東海林 のり子(しょうじ のりこ、旧姓:青羽 のり子(あおば のりこ)、1934年5月26日 - )は、日本の芸能リポーター。元ニッポン放送アナウンサー(ニッポン放送の第3期アナウンサー)。埼玉県浦和市(現在のさいたま市)生まれ。埼玉県立浦和第一女子高等学校、立教大学文学部英文学科卒業。大学卒業後の1957年、ニッポン放送に入社。1971年(昭和46年)に退社し、以後はフリーランスの芸能リポーターとして多くのワイドショーに出演。ワイドショー内でも特に事件レポーターとしても活躍。そのレポートぶりは、ナンシー関をして「(凄惨な事件の現場や被害者の葬儀会場にて)悲しそうな表情で、涙を流しているにもかかわらず、声は鼻声にならず普段通りである。素晴らしいプロ技だ」と言わしめたほど。「現場の東海林です」というフレーズでお馴染みだが、「現場の東海林がお伝えしました」というバージョンも存在する(こちらはバラエティ番組<おもに再現ドラマ>でのみ使用)。1989年(平成元年)、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件で宮崎勤が逮捕された直後に行われたコミックマーケット36において、「TBSの番組でコミックマーケットのレポートに訪れた東海林が、10万人を超える参加者を背に『ここに10万人の宮崎勤がいます!』と発言した」と語られることがある。しかし、実際にそのシーンを収めた動画は2013年現在確認されておらず、東海林本人もこの発言を否定している。また、当時東海林がレポートを担当していたのはフジテレビのおはよう!ナイスデイである。1994年度の日本女性放送者懇談会賞を受賞する。1995年に発生した阪神・淡路大震災を期にレポーターとしての活動に終止符を打つことを決意。以降、司会業やコメンテーターの活動に主軸を移したが、現在でも「東海林のり子=リポーター」のイメージは強く、『脳内エステ IQサプリ』の問題中に登場したりなど、不定期ながらリポーターとして出演している。携帯サイト 『梨元芸能!裏チャンネル』にて、(特に女性)ユーザーのさまざまな悩みに答える相談コーナーのパーソナリティを務めている。既婚であり、1971年(昭和46年)以降には子供ももうけている。X JAPAN、LUNA SEA、GLAY、ペニシリンなど、音楽バンドの熱狂的なファンとしても知られ、ロック音楽への造詣も深い。インディーズのバンドのライブにも足繁く通っており、「ロックの母(ロッキンママ)」の異名も持っている。2013年、ニコニコ動画生中継にて「hide Memorial Day Special 2013 hide talk summit」第二部の司会を御歳80歳でこなした。現役時代の同僚・倉本聰とは親しい。ニッポン放送時代独立後
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