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笑福亭鶴光

笑福亭 鶴光(しょうふくてい つるこ)は、上方落語の名跡。当代は2代目。なお、「鶴光」の正式な読み方は「つるこう」ではなく「つるこ」である。2代目笑福亭 鶴光(しょうふくてい つるこ、1948年1月18日 - )は、大阪府中河内郡長吉村川辺(現:大阪市平野区)出身の上方落語家、ラジオパーソナリティ。上方落語協会会員、落語芸術協会上方真打。松竹芸能所属。本名、小林 幸男(こばやし ゆきお)。血液型はO型。大阪市立天王寺第二商業高等学校卒業(演劇部の同級生に4代目林家小染がいる)。出囃子は『春はうれしや』。桂三枝(現:6代目桂文枝)、桂春之輔と同期。別名は「エロカマキリ」「Mr.オールナイトニッポン」。弟子には笑福亭学光(しょうふくてい がっこ)らがいる。上方落語協会公式ホームページの会員プロフィールでは、読み方は「しょうふくていつるこ」となっている。対して、落語芸術協会公式ホームページでは「しょうふくていつるこう」となっており、また自身のブログでもタイトルを「つるこうでおま!」としている。父は紙芝居師。4代目林家小染が高校時代にすでに3代目林家染丸に弟子入りし活動していたので自分でも出来ると思い素人名人会などに出て小遣い稼ぎで賞金を貰っていた。6代目笑福亭松鶴に師事(松鶴を師事した理由について染丸弟子入りも考えたが同級生の小染を兄弟子と呼ぶことに違和感を感じたため)。2013年現在では3代目笑福亭仁鶴に次ぐ2番弟子である(笑福亭鶴瓶は弟弟子、明石家さんまは従弟弟子にあたる)。入門の際、松鶴の許を直接訪問せずに、「入門を認めるなら○、認めないなら×」との内容を記した往復はがきを郵送したエピソードが知られる。結局返信されなかったため、直接6代目松鶴の元に訪れ弟子入りを直訴した。その際に6代目松鶴から「笑福亭の「笑」が「松」になってたやないか!! ドアホ!!」と叱られた。正式な入門は1967年4月、入門当日からいきなり稽古が始まった。初舞台は1968年2月の新世界新花月。以降、ラジオパーソナリティとして売れるまで松鶴の運転手をする。上方落語協会、関西演芸協会のほか、5代目春風亭柳昇の口添えで1990年より落語芸術協会にも上方真打として参加しており、通常は東京の寄席に出演している。これは鶴光が1987年から2003年の間、東京のニッポン放送で平日帯のレギュラー番組(後述)を持っていたというスケジュール上の事情が背景にあるが、これとは別に師匠である6代目松鶴が「鶴光が引き続き東京で活躍できるように」と計らい、落語芸術協会に働きかけたことによるものともいわれている。また、松鶴は、東京に上方の人間が常駐することによって、東京と上方の架け橋になればいいと考えていたとの説もある。現在、東京の寄席でトリを取る資格を持つ上方落語家は鶴光のみ。東京の寄席事情を知る唯一の上方落語家として、上方落語協会会長6代目桂文枝からの信頼も厚い。春風亭小朝ら、鶴光に上方ネタをつけてもらう東京の噺家も多いという。東京での地道な活動が徐々に認められつつあり、NHKの演芸番組『日本の話芸』にもしばしば出演する。自己のツイッターでは時折自らの落語論、演芸論を真面目に述べる等、テレビ、ラジオ出演時の軽薄なキャラクターとは違う一面も見せている。松鶴に入門するや否や「まずは顔と名前を売らなアカン!」と考えた鶴光は「兄弟子の仁鶴、同期の三枝(現:文枝)」をライバルとして、修業時代から関西ローカルのテレビ番組やラジオ番組に出演した。折りしも時代は演芸ブームであり、長髪という落語家らしからぬ風貌と機転の利いた喋りはすぐに注目され、ラジオのレギュラーだけで13本を抱える売れっ子になった。1971年4月より関西の人気深夜番組『MBSヤングタウン』のパーソナリティに抜擢。局アナ角淳一とのコンビで人気を博し、三枝とともに同番組の看板パーソナリティとなる。そんな鶴光の活躍ぶりをラジオ大阪の関係者から聞きつけたニッポン放送の亀渕昭信(後に同社社長)が、全国ツアーで『オールナイトニッポン』を3か月間休むことになっていたあのねのねのピンチヒッター要員として、鶴光にオーディションを受けさせた。亀渕は、最初のオーディションに間違って桂朝丸(現:桂ざこば)を呼んでしまったという逸話があるが、見事オーディションに合格した鶴光は、あのねのねが全国ツアーで番組を離れる前にまず小手調べに1974年に『オールナイトニッポン』水曜日パーソナリティを3か月間担当することとなる。鶴光は「どうせ3か月しかないのなら」と、当時の全国ネットのラジオでほとんど聞くことのなかったコテコテの関西弁で下ネタを連発。一気にブレイクし、全国区への足がかりとなった。その後あのねのねがツアーのため休演すると予定どおり土曜日に担当が変わり、最終的には11年9か月という当時の歴代最長パーソナリティ記録を樹立した(現在の最長パーソナリティはナインティナイン)。鶴光の成功により、以降明石家さんまをはじめ多くの関西芸人が東京のラジオで活躍することになる。『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』は「この歌はこんな風に聞こえる」「ミッドナイトストーリー」「驚き桃の木ピンク話」「その時、君は・・」などエッチ系のコーナーが満載で、まだAVが存在しない時代でもあったので、若い男性にとってはこの番組は福音でもあった。タモリとともに「なんちゃっておじさん」ブームも巻き起こした。初期に、家が火事になるとのギャグネタを盛んにやり、実際に鶴光の家が火事になった事もある。(但し、その当時は鶴光の家が火事にあった事は、洒落にならないとして緘口令が敷かれた)その後、火事の事実が明らかになり、鶴光も放送内でその事実を認めた。(それ以来、「火事ネタ」は封印された模様である)放送当時は「身内ネタ」をする落語家は少なかったが、鶴光は息子である「新之助」ネタを盛んに使った。(息子の「新之助」は、後に落語家となるも廃業した)娘の「ありさ」も一時ネタとして使ったが、嫁に怒られた為止めた。長期間に渡り番組を担当したため、番組内でのエピソードも多い。当時の女性アイドルもアシスタントとして出演しており(深夜4時台にアシスタント単独のコーナーもあった)、芦川よしみ、日高のり子、榊みちこ、川島なお美、松本明子、坂上とし恵、浜田朱里、アイドルとして売れなかった時代に『鶴光のオールナイトニッポン』でアシスタントを務めた。(同時期にアシスタントを務めた、日高のり子、坂上とし恵、浜田朱里は「崖っぷちトリオ」と名付けられた)1985年の『オールナイトニッポン』降板後は、東京と大阪を行き来しながら『鶴光の代打逆転サヨナラ満塁ホームラン』『かけこみワイド・鶴光のまかせなさい』を担当したが、1987年3月にABCラジオ『ポップ対歌謡曲』を除くすべての在阪レギュラー番組を降板。東京に単身赴任して『鶴光の噂のゴールデンアワー』のパーソナリティを16年間務めた。「乳頭(ニュートゥー)の色は?」「ダンナのアソコに小鳥は何羽止まりますか?」などの変わらぬトークぶりを展開し、主婦のアイドルとして不動の地位を築いた。その後は冬期限定レギュラーパーソナリティとして数々の番組などを担当したが、2009年3月をもってニッポン放送でのレギュラー番組は消滅した。なお、鶴光の中では落語とラジオは「別物」として厳密に分類しており、「ラジオのファンが高座に足を運んでくれるということは期待していない」「本業は落語、ラジオは愛人」などと発言している。鶴光は多数のレコードをリリースしたが、ヒットしたのは約20万枚を売り上げた『うぐいすだにミュージックホール』(作詞・作曲:山本正之)のみである。しかし、この曲のヒットが原因で、師匠の松鶴が「鶴光のやつ、落語の勉強せずにストリップの歌など歌いおって!許せん」と激怒し、鶴光は3か月間の破門を言い渡されている。映画にも数多く出演している。代表作はレギュラー出演した『トラック野郎シリーズ』で、ビニ本屋の店長役などで持ち味のエロを存分に発揮した。五月みどり主演の『奥様はお固いのがお好き』などのポルノ映画にも出演。また、Vシネマ『ミナミの帝王シリーズ』の3作品にも友情出演している。2005年、リクルートの「フロム・エー(FROM A)関東版/関西版」のテレビCMに出演する。様々なシチュエーションで「ええか〜、ええか〜」と語りかけるCMが人気を博した。「ええか〜、ええか〜」は『鶴光のオールナイトニッポン時代』からのギャグフレーズであるが、当時の流行を知らない若者の間でもこのフレーズが再度ブレイクし、このフレーズの着メロのダウンロードは急激に増加した。売れ始めた頃にはテレビなどで新作落語や小噺などを披露し放送時間を繋いでいたが、円熟味を増してからは師匠譲りの豪快な話芸で『三十石夢の通い路』『相撲場風景』『三人旅』『阿弥陀池』『ぜんざい公社』『竹の水仙』などを得意にしている。また、『木津の勘助』『荒茶』『鼓ヶ滝』『竹の水仙』などの講談種や『掛川の宿』などの浪曲種、『袈裟御前』『紀州』といった地噺なども得意としており、落語家・鶴光の顕著な特徴として認められる。講談のネタは旭堂南鱗からの伝授である。高座はもっぱら都内の定席や国立演芸場、首都圏の市民ホールなどが中心であるが、学校寄席にも精力的に取り組んでいる。地元大阪で新たに始まった天満天神繁昌亭の定席では、大トリも務めることもある。また、横浜にぎわい座で年2回「鶴光一門会」を開いている。松竹芸能が新宿にオープンした寄席「新宿角座」では月に1度「角座深夜寄席〜特選真打ちの会〜」をプロデュースし、鶴光一門と落語芸術協会所属の落語家が出演している。近年は落語活動に力を入れているため、マスコミの露出は少ないが、バラいろダンディやニッポン放送の番組に時折ゲスト出演しているほか、関西地区ではj:comの特別番組「鶴光の寄合酒でおま」でその姿を見ることができる。

出典:wikipedia

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