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藤村俊二

藤村 俊二(ふじむら しゅんじ、1934年12月8日 - )は、日本の元俳優、声優、タレント、振付師。神奈川県鎌倉市出身。愛称はおヒョイやおヒョイさん。俳優事務所、有限会社O’hyoi & Sons(オヒョイアンドサンズ)所属。実父はスバル興業社長。小学校から高等学校まで暁星学園で過ごし、演出家を志して早稲田大学第一文学部演劇学科に進学。理論偏重の教育に飽き足らず中退し、東宝芸能学校舞踊科を第1期生として卒業。日劇ダンシングチーム12期生として1960年に渡欧し、イギリスやフランスを巡る。このとき本場の芸の水準に驚いて舞踊家の道を断念し、帰国後、振付師に転向。ザ・ドリフターズの大人気番組『8時だョ! 全員集合』(TBS)やレナウン「イエイエ」のCFの振り付けも担当した。本人によると、もともと振り付け志望であったが、番組中にエキストラ出演を頼まれることも多く、画面に映るのが嫌でその場から「ひょい」と逃げていたところ、「おヒョイ」のあだ名がついたという。後輩からは主に「おヒョイさん」と呼ばれる。『8時だョ! 全員集合』では、ギャグアドバイザーだった事もあり、「ヒゲダンス」の振り付けを担当したとされる。しかし藤村自身が2008年4月18日放送のNHK-FM『邦楽ジョッキー』や『おしゃれカンケイ』でこれを否定し、『8時だョ! 全員集合』で振り付けたのはオープニング(民謡「北海盆唄」の替歌)の「エンヤーコラヤ ドッコイジャンジャン コーラヤ」の部分であり、「腕・肩を順番に触るだけの単純な動作だが、忙しく踊っているように見える振り付け」と語っている。愛川欽也、大橋巨泉、財津一郎、森山周一郎らと「昭和九年会」を結成していることでも知られる。芸能界で活躍する一方、東京・南青山でバー「O'hyoi's」(オヒョイズ)を経営していた。店のロゴマークにはオーナーの藤村のシルエットがあしらわれていた。芸能人が経営する飲食店は、いわゆる名義貸しオーナーの形が多いが、藤村は仕事の合間を縫って店に立つなど、実際に現場での経営を行っていた。また、この店では「お客様にサービスするのが当たり前だから」という理由でサービス料は設定していなかった。2010年12月に閉店。長らく細身に黒髪のアフロヘアーがトレードマークだったが、胃癌で胃を全摘出してからは毛染めをやめている。バラエティー番組などでは、とぼけたキャラクターと自虐とも取れるシュールな冗談で人気を集める。役者としては知的な老紳士的役も多いが、三谷幸喜作品においてはボケキャラを演じることが多かった(実際、三谷作品に多く起用されている)。本人は「タレント」という肩書きが嫌いで「アクター(俳優)」を自認している。たびたび「執事役が似合う芸能人」として話題に挙がることもあった(ちなみに『黒執事』に登場するキャラクター・タナカのモデルは藤村である)。かつて代表を務めていた俳優事務所「オフィス・オヒョイ」には自身のほか黒澤久雄や岡崎友紀らも所属していたが、2011年を以て同事務所は解散。滝口順平の死去に伴い2011年から担当していた『ぶらり途中下車の旅』のナレーションも2015年10月24日放送分からは太川陽介や林家たい平、石丸謙二郎らが週替わり(代役)でナレーターを務めた。2015年12月になって藤村夫人が女性自身のインタビューに応じて、藤村について「体調を考慮して「ぶらり―」のナレーションを2015年10月を以て正式降板し、それと共に芸能界から引退した」ことを公表した。現在は血管の状態が思わしくないため、千葉県の病院に通院しているという。一方、有限会社O’hyoi & Sons(オヒョイアンドサンズ)代表取締役で長男の藤村亜実は「単に『ぶらり―』を降板しただけ」と引退発言報道を公式に否定している。

出典:wikipedia

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