松山 秀明(まつやま ひであき、1967年4月18日 - )は、和歌山県伊都郡九度山町出身の元プロ野球選手(内野手)。高校時代はPL学園高校に所属。清原和博、桑田真澄のKKコンビと同期で3年時には主将としてともにPL黄金期を築いた(同期では他にも今久留主成幸、内匠政博がプロ入りした)。の夏の甲子園では決勝戦でサヨナラヒットを放ち、全国制覇に導いた。卒業後、青山学院大学へ進学。東都大学リーグ通算102試合出場、369打数87安打、打率.236、7本塁打、40打点。ベストナイン2回受賞。1989年のドラフト5位でオリックス・ブレーブスに入団。の現役引退までは目立った成績は残していなかった。からまではオリックス一軍内野守備走塁コーチを務めた。は阪神タイガース一軍内野守備走塁コーチ、からまでは阪神二軍内野守備走塁コーチを務めた。に再び一軍コーチとしてオリックスに復帰し9月16日以降は三塁ベースコーチの任を解かれ、10月29日に来季の契約更新をしないと通告された。からは、韓国プロ野球・起亜タイガースの守備走塁コーチを務めるが、同年限りで契約終了となった。からは千葉ロッテマリーンズの二軍内野・守備走塁コーチに就任。より一軍内野・守備走塁コーチを担当。1985年のドラフト会議で巨人からの指名がなく、放心状態だった清原に最初に声をかけたのが松山だったという。気分転換にと二人でキャッチボールを行った。この二人はから3年間、「選手とコーチ」としてチームメイトとなった。
出典:wikipedia
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