海部 友光(かいふ ともみつ、年没不詳)は、戦国時代の阿波国の武将。左近将監。海部城主。三好家家臣。『阿波志』には「藤原友光、海部左近将監と称す。釈服して宗寿と号す。」とある。ただし、「海部町史」では鷲住王の末裔とされている。永禄年間(1558年 - 1570年)に友光によって海部城が築かれたという説がある。元亀2年(1571年)に那佐湾に漂着した長宗我部元親の弟・島親益を討つ。弟の死に激怒した元親は、天正3年(1575年)及び天正5年(1577年)に海部城は攻められ落城した。その後、友光は紀州の縁者を頼って落ち延びたと伝えられるが、経緯は不明である。
出典:wikipedia
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