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テクノスジャパン

テクノスジャパンは、三者の間に関係はない。以下では、2.について記す。株式会社テクノスジャパン は、かつて日本に存在したゲームソフトウェア開発会社。データイーストの専務だった瀧邦夫を中心としたデータイーストの元スタッフによって1981年に設立。ただし、1982年にはデータイースト製「プロテニス」のコピー基板を製造販売したとして訴訟を起こされ、またその際「データイースト社内からデータが盗難された」旨の主張があったことから、必ずしも両者の関係は友好的ではなかったとみられる。なお訴訟は翌年8月、テクノスジャパンほか1社が謝罪し和解した。『くにおくんシリーズ』により、一躍ヒットメーカーとなり横スクロール格闘アクションゲームのブームを作る。一般的な呼び方は「テクノス」 ("TECHNOS") で、社名ロゴやテレビ・コマーシャルでも略称のテクノスという名前が強調された。「ゲームをシステム(ルール)と捉え、+aとなる要素を付け足して1+1=3にする」という姿勢で、同じシステムを使い回すような単なる続編は作らなかった。また、キャラクターの名前は社員から採られることがあった。『熱血硬派』というタイトルで開発が進められていた作品には大ヒットするという確信があったようで、社長の名前をもらい『くにおくん』と付けた事は有名。はたして1986年にアーケードゲームとして発売した『熱血硬派くにおくん』は予想通りにヒットし、家庭用ゲーム機に場を移すなどして後々シリーズ化していくことになった(くにおくんシリーズ)。本社は創業当初、東京都新宿区西新宿にあったが、のちに同区歌舞伎町へ移転。1992年には中野区新井に自社ビルとして「テクノス中野ビル」を建設し、移転した。しかしテクノスが『くにおくんシリーズ』1本に頼りすぎたため、ゲーム機の進化についていけず新たなヒット作に恵まれなかった。このため、バブルの頃をピークに売上が低調に推移し、本社建設費が利益を圧迫しはじめ、経営不振に陥る。さらにネオジオ版ダブルドラゴンの不具合回収などが追い打ちをかけ、1995年12月15日には事務所が閉鎖し事実上の業務停止、翌1996年に倒産した。ビルはオーナーやテナントが変わっても長年そのままの名称で現存していたが、2013年10月1日をもってビル名称が「いちご中野ノースビル」に変更されることとなった。テクノスジャパンの倒産後、『くにおくんシリーズ』の版権はミリオンへ移動し、アトラスやアークシステムワークスが移植作を発売していた。2015年6月12日付で、ミリオンが保有していた『くにおくんシリーズ』等のテクノスジャパン関連の版権は全てアークシステムワークスに譲渡され、これにより、アークシステムワークスがテクノスジャパンのタイトルの版権を保持する事になった。同日よりアークシステムワークス運営のテクノス公式サイトが仮オープンし、同年8月11日に本サイトが正式オープンした。

出典:wikipedia

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