LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

オシュトティトラン洞穴

オシュトティトラン洞穴(オシュトティトランどうけつ、"Oxtotitlan cave")は、メキシコ、ゲレロ州にあるオルメカ様式の壁画で知られる奥行きが浅い洞穴遺跡である。壁画は図示したように洞穴の入り口付近に集中している。オシュトティトランの名称は、洞穴から2km西方にあるアカティトランの住民による呼称で、ナワトル語で「穴のある場所」という意味である。同じく壁画で知られるフストラワカ洞窟 (Juxtlahuaca cave) から北方30kmの地点に位置する。発見当時は、ゲレロ州の州都チルパンシンゴから舗装のない悪路を東方に44km進んだ場所にあった。オシュトティトランの洞穴遺跡は、険しい崖の壁面にある大きな開口部をもつわりに奥行きのない南北二つの洞穴で構成されている。オシュトティトランには3種類の異なったタイプの壁画が見られる。崖の壁面の2箇所に9m²以上にわたって多彩色の壁画(Mural)が見られる。北洞穴(North Grotto)には小さめの黒色の壁画(Painting)が多数見られ、1~9までのグループ番号がつけられている。南洞穴(South Grotto)に描かれた壁画はA,B,Cの3つのグループに分けられシンプルなデザインに赤色が用いられている。これらの壁画についてはスタイルだけでなく、意味も考えるべきであるがその解釈をめぐっては、はげしい論争がある。オシュトティトランの壁画は、下地に樹脂かあるいはシソ科サルビア属の草であるチーアの実(種子を水に漬けると粘液質が膨潤し、これを絵具のメディウムとして用いることができる)ないし動物の脂肪などの油をベースに多彩色の鉱物質の顔料を用いて描いたと考えられる。彩色壁画1号は、大きな多彩色の壁画で、幅3.8m、高さ2.5mである。この壁画は南洞穴の開口部、崖のふもとの地表から10mの高さに描かれている。この壁画は様式化したジャガーの怪物の頭の上に座っている人物を表現している。この人物の姿勢は現在知られている通常のオルメカ様式のようではなくむしろ後古典期のマヤのものに似ているという異質な印象をもっている。座っている人物の左腕は上に挙げられていて、右の腕は右ひざへ向かって伸ばされている。右足はジャガーの怪物の顔を覆うようにぶら下がっている。マヤの壁画と異なるのは黒色のふちどりが見られないことである。人物の体は赤茶色に塗られ、着ているものや装飾品は赤、影になっている部分は青緑か黄土色に塗られている。座っている人物は緑色の鳥の頭を模したマスクをつけ豪華な頭飾りをしている。この鳥のマスクはオルメカで通常見られるものよりも大きめで自然な描写のものである。この壁画ではマスクは顔をおおうというより上のほうにつけられている。鳥は、オルメカの美術様式ではしばしば見られるもので、猛禽類かフクロウ、オウムなどが題材とされる。この壁画の場合は非常に大きな目と角のようなものがついていることから間違いなくフクロウ、つまり、そのような角をもっているフクロウやコノハズクの一種 (screech owl)と考えられる。コノハズクの一種と考えられる「ムアン」(moan,muan)の鳥は、マヤ文字にもしばしば横顔のように表現される。フクロウの目の部分はおおきく緑色に丸く囲まれ、目の中心部分はややくぼんでいて黄色に塗られている。くぼんでいるのは人の手が加わっているためと思われ、ヒスイか磨かれた磁鉄鉱の鏡をあらわしていると思われる。頭飾りの中央部分に赤みがかったモチーフが見られるが、これは、サン=ロレンソ(San Lorenzo,ベラクルス州)の記念碑9号やチャルカツィンゴ(Chalcatzingo,モレーロス州)のレリーフ2号にも見られるオルメカ独特の頭飾りにつけられるモチーフで、水を象徴するものと考えられている。頭飾りの後ろには、小さな三つの葉の形をした文様が見られる。同じものは、チャルカツィンゴのレリーフ2号および4号に見られる。羽毛でできたふさをあらわしていると思われるこの三つの文様は図像的に重要な意味を表現する場合に用いられる。青緑色の羽毛が頭飾りの後ろに垂れ下がる表現の類例はチャルカツィンゴのレリーフ1号に見られる。座った人物の横顔にはいくつかの飾りがつけられているのがわかる。鼻の部分には円形の緑色の飾りがつけられている。これはラ・ベンタ(La Venta,タバスコ州)の石碑3号、記念碑13号にも見られるものである。トルコ石の色調をした円筒形耳飾りにペンダントが垂れ下がっている。体の胸の部分には長方形の胸飾りがあり、聖アンデレ十字と呼ばれるX字型のモチーフがあり、四隅にはヒスイと思われる飾りがつけられている。このような胸飾りに似たものはサン=ロレンソ記念碑(Monument)52号、ラ・ベンタ記念碑77号、チャルカツィンゴ記念碑16号、テオパンテクアニトラン(ゲレロ州)の石彫及びラス=リマス(Las Limas,ベラクルス州)の石偶でも見られる。ヒスイの装飾品は腕や手の裏や足やかかとにまでつけられている。このような腕や足の飾りはオルメカ諸遺跡の石彫や石偶などにみられるフクロウの頭飾りは座った人物の外套のようになって腕から垂れ下がっている。また座った人物は青緑色のベルトとふんどしをつけ、房のついた「スカート」状の着衣にはすそに切れ込みが入っており、デイヴィッド・グローヴ(David C.Grove)は、牙のモチーフである可能性があるとする。また、「スカート」の両側には甲に「渦巻き」状の文様がつけられた手のモチーフについても、オルメカの土器にもよくみかけるもので、「渦巻き」は水を表し、甲に渦巻のある手のモチーフは、後のメソアメリカ各地でみられるケツァルコアトルの二つに割った貝のモチーフに似ている、とする。また、エリック・トンプソン(J.Eric S.Thompson)によると、マヤの「ムアン」の鳥と雨は、深い関係があり、ムアンとはすなわちフクロウのことだという。後の時代のテオティワカンでフクロウの仮面が表現された場合、一般的に雨神、雨、水と結びつく。そのようなフクロウの仮面が表す先駆的なシンボリズムをオシュトティトランの壁画に見ることができる。彩色壁画1号のもうひとつの主題であるジャガーの怪物の頭は湾岸のオルメカ遺跡にみられる祭壇のジャガーの怪物に近いものと考えられる。最初にジャガー様怪物の目であるが湾岸オルメカの石彫やチャルカツインゴ記念碑9号にみられる目の形に似ている。両目の瞳孔には、暗い青緑色の楕円形の中に聖アンデレ十字のようなX字が描かれている。同じモチーフはフストラワカ洞窟壁画の蛇やジャガーの絵にも描かれている。彩色壁画1号のジャガーの右目は座った人物の垂れ下った足によって一部隠れている。ジャガーの怪物の上あごないし上唇の表現や上あごからは外反するように曲がった「牙」が垂れ下っている様子はラ=ベンタの祭壇1号や記念碑12号の帯の部分と似ている。次に、湾岸オルメカの祭壇では人物が祭壇の中で座った姿で刻まれているが、オシュトティトランのこの壁画でも祭壇の中で座るのと同じような座った姿をしている。また、大事なことは、湾岸オルメカの祭壇の場合、ジャガーの上あごないし上唇の下は、空洞、ないし壁龕(へきがん)状にへこんでいることで、その壁龕状の部分はジャガーの口であるとともに洞窟を表していると考えられている。ジャガー様怪物の口と洞窟のイメージを重ね合わせるような表現はチャルカツインゴの浅浮き彫りされた石彫にみることができる(記念碑1号など)。後古典期のメキシコ中央高原地方の絵文書 (Codice,Codex) には、横から見た洞窟が大地の怪物の口に見立てられる表現があり、オシュトティトランの壁画やチャルカツインゴの記念碑1号に通じるものがある。ジャガー様怪物の顔を表現したこの彩色壁画1号が描かれたのはまさに洞窟の入り口の天井であって、象徴的といえる。オシュトティトランのジャガーの怪物に欠けているのは鼻の部分で、上唇の中央部にあると思われるがちょうど欠損している。ジャガーの怪物の顔と座った人物の装っている服装の対部分は緑色に塗られている。緑はメソアメリカの図像では、水とヒスイの象徴である。チャルカツィンゴにはジャガーの怪物と洞窟は一連のものと考えられ、植物や雨神のようなほかのモチーフを含むことがある。それは疑いなく農業の豊穣への願いとつながっていく。マシュー・スターリング (Matthew Stirling) は、ラベンタの祭壇4号の上が平坦なのはジャガーの毛皮を投げて広げて祭壇全体をジャガーに見立てるためだと述べていることも、祭壇4号もジャガーの怪物と洞窟の一体性を表現していることで究極的な性格は同じものと考えられる。北洞穴の壁画はすべて黒色であり鉱物質の顔料や火によるすすを沈着させて描いている。北洞穴のうち北側に描かれた壁画(Paintings)1号には、花弁のついた人物の横顔(1-a)、ワニか龍のような爬虫類(1-c)、人間とジャガーが性交しているような図像(1-d)そしてフクロウ(1-e)が見られる。花弁のついた人物の横顔(1-a)は、マヤでいう日の文字キンに似ており「日」とか「太陽」を現している可能性がある。フクロウ(1-e)は、1-aの左側のやや下に描かれている。このフクロウにも彩色壁画1号の頭飾りのフクロウと同様角のようなものを生やしている。フクロウは夜や地下世界の象徴であり、マヤ神話の『ポポル・ヴフ』などでも地底世界の神々の使者として描かれる一方で、後古典期のドレスデン絵文書などにトウモロコシの葉をつけた図像もみられ、前述したように雨と豊穣の象徴でもある。1-cのワニや龍のような爬虫類は、アステカのトカゲ神シパクトリと羽毛を生やした蛇を掛け合わせたような姿をしている。チャルカツィンゴのレリーフ5号に似たものをみることができる。マイケル・コウ(Michael Coe)によるとチャルカツィンゴとこのオシュトティトランのトカゲは頭の後ろに羽のようなものがついていることから雨と作物の豊穣をもたらすイツァムナー神と考えられるという。人間とジャガーが性交しているような図像(1-d)は、ジャガーの尾が人間の陰部につながっている形をしている。ジャガーの胴部には花を思わせる文様が描かれ、人物はペニスを露出させているようにみえる。ジャガーの口の部分には赤い彩色が一部施されている。人間とジャガーの性交している図像は極めて少ないがリオ・チキトー(Rio Chiquito)の記念碑1号、ポトレロ・ヌエボ(Potrero Nuevo、ベラクルス州、サン=ロレンソの近隣)の記念碑3号に女性とジャガーが性交しているものがある。オシュトティトランの壁画の性格は、雨、水、豊穣と深い関係があり、南洞穴の雨神と思われる後のトラロック神に似たA-3号壁画からもそのような性格を推察できる。アカティトランの古老の話には、雨季になるとかってオシュトティトランには、水をたたえた池ができてときどき洞窟の口から滝のように流れてふもとの耕地をうるおしたという。一方でこのような水や豊穣にかかわる壁画はフストラワカには見られない。オシュトティトランはフストラワカの壁画が洞窟の奥に描かれるのとは異なり、崖の壁面や洞穴の入り口の部分に壁画が集中している。オシュトティトランの壁画のテーマは水や豊穣ということがひとつの大きな主題であるがそれだけではない。湾岸オルメカの石彫にみられるようにジャガーの口を洞窟にみたててその口の中に人物が座っているというテーマがある。そのような人物はしばしば半人半ジャガーの赤ん坊を抱いている場面がある。それと似た画像が祭壇の脇に刻まれることがある(ラ=ベンタの祭壇4号及び5号など)。こういった画像はオルメカの神秘的な起源とつながりがあると考えられる。祭壇はオルメカの支配者にささげられた記念碑であるが、彩色壁画1号にみられるジャガー様怪物の顔は、湾岸オルメカの祭壇と密接な関連や類似性がみられることは前述してきたとおりである。マイケル・コウは、オルメカとはジャガーの子供たちだと呼んだことがあるくらいである。北の洞穴に描かれている壁画は黒一色であるが、メソアメリカの図像で黒は地下世界を表現している。壁画1-dのジャガーと人間の性的な結合はオルメカの神秘的な起源と深い関係がある。メソアメリカの宗教でジャガーは地下世界の動物と位置づけられている。オルメカの神秘的な起源と地下世界、洞窟とは密接な結びつきがある。ジャガーはオルメカの王権のシンボルであり、オルメカの支配者たちは、われこそはジャガーの子孫であるということを地下世界における人間とジャガーの結合によってうまれたことで示そうとした。地下世界の入り口であるジャガー様怪物の口の前に座る姿の石彫を刻むことによって王権を強化、確立しようとしたのである。オシュトティトランの壁画は前述してきたように様式的にサン=ロレンソよりラ=ベンタに近い。デイビッド・グローヴによると、放射性炭素年代測定で、ラ=ベンタの年代は、紀元前1000年から同600年としているので、おおむねその時期に位置づけられると思われる。現在、ラ=ベンタの全盛は紀元前800年から同400年頃に破壊されるまでとされているが、オシュトティトランには後述するように時代を決定できる土器の出土がないことから実際には紀元前400頃まで続いたかどうかまではわからない。オシュトティトランでは、織物の断片が確認されている。綿とウサギの毛を折り合わせたものである。また少ないながらも土器片が確認されている。しかし具体的な時期を判別できるものはない。しかしながら、アカトランとオシュトティトランの間にはセロ・キアテペク洞窟がありわずかながら先古典期の土器が確認されている。

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。