1984年のロサンゼルスオリンピックにおけるサッカー競技は7月29日に開幕、8月11日に決勝が行われフランスが金メダルを獲得した。この大会は国際オリンピック委員会 (IOC)がオリンピックのサッカー競技において初めてプロフェッショナルプレーヤーの参加を認めた大会となった。前回大会となるモスクワ大会では、ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻に抗議して西側諸国のボイコットが相次いだが、迎えたロサンゼルス大会では、その報復措置として逆に東側諸国が大会をボイコットした。サッカー競技では、前回優勝のチェコスロバキア、銀メダルの東ドイツ、銅メダルのソビエト連邦がボイコット。代わって西ドイツ、イタリア、ノルウェーがエントリした。また、この大会からIOCはオリンピックサッカー競技においてプロフェッショナルプレーヤーが出場することを認めた(五輪憲章のアマチュア条項は、このロサンゼルス五輪より10年前の1974年の第75回IOC総会で、削除されていた)。これは当時のオリンピックにおけるプロ解禁と言う潮流の一環であったが、これは国際オリンピック委員会(IOC)と国際サッカー連盟(FIFA)の間に新しい対立を引き起こした。すなわち、集客性に富んだサッカーの充実を図りたいIOC(プロ解禁したのでA代表を五輪に出すよう要請)とワールドカップ(W杯)と言う大会の威厳とプレミアを守りたいFIFA(年齢制限のない最強の代表A代表を五輪に出せばW杯の意味が無くなる)の利害の対立である。最終的に、ロサンゼルス五輪ではモスクワ五輪と同様に、W杯予選もしくはW杯本大会に出場した欧州と南米の選手は、五輪に出場できないことにした。この大会に参加した有名選手としては、ドゥンガ、マウロ・ガウボン(以上ブラジル)、ギド・ブッフバルト、アンドレアス・ブレーメ、ウーベ・バイン(以上西ドイツ)、ロジェ・ミラ(カメルーン)、フランコ・バレージ、ダニエレ・マッサーロ、アルド・セレナ(以上イタリア)、等がいる。この大会の優勝はフランスで、これは1948年のロンドン大会以来、8大会36年ぶりとなる東欧諸国以外からの優勝国の出現となった。準優勝はブラジルと第2次世界大戦後の東側諸国優位の勢力図を覆した。東側諸国のボイコットにより、これらの国のステート・アマの選手が出場できなかった事と、西ヨーロッパ、南米のチームにはプロの選手が加わった事で、オリンピックサッカー競技の勢力図に大きな変化がもたらされたのだった。参加国の交代はあったものの、参加国数自体は変化しなかったため、参加16各国を4つのグループに分けてグループリーグを行い、上位2カ国がトーナメントに進出するという方式がとられた。
試合は4都市・4つのスタジアムで実施された。※開始時刻は、パサデナおよびスタンフォードについては太平洋夏時間 (UTC-7)。ボストンおよびアナポリスについては東部夏時間 (UTC-4)。各組上位2カ国が準々決勝に進出できる。
出典:wikipedia
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