宇部湾岸道路(うべわんがんどうろ、Ube Coastal Road)は、山口県宇部市岬町(山口宇部空港付近)から、宇部港などを経由して同市東須恵に至る道路(自動車専用道路)である。宇部市厚南地区で並行する街路部(一般道路部)についても本稿で取り扱う。全線が地域高規格道路山口宇部小野田連絡道路の一部であり、本線部(高架部)が山口県道6号山口宇部線、街路部(一般道路部)が山口県道354号妻崎開作小野田線に指定されている。都市計画道路としての指定名は、本線部(高架部)が宇部湾岸線、街路部(一般道路部)が宇部駅波多野開作線である。また、愛称は「宇部スカイロード」であり、一般公募により決められた。宇部市と山陽小野田市の中心部を結ぶ唯一の幹線道路である国道190号では、主要渋滞ポイントに位置づけられている藤山交差点、東割交差点、宇部西割交差点、宇部市流川交差点等で慢性的な渋滞が発生している。このうち藤山交差点は62,998台/日(2010年度)と、山口県内の交差点としては第1位の交通量であるほか、県内で3番目に混雑度が高い区間でもある。また、国道190号の中川交差点から流川交差点付近に至る区間は4車線道路でありながら中央分離帯が設置されておらず、歩道幅員も狭いため交通安全上の問題が発生している。これら交通渋滞および交通安全対策のほか、山口宇部空港、宇部港、小野田港等への移動時間の短縮、宇部都市圏の連携強化、沿線の宇部市厚南地区南部の都市的土地利用の促進を目的として、1993年(平成5年)4月6日に、都市計画道路宇部駅波多野開作線の一部を計画変更し都市計画道路宇部湾岸線が都市計画決定された。翌1994年(平成6年)には地域高規格道路山口宇部小野田連絡道路の一部に指定され、1994年(平成6年)に地域高規格道路の整備区間(事業着手に向けて環境影響評価手続き、都市計画決定手続き、予備設計等を進める区間)の指定を受けた。一方、2001年(平成13年)には国道190号等の渋滞対策や宇部小野田地域における高規格道路整備を目的に山陽自動車道宇部下関線が開通したものの、同路線は宇部市・山陽小野田市の両市街地北縁地域を通っていることもあり交通混雑の解消には至っておらず、宇部商工会議所等の地元経済団体からは引き続き宇部湾岸道路の整備を促進するよう要望が提出されている。2007年(平成19年)12月5日に山口県道354号妻崎開作小野田線のバイパス道路として街路部(一般道路部)の一部(新中川橋交差点から第一原交差点までの区間)が開通し、国道190号流川交差点の渋滞が緩和された。2011年(平成23年)8月21日には厚東川大橋の迂回路となる本線部(高架部)の西中町IC - 藤曲IC間および街路部(一般道路部)の全線が開通した。全線が都市計画道路に指定されている。指定名は、本線部(高架部)が宇部湾岸線、街路部(一般道路部)が宇部駅波多野開作線である。2011年(平成23年)8月現在、本線(高架部)と街路部(一般道路部)の全線が開通している。なお、本線部は暫定2車線で開通しているが、道路構造上暫定施設のみの建設が困難である西中町IC - 藤曲IC間など一部区間では4車線分の構造物が建設されている。宇部湾岸線の建設予定地には、渡辺翁記念会館等を手がけた村野藤吾の設計により建設された宇部工業会館(後の宇部興産本社旧館)が立地していたが、2000年(平成12年)に取り壊された。建物の解体工事に伴い、敷地内に植樹されていた20数本のクスノキやソテツ等は近隣の事業所に順次移植された。興産本社前交差点の角に残されていた最後のクスノキ2本のうち1本は、2010年(平成22年)に宇部市東吉部の精華学園高等学校に移植された。終点となる東須恵ICは、宇部興産専用道路を活用したロングランプとなる予定であるが、この区間の宇部興産道路沿線は住宅地となっており、元々宇部興産と地元住民の間で夜間の走行は行わないとする旨の協定が締結されていた。宇部湾岸線は一般道路であり常時車両が通行することになる為、騒音を懸念する地元住民と山口県との間で協議が行われた。その結果、当初計画では宇部興産道路の4車線のうち東側の2車線を宇部湾岸線に転用し、西側の2車線は3車線に拡幅して宇部興産が使用する予定であったが、道路の拡幅は行わず、夜間騒音を抑える工法を採用して建設することを条件に合意した。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。