確信犯(かくしんはん)( - :確信(による) :犯罪)とは、道徳的、宗教的あるいは政治的な確信に基づいてなされる犯罪のこと。行為者は「確信犯罪者」「確信犯罪人」()。ドイツの刑法学者グスタフ・ラートブルフの提唱による法律用語。いわゆる義賊やテロリズムがその代表例である。日本語では法的概念を逸脱した慣用句として定着しており、そのように使用されることが多い。確信犯(確信犯罪)とは、「自分が行うことは良心に照らし合わせて正しく、周囲(社会)や政府の命令、議会の立法こそが間違っていると信じて」行った犯罪である。本人は自らの正当性を確信していることがポイントであり、立法や命令に違犯(「違反」ではない)しているとの認識を持っているかどうか、あるいは処罰を予想しているかどうかは関係ない。社会正義や良心といった内心の動機部分が確信犯を理解する上で重要である。なお、自由主義を採るどこの国でも思想・良心の自由は絶対に保障されているが、それの実践は手段によっては許されない。政治的・宗教的犯罪のみに用いられるものではなく、また他人を攻撃・殺傷したり財物を破壊するなどといった積極行為だけに用いるものでもない。例えば議会法や行政命令に反してホロコーストに協力しない行為、強制収監命令の出された人物(ユダヤ人など)や政治犯の国外逃亡を幇助する行為、あるいは現代的には、科学的根拠に則って、法で禁止された治療行為を行い結果として罪に問われる場合、あるいは積極的安楽死への組織的な関与、法にその旨規定がない場合の良心的兵役拒否などは確信犯に分類される可能性がある。多くの辞典に「政治犯や思想犯など……」のように例示されるのは、単に政治犯や思想犯に確信犯罪者、あるいは人格障害による犯罪の事例が多いためである。日本での「確信犯」という語は、1990年ごろから一般で広まったが、「悪いことであると分かっていながらなされる行為・犯罪」という故意犯罪や常習犯罪の意味で広まっており、そのまま一般化して用いられている。これは所謂誤用なのだが、2002年の世論調査では約6割もの人が新しい意味で理解していることがわかっている。新しい意味での使用が増えることで、日常生活において本来の意味で使われることは、さらに減っていくとみられている。ドイツ語の には「信念・信条」の意味がある。中文圏では「信条犯」「信仰犯」といった字句で叙述する論文がみられる。ラートブルフの文脈でが登場するのは1923年の論文「確信犯罪者()」であり、やがてのちに彼の価値相対主義のなかで確信行為者としてより一般化された。ラートブルフは1920年から1924年までドイツ社会民主党の議員としてドイツ連邦議会の議員をつとめ1921年から23年にかけてシュトレーゼマン内閣の法務大臣を務め、1923年の刑法改正案において死刑廃止論の重要な根拠の一つとして確信犯罪の論点を提示した。しかしラードブルフの確信行為者の理論そのものは貫徹せず、教育刑や犯罪者の社会的更生の必要性に合意が得られたものであった。なお、第二次大戦後の1949年にはドイツにおける死刑制度の廃止が実施されているが、ドイツ刑法典に確信行為者の法理は反映されておらず、テロリストは「国家との戦争状態に立っていることを盾に犯罪としてではなく捕虜として扱われることを欲していよう」とも「倫理的に等しい立場に立っている敵対者ではなく1人の低俗な犯罪者」として扱われる。ラートブルフの提示した確信的行動者の問題は、民主主義における内心の自由、良心の自由、思想信条の自由を含み、核心において抵抗権の問題として現代なお未解決の論点である。ラートブルフの抵抗権論はケルゼンとともに宮沢俊義に影響を与えているとされる。日本語ではを「確信犯罪」とでも訳すところ「確信犯」が定着している。とくに法律を話題にしていない局面で、故意に酷いことをおこなう人物を非難する成句として用いられる場合がある。犯罪に該当しない行為に対しても確信犯と呼ぶことがある。
出典:wikipedia
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