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中国稲荷山鋼索鉄道

中国稲荷山鋼索鉄道(ちゅうごくいなりやまこうさくてつどう)は、岡山県岡山市高松稲荷にある最上稲荷の境内(龍王山)を1944年(昭和19年)まで走っていたケーブルカーである。現在のJR津山線・吉備線を運営していた中国鉄道(現在の中鉄バス)の子会社の路線として、1929年(昭和4年)2月9日に、山下 - 奥ノ院間0.4kmが開業した。中国地方には他にケーブルカーが無かったため、この路線が唯一の存在であった。ケーブル全線の所要時間は4分、運転間隔は20分毎であった。戦時中に不要不急線に指定され、1944年(昭和19年)6月1日に鉄材供出の名目で撤去され、廃止された。戦後に復活計画が浮上し、1961年(昭和36年)に稲荷山観光ケーブルが設立され、同年7月11日に鉄道敷設免許を取得したが、1966年(昭和41年)11月10日に失効し実現しなかった。山下駅 - 奥ノ院駅最上稲荷の本殿裏の右手を上がっていった場所に山下駅があったが、新本殿の建設にともない山下駅跡地へ旧本殿(霊応殿)が移設されており現在は当時の駅は跡形もない。奥の院への参道の入り口を入り、右に向かって行ったところにある直線の階段がケーブル跡。その脇には、当時の排水溝や路盤のコンクリート、さらによく探せばボルトが残っている。その先から路線跡はとても深い藪となっている。そこから元の奥の院への参道をしばらく登っていくと、参道右脇に石垣があるが、それが奥の院駅のホーム跡の一部である。そこから中に入っていくと、木こそ茂っているが乗降場や車両の巻上機の台座などが残っている。駅舎はホームを上がった一番上のところにあったという(奥の院駅前の広場。現在は使われていないが、ラジオ塔は、当時のまま今も残っている)。再び元の参道に戻り、さらに上に上がったところに奥の院への鳥居がある。ケーブルカーの運行していた時代には、奥の院駅前の広場には茶店などの店が数件あった。当時のケーブルカーの写真などは、最上稲荷に保管されている。

出典:wikipedia

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