金武町(きんちょう)は、沖縄県国頭郡にある町である。沖縄本島中央部の東海岸に位置する。国頭郡最南端の自治体である。金武湾に面し、対岸に勝連半島・平安座島・宮城島・伊計島を望む。北側は恩納岳連山をはさんで恩納村と接する。面積の約60%を米軍用地(キャンプ・ハンセン)が占める。いずれも町指定文化財である。2015年1月末日現在、人口11,468人(男5,637人・女5,784人)。世帯数5,137戸。65歳以上の人口比率は、本土復帰前の1970年には7.5%であったが、2010年には23.1%に増加しており、全国平均(25.1%)とほぼ同様の高齢化傾向がみられる。現在の金武町に該当する土地には貝塚時代から人間が暮らしていたことがわかっているが、「金武」の地名がいつごろ発生したのかは不明である。1501年に建てられた第二尚家の陵墓玉陵(たまうどぅん)の碑文に「きんのあんし(金武の按司)」という刻銘があることなどから、少なくとも15世紀末頃には支配者がいて金武間切があったものと推察される。1564年以降は第二尚氏王統5代尚元王の三男尚久を元祖とする金武御殿が当地を治めためた。間切時代の金武は、現在の金武町・恩納村・宜野座村・名護市の一部にまたがっていたまたがり、間切番所は喜瀬武原(現在の金武町と恩納村にまたがる地域)に置かれていた。1673年に恩納・瀬良垣・安富祖・名嘉真の4集落が恩納間切として、久志・辺野古の2集落が久志間切として金武間切から分離した。これにより、古知屋・宜野座・惣慶・漢那・並里・金武・伊芸・屋嘉の8集落が金武間切の領域となった(古知屋・宜野座・惣慶・漢那は現在の宜野座村)。議員定数16。インターネットで議会のライブ中継および過去の議会(平成25年2月臨時会以降)の録画映像を配信している。沖縄県警察石川警察署管内町内に金武交番を置く。金武地区消防本部管内各小学校に町立の幼稚園が附属している。町内に高等学校はない。金武中学校を卒業した生徒の主な進学先は、沖縄県立宜野座高等学校、沖縄県立石川高等学校など。金武町には中川区・並里区・金武区・伊芸区・屋嘉区の5行政区がある。各行政区は、他市町村の町内会や自治会に相当する任意団体を組織しており、いずれも公民館等に「区事務所」を置いている。区民が選挙で選出する区長によって代表される。町民は、自らの居住する行政区を基本単位として地域活動を行っており、子ども会・青年会・婦人会・老人会などの地域団体は行政区単位で組織される。各区の下には、広報物の頒布などを目的として任意に分けられた単位である「班」がおかれる。班は「○○原(バル)」などの小字に必ずしも一致するものではない。「班長」は町や区などが発行する広報紙やチラシを班内の各世帯に配布する役割のほか、年1回行われる地域行事「腰(くし)ゆくい」が行われる地域ではその主催を担っている。中川区・並里区・金武区の3行政区は、大字としては「字金武」に属する。したがって住所上ではいずれも「金武町字金武○○番地~~」となり、区別されない。なお、伊芸区は「字伊芸」、屋嘉区は「字屋嘉」の大字にそれぞれ属する。並里区と金武区の境界は住宅密集地にあり、また、両区の出身者が境界付近に移転することにより飛び地として認定されることもあるため、両区の境界は必ずしも明確でない。喜瀬武原(きせんばる)地区は金武町と恩納村にまたがるが、金武町部分は金武区に属する。菊などの花卉類、さとうきび、マンゴーなどのフルーツのほか、豊富な水資源を活用して、田芋や米の栽培がさかんに行われている。紅茶・緑茶も生産されており、紅茶は株式会社沖縄ティーファクトリーにより「琉球紅茶」として販売されている。町が出資する第3セクター・株式会社きのこセンター金武がぶなしめじの生産を行っている。刺し網・一本釣り・はえ縄・定置網・海面養殖などの漁法により、マグロ類・ブダイ類・ハタ類・イカ類・タコ類・海藻類などが水揚げされる。金武漁港内にはモズクの種苗供給施設、同漁港近くには海ブドウの養殖場がある。また、並里区の福花原地内にはウナギの養殖場もある。金武町産のウナギは蒲焼きとしてスーパーで販売されるほか、那覇市内の和食レストラン等で提供されている。キャンプ・ハンセン第1ゲートの正面一帯は米兵向けの歓楽街「新開地」が栄えている。新開地の「パーラー千里」で生まれたタコライスは、沖縄を代表するB級グルメとして定着している。豚肉に豚の血液を混ぜて炒めた料理「チーイリチャー」が地域行事や家庭の祝い事などで食される郷土料理として親しまれており、町内のいくつかの食堂などで提供されている。近年は特産の田芋を利用したパイやチーズケーキなどの「田芋スイーツ」や、金武酒造の田芋焼酎など、加工品の生産も盛んに行われている。町の北側の山林には、県内最大規模の実弾演習が行われる米海兵隊のキャンプ・ハンセンが広がる。金武岬には、水陸両用車の訓練やヘリコプター着陸帯として使用される「金武ブルー・ビーチ訓練場」がある。また、金武区(小字:浜田原)の海岸には「金武レッド・ビーチ訓練場」があり、乗船訓練等に使用されている。中川区(小字:源原)にあった「ギンバル訓練場」は、1996年のSACO最終報告に基づき、2011年7月に返還された。キャンプ・ハンセンの大部分が1906年に各部落が政府から払い下げた杣山であり、その使用にかかる収入は「旧慣による金武町公有財産の管理等に関する条例」に基づき、各区の入会権者で構成する部落民会(並里財産管理会・金武入会権者会・伊芸財産保全会・屋嘉財産管理会)と町が「分収金」という名目で折半している。各部落民会に支払われた分収金は、各行政区の活動補助金に充てられるほか、所属する会員(入会権者)に配当される。会員資格は各部落民会の会則で定められているが、いずれもおおむね、杣山払下げ当時に当該地区に居住していた者と、現在も当該地区に居住するその子孫(世帯主)とされている。杣山の払い下げから40年後の1946年に並里区から分離して新設された中川区には、配当を受ける資格のある入会権者が存在しないとされ、部落民会がない。分収金収入がない中川区とその他の行政区との財政格差を補うため、町は中川区に補助金を交付している。かつては久志線、名護こどもの国線、名護東線(許田経由)が国道329号を通っていたが、それぞれ1995年、2006年、2008年に廃止された。また、県道104号線を経由する路線として恩納村とを結ぶ喜瀬武原線が運行されていたが1995年に廃止された。しばらく自主運行のバスが運行されていたが、現在はこれも廃止されている。 <歴代優勝チーム> プレ (2007年)レキオスFC 第1回(2008年)ソーマプライア 第2回(2009年)ソーマプライア 第3回(2010年)ソーマプライア 第4回(2011年)公所卓球クラブ 第5回(2012年)オッタマゲータ(レキオスFCの主力選手を中心とした日本代表選抜チーム) 第6回(2013年)オッタマゲータ 第7回(2014年)ソーマプライア 第8回(2015年)ドルソーレ北九州 第9回(2016年)ドルソーレ北九州
出典:wikipedia
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