言語過程説(げんごかていせつ)とは、日本の国語学者・時枝誠記が唱えた「言語=(主体による聯合の)継起的過程」という言語観である。スイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールが「概念と聴覚映像が循行過程において聯合したものが、あらかじめ存在しているものが考えている」。とするのに対し、時枝誠記は「言語は主観的な聯合作用に拠るしかないものだ」とし、これを「言語過程観」と呼んだ。これが「言語過程説」と呼ばれるようになるのは後のことである。ソシュールが「原子的な世界観の中で言語論を展開している」のに対し、時枝は「主体主義的な世界観」に立っている。時枝は1925年に東京帝国大学を卒業する際、卒業論文の中で次のように記している。私は、言語は絵画・音楽・舞踊と等しく、人間の表現活動の一つであるとした。然らば言語と云われるものは、表現活動として如何なる特質を持つものであるかを考えて、始めて、言語の本質が、何であるかを明らかにすることが出來るであろうという予想を立てたのである。これが言語過程説を成立させる基本的な態度であった。以後、時枝は八年間において、国語研究の態度、意識、方法について探索することを研究の出発点とし、その部分的な発展として六つの論文を発表した。その全体的な発展を『国語学史』としてまとめた後、時枝は「国語学の体系についての卑見」という論文で次のように表明している。言語を観察するに当たって、我々が公理として認めてよい只一のものは、それが表現理解の一形態であると云うこと以外には私には考え得られないと思います。言語を音声と意義とに分析して考えることは、宛も「波」を水と風とに分析して考える様なもので、遂にそれは「波」の本質的考察を逸脱するのではないかと云う不安が私には付き纏うのであります。
総てが懐疑的に終わって、とりとめが無くなりましたが、繰り返して私の考を纏めて見ますならば、国語研究の私の方法は、国語に現れた諸現象を大小となく拾い集めて、それを表現理解の働と云う言語の本質観を枢軸に置いて考えて見ようというのが、私の今持ち合わせてゐる国語研究のプランであります。もし「もの」としての言語を想定せねば総てが解釈し得られないという行きつまりに到達した場合に、始めて私のプランの展開が予想せられるのであって、それまでは私は忠実に私の言語の本質観が保持せられねばならないのだと確信するのであります。以後、時枝はこの言語本質観に基づき、西洋の言語学を批判しつつ、具体的な国語現象に対する実証的な研究を続け、「文の解釈上より見た助詞助動詞」(『文学』五の三、1937年)という論文に成立の基本的な意見を述べる。そして、「心的過程としての言語本質観」(『文学』五の六・七、1937年)という、言語過程説を正面に打ち出した最初の論文を発表した。ソシュール学説におけるラングの考え方が、「言語構成観」と名付けられて登場するのはここである。時枝はこれ以後、この言語本質観に基づき、国語学の各分野にわたり、次々と新しい照明を当てていった。言語過程説については『国語学原論』、『国語学原論 続篇』などで知ることができ、要点をまとめると以下のようになる。上記を総括すると、次のようになる。文法論が有名であるが、時枝は言語過程説に基づき言語学諸分野を再考している。ここでは文法論以外について触れる。[m], [n], [ŋ]といった実現形が、主体の過程構造において単一の撥音と認識されること、また、リズムを言語成立の三条件の一つである「場面」として音声は、あたかも鋳型に鉄が流し込まれるように、単音がリズムに押し込まれるとして長音などの特殊モーラも説明する。なお、アクセントは単音の属性ではなくリズムにかぶさるものとし、また音節主音としての「母」音とそれを修飾するものとしての「子」音という名称を、悉曇学の「能生音」「所生音」というとらえ方に合致することを主体的把握から再解釈する。譬喩や忌み言葉などを「字義通り」の語義を臨時に拡張するという考えに対して、主体の把握の仕方を反映したものと説明し、敬語はこの様な修辞のひとつに位置付けられ、詞辞論により体系化する。言語過程説は多くの反応を喚起した。時枝のソシュール理解の問題については服部四郎の批判がある。詞辞論は金田一春彦等の「不連続説」の立場から強い批判を受けたが、のちのモダリティ論(仁田義雄・益岡隆志等)への一契機となっている。「国語」のとらえ方については、社会言語学的観点から川村湊、イ・ヨンスク、安田敏朗等の批判がある。現代言語学の視点から言うと、言語過程説は「内在主義」(Chomsky等)の特徴を持つ一方、心身二元論を無批判に採用している問題が指摘できる。また、言語を認知の反映とする点で認知意味論(Lakoff等)との親近性があると言ってよい。
出典:wikipedia
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