南部地方(なんぶちほう)は、青森県東部を指して言う地域呼称。江戸時代に南部氏が支配した領域(盛岡藩・七戸藩・八戸藩の領域)の青森県内部分に相当する。青森県内は、南部地方と津軽地方の2つの地方に大別される。同分類は江戸時代の藩政に由来しており、広義の南部地方とされる(津軽と南部参照)。以下、この南部地方の定義に含まれる自治体を列挙する。特に上北地域と三八地域を合わせて「三八上北(さんぱちかみきた)」と呼ばれる。狭義の南部地方は三八上北と同義であり、この範囲を指して「県南地方」とも言う。広義の南部地方において三八上北に含まれない下北半島北側地域は、「下北地方」と呼ばれる。下北地域と上北地域を合わせて「二北」という呼称があるが、これは両者がかつて北郡として1つであったことに由来する。青森県庁は県内を6つの地区に区分し、各地域に総合的な出先機関である地域県民局を設置している。この内、以下の3つの地区が広義の南部地方に相当する。気象庁の地域区分では「南部」という言葉は使用されないが、以下の地域が南部地方に相当する。二次細分区域では旧・上北郡域は2分割され、一方を「三八」と合わせ(以下の表中で太字)、残りを「上北」としている。なお、二次細分区域の「上北」にあたる、内陸の十和田市と陸奥湾沿岸の野辺地町では天気が違うこともしばしばであるため、さらなる細分化を望む声がある。江戸時代、この地は盛岡藩および八戸藩が支配していた。1872年、弘前藩が南部藩の一部を統合した形で青森県の一部となる。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。