戦後の紀勢西線初の準急3401・3400列車として、1950年に天王寺駅 - 新宮駅間で運転を開始したが、当初から毎日運転の臨時列車で、列車名は付けられていなかった。同年10月に定期列車化され、1952年に「熊野」と名付けられた。1956年から和歌山市駅発着の編成が連結されるようになり、1959年からは紀勢本線の全線開通に伴い運転区間が天王寺駅・和歌山市駅 - 名古屋駅間に変更されたが、1961年に急行化されることにより「紀州」に改称され、廃止された。準急「くまの」を急行化して改称された列車で、1961年に天王寺駅 - 名古屋駅間で運転を開始した。使用車両も「くまの」が客車を使用していたのに対して、「紀州」は気動車が使用された。1968年からは名古屋駅発着の紀勢本線急行列車の総称として運転されるようになった。1978年に天王寺駅 - 新宮駅間の「きのくに」と名古屋駅 - 紀伊勝浦駅間の「紀州」に系統分割されたため、紀伊勝浦駅以西への乗り入れはなくなった。御坊駅・紀伊田辺駅から天王寺駅へのビジネス列車として1953年5月に天王寺駅 - 白浜口駅(現在の白浜駅)間で毎日運転の臨時列車として運転を開始した。同年11月に定期列車化され、1959年に天王寺駅 - 新宮駅間の運転になり、同時に気動車化され、自由席も連結されるようになった。1960年6月には客車で運転される列車が1往復増発されて2往復になり、毎日運転の臨時列車も同年10月に1往復運転されるようになった。1961年からは南海線難波駅発着の列車も乗り入れるようになった。1966年に「南紀」は急行列車化されたが、1968年に「きのくに」に統合されて廃止された。「しらはま」は、1956年に天王寺駅 - 白浜口駅間で毎日運転の臨時列車として運転を開始した。1957年に定期列車化され、白浜への観光に便利なダイヤ設定であったが、「きのくに」や「南紀」が気動車化される一方、1963年に気動車化されるまでは客車で運転されていた。1966年に急行列車化され、1968年のダイヤ改正では紀勢本線で運転されている急行列車の運転区間の整理により、名古屋駅・京都駅 - 白浜駅・新宮駅間の運転に変更された。1972年から京都駅 - 白浜駅間の列車にはグリーン車も連結されたが、1980年に京都駅 - 白浜駅間の「しらはま」は運転区間を京都駅 - 和歌山駅間に変更して「紀ノ川」に改称、名古屋駅発着の列車も名古屋駅 - 奈良駅間が残されて「かすが」に統合されて廃止された。「紀ノ川」の編成も「しらはま」で運転されていたときのまま、グリーン車が連結された5両で運転されていたが、1984年に廃止された。「紀ノ川」の列車名は、和歌山線内で並走する紀の川が由来となっている。1956年に新宮駅 → 天王寺駅間で準急103列車として運転を開始し、1958年に「はやたま」の名称が付けられた。運転開始当初から天王寺発新鹿行きの夜行快速の車両を使用したため片道運転であったが、1959年に天王寺駅 → 新宮駅間の夜行普通列車が準急列車化され、新宮行きは夜行列車であるものの1往復になった。1960年に「南紀」に統合されて廃止された。列車名は、和歌山県新宮市にある熊野速玉大社が由来となっている。1989年7月22日に、381系車両にパノラマ型グリーン車を連結した列車として運転を開始し、同車を使用した列車は「スーパーくろしお」として、パノラマ型グリーン車を連結していない「くろしお」と区別した。2011年3月12日のダイヤ改正時点では6往復が運用され、基本的に新宮駅発着で運転されていたが、2号は海南発、6・27号は白浜駅発着となっていた。2012年3月17日のダイヤ改正により、「くろしお」に統合されて廃止された。1996年7月31日から「スーパーくろしお(オーシャンアロー)」の列車名で運転を開始し、1997年に「オーシャンアロー」に改称された。運転開始当初から1日3往復が運転されていたが、2011年3月12日のダイヤ改正で、運用変更により新大阪発和歌山行きでも「オーシャンアロー」31号が運行され、新大阪駅 - 和歌山駅間は3.5往復であった。基本的に京都駅 - 新宮駅間を最速で結ぶ列車で、停車駅も少なく設定されたが、通勤需要に対応して和歌山駅 - 白浜駅間では全停車駅に停車する列車も1往復設定されていた。2012年3月17日のダイヤ改正により、「くろしお」に統合されて廃止された。運行当時は関西本線 - 王寺駅 - 和歌山線経由で連絡が可能であるものの、大阪 - 和歌山間を直接結ぶ鉄道を国鉄が管理しておらず、その点では私鉄による国鉄の飛び地路線への直通運転という形を採ったことや、公募による列車愛称の付与など異例な点が多いことや、南海鉄道(現在の南海電気鉄道南海本線)・阪和電気鉄道・鉄道省ともにその運営事業者が互いの威信を賭け列車運行を行ったことで知られる。2011年9月3日に日本に上陸した台風12号は紀伊半島を中心に大雨をもたらし、特に本列車群が走行する白浜駅 - 新宮駅間では、那智駅 - 紀伊天満駅間の那智川橋梁が那智川の増水により一部流失するなどの大きな被害が出た。不通区間のうち、白浜駅 - 串本駅間は同年9月17日、串本駅 - 紀伊勝浦駅間は同年9月26日に運転を再開したが、白浜駅に留置されていた283系6両1本の床下機器が冠水して故障し、那智川橋梁が流失したため新宮駅に381系(スーパーくろしお編成)6両編成2本と283系6両1本が取り残されて車両が不足していることから、紀伊勝浦駅まで運転再開後も特急列車は当初2往復しか運転されていなかった。しかし、283系は11月12日から13日にかけて、381系は同月13日から14日にかけてと、同月19日から20日にかけて、新宮駅から伊勢鉄道伊勢線・関西本線・名古屋臨海高速鉄道西名古屋港線・東海道本線経由で京都総合運転所まで甲種輸送で搬出された。この甲種輸送により車両数の不足がある程度解消できたことから、2011年11月19日から紀伊勝浦駅まで6往復運転されるようになった。
出典:wikipedia
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