狩勝(かりかち)とは、北海道旅客鉄道が滝川駅・旭川駅 - 富良野駅 - 帯広駅間を根室本線を経由して運転する快速列車である。1990年(平成2年)9月1日に廃止された急行「狩勝」の滝川駅 - 帯広駅間と、快速「十勝」の旭川駅 - 帯広駅間を統合する形で運行を開始した。なお、この時に廃止された「十勝」の愛称は特急「おおぞら」から分離された札幌駅 - 帯広駅間の特急「とかち」に引き継がれた。ダイヤについては前身の2列車をほぼ踏襲していたが、2016年(平成28年)3月26日に行われた根室本線の普通列車削減の影響で、滝川発着列車の上り1本が釧路発新得行きの普通列車に格下げされ、滝川系統は滝川発の片道のみとなった。列車名は十勝・石狩国境にまたがる狩勝峠が由来となっている。2016年(平成28年)3月26日のダイヤ改正時点では、以下の運行形態を取っている。以下は滝川系統の運行区間である。旭川系統は滝川駅 - 富良野駅間を運行せず、富良野駅で富良野線に乗り入れる。滝川駅 → 赤平駅 → 茂尻駅 → 芦別駅 → 上芦別駅 → 野花南駅 → 富良野駅 - (布部駅) - 山部駅 - (下金山駅) - (金山駅) - 東鹿越駅 - 幾寅駅 - (落合駅) - 新得駅 - 十勝清水駅 - (御影駅) - 芽室駅 - (西帯広駅) - 帯広駅1950年(昭和25年)10月1日に函館駅 - 釧路駅間(函館本線・根室本線経由)で運行を開始した準急405・406列車を起源とする列車である。当初は小樽駅 - 釧路駅間を普通列車として運行されていたが、1955年(昭和30年)6月1日に列車番号を407・408列車に変更し、全区間を準急列車化するとともに、網走発着編成(石北本線経由)を連結するようになった。なお、この列車は函館本線内を夜行列車として運行されていた。その後、1958年(昭和33年)7月15日には釧路発着編成に「狩勝」(かりかち)の列車名が与えられた。1961年(昭和36年)4月15日には56系気動車が導入されて急行列車に昇格し、運行区間が札幌駅 - 釧路駅間に変更される。また、同年6月15日には函館駅 - 根室駅間(函館本線経由)を毎日運行する季節列車が1往復(下り2号・上り1号)増発されたが、この1往復は同年10月1日に運行経路を運行経路を函館駅 - 釧路駅間(室蘭本線・千歳線経由)に変更したうえで急行「摩周」として分離されている。1962年(昭和37年)5月1日には1往復増発されて2往復となり、うち1往復の一部編成が富良野線経由で旭川駅への乗り入れを開始した。同年10月1日には札幌駅・旭川駅 - 釧路駅間(富良野線経由)での運行となる。1968年(昭和43年)10月1日には急行「まりも」・「阿寒」・「十勝」を統合している。1972年(昭和47年)3月15日には札幌駅→根室駅間を運行していた(下り)2号の釧路駅→根室駅間を「ノサップ」として分離。1975年(昭和50年)7月18日には(下り)1号と(上り)2号の旭川駅 - 富良野駅間が普通列車に格下げされるが、1978年(昭和53年)10月2日には根室駅→函館駅間の急行「ニセコ」(上り)2号の根室駅→札幌駅間を統合し、夜行列車を含めた4往復体制となる。1980年(昭和55年)10月1日には、小樽駅 - 釧路駅間の夜行普通列車「からまつ」廃止に伴う代替として、夜行列車に普通車自由席の連結を開始。同時に、旭川駅への乗り入れ(富良野線経由)を終了した。1981年(昭和56年)10月1日の石勝線開業に伴い、札幌駅 - 帯広駅間の昼行列車1往復と札幌駅 - 釧路駅間の夜行列車1往復が石勝線経由に変更され、「まりも」に改称された。これに伴い、「狩勝」は札幌駅 - 釧路駅間(滝川駅経由、上り1本は根室始発)の2往復のみとなった。1982年(昭和57年)11月15日には1往復に旭川発着編成(富良野線経由)を再度連結するようになったが、富良野線内は普通列車として運行された。以後、札幌駅 - 帯広駅 - 釧路駅間における広域輸送の役割は石勝線経由にシフトしていき、「狩勝」は徐々に減便されていく。1984年(昭和59年)2月1日には根室駅→札幌駅間を運行する列車の根室駅→釧路駅間が「ノサップ」として分離され、札幌駅 - 釧路駅間運行の1往復についても、帯広駅 - 釧路駅間が普通列車となる。1986年(昭和61年)11月1日には1往復が廃止され、札幌駅 - 釧路駅間運行の1往復(帯広駅 - 釧路駅間は普通列車)のみとなる。1990年(平成2年)9月1日に快速列車に格下げされ、急行「狩勝」は廃止された。
出典:wikipedia
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