鋼索線(こうさくせん)は、京都府八幡市の八幡市駅から男山山上駅までを結ぶ京阪電気鉄道のケーブルカー。男山ケーブルと呼ばれている。男山の山上にある石清水八幡宮への足で、初詣客で賑わう1月の利用者数が全体の50%を占めている。正月の多客期は12.6 km/h、それ以外の閑散期は8 km/hの2速度で運転できるようになっている。短距離ながらトンネルが2箇所あり、京阪にはこの他に、山岳トンネルとしては京津線の逢坂山トンネルがある。また、途中に全長108.7 mの男山橋梁(トレッスル橋)があり、車両の行き違いはこの橋梁とトンネルに跨がる区間で行われる。2001年(平成13年)に車両が更新され、スルッとKANSAI対応カードが使用可能になった。なお、京阪電鉄の路線で唯一、PiTaPaなどのICカード式乗車券が使用できない。通常時は30分間隔の運行で、所要時間は約3分。乗客がいる場合にのみ運行される不定期列車を含めると15分間隔である。例年、大晦日と石清水祭前夜は、終夜運転が行われる。また正月三が日には約5分間隔の頻発運転が行われる。終発は通常18時45分発だが、正月三が日には20時00分まで繰り下がる。男山山上駅には改札は無いため、上り下り共に下の八幡市駅で切符の扱い、精算をする。運賃の取り扱いは、次のようになっている。京阪線各駅から男山山上駅までの乗車券を発売しているが、かつては大津線各駅でも男山山上駅までの乗車券を発売していた。1926年(大正15年)、男山索道によって開業した。男山鉄道に社名変更後、京阪電気鉄道の子会社となった。戦時中の1944年(昭和19年)に廃止され資材が供出されるが、戦後の1955年(昭和30年)に京阪電気鉄道直営で復活した。男山索道の資本金は150万円と会社の規模に対して過大であり、建設費も他の鋼索鉄道と比べて割高であった。これは観光地などの有望な路線の免許を取得し、さらに自前で鉄道を建設して高値で転売するためであった。この会社の重役である野田儀一郎はかつて才賀藤吉率いる才賀電機商会で支配人をつとめていた人物であり、破綻後は独立してこのような商売をしていたと見られる。京阪電気鉄道の太田光凞社長はそういう状況は把握しながらも未開業の路線の免許(大山崎 - 長尾間、1927年6月免許)を押さえられており競争線防止のために、そのままにしておくこともできず、やむをえず買い取ることになったという。両駅とも京都府八幡市に所在。
出典:wikipedia
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