鼠ヶ関(ねずがせき)は、山形県鶴岡市の大字である。郵便番号は999-7126。鶴岡市の南西部に位置し、新潟県との県境に面している。北から時計回りに早田、槇代、小国、小名部、新潟県村上市中浜、村上市伊呉野と接する。特に伊呉野とは市街地が連続しており、伊呉野も鼠ヶ関の一部のように扱われることがある(例えば庄内交通バスの伊呉野停留所は、上りが山形県内、下りが新潟県内に設置されている)。そのため全国的にも珍しい「漁村の集落の中に引かれている県境」が存在する。蝦夷に対して置かれた城柵の一つである都岐沙羅柵が鼠ヶ関周辺にあったのではないかという説があるが、確たる証拠は発見されていない。平安時代には白河関・勿来関とともに奥羽三関と呼ばれ、東北地方への玄関になっていた。当時の文書には根津とする表記もある。1968年(昭和43年)に発掘調査が行われて存在が確認され、鶴岡市指定史跡「古代鼠ヶ関址」となった。江戸時代には「念珠関」「念珠ヶ関」と表記されており(読みは同じく「ねずがせき」)、現在の県境より1kmほど北にあって、1872年(明治5年)に廃止されるまで北国街道と羽州浜街道の境になっていた。1924年(大正13年)頃に「史蹟念珠関址」として内務省指定史蹟に認定。その後、古代鼠ヶ関址の発掘によって1989年(平成元年)に鶴岡市指定史跡「近世念珠関址」となった。「念珠関」の表記は1889年(明治22年)から1954年(昭和29年)まで存在した自治体「念珠関村」にも使われていた。海に突き出した弁天島は源義経の東下り縁の地である。現在は灯台が設置されており、付近を航行する船舶の目印となっている。地方港湾の鼠ヶ関港がある。江戸時代には北前船が寄港する港でもあった。山形県有数の漁港であり、冬になるとイカの寒干しの風景が良く見られる。近辺には魚料理の店が多く、休日になると山形県・新潟県から多くのドライブ客がやってくる。隣接して鼠ヶ関海水浴場があり、夏には、山形県有数の海水浴場として賑わう。釣り客も多く、多くの民宿が軒を連ねている。現在、鼠ヶ関港の防波堤の外側を、日本海を行き交う大型船の避泊地として使用するため、西防波堤の設置と海底の浚渫による平佐浜泊地整備事業を行っている。日本海側屈指の規模を誇るマリーナで、多くのプレジャーボートやヨットが係留されている。庄内地方におけるマリンスポーツの拠点となっており、「べにばな国体」、「国際FJ級ヨット世界選手権大会」といった大きな大会の会場として使用された。
出典:wikipedia
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