H-IIロケット(エイチツーロケット、エイチにロケット)は、宇宙開発事業団 (NASDA) と三菱重工が開発し、三菱重工が製造した人工衛星打上げ用ロケット。日本の人工衛星打ち上げ用液体燃料ロケットとしては初めて主要技術の全てが国内開発された。科学衛星打ち上げを目的とした宇宙科学研究所の一連の固体燃料ロケットでは、日本が世界4番目の人工衛星打ち上げ国となる等、国産技術による開発が進んでいたが、科学衛星に比べて大型の通信、放送、気象などの実用衛星を打ち上げる液体燃料ロケットの開発を担当することになった宇宙開発事業団では3世代目のH-Iロケットまで、アメリカのデルタロケットの技術を導入して主要部のライセンス生産をしていた。例えば、H-Iロケットで国内開発が実現していた主要部位は第2段・第3段用エンジンや慣性誘導装置等のみで、最も重要な第1段用エンジンはアメリカのものであった。こうした状況の中、国内技術の進歩を図って高い信頼性と低コストで打上げを可能にし、1990年以降の2t級静止衛星の需要増加に適応することを目標に、1984年にH-IIロケットの「開発研究」が、1986年に「開発」が開始された。これと同時にLE-5開発の経験を基に初の国産第1段用エンジンLE-7の開発も開始され、開発試験中の一人の死亡事故を含む爆発・火災事故などの難航を経て1994年に完成した。また、固体補助ロケットブースターも国産化し、初めて純国産液体燃料ロケットの開発に成功した。また、H-IIを使用した衛星打ち上げを請け負う民間ロケット会社『ロケットシステム(RSC)』を1990年に設立している。(1995年の試験3号機から請負。)そして、1994年2月4日午前7時20分、第1号機の打ち上げに成功した。LE-7の開発が難航したため予定より2年遅れての打ち上げであった。この打ち上げで、搭載した性能確認用衛星(VEP、のちに「みょうじょう」と命名)と、軌道再突入実験機(OREX、のちに「りゅうせい」と命名)の地球周回軌道投入に成功した。その後1997年まで合計5機の連続打ち上げに成功したが、打上げコストは1機あたり190億円でアリアンなどの諸外国製ロケットより遥かに高く、100億円以下が標準とされる国際市場での競争力は無かった。これはH-IIの開発検討が始まった1982年当時の1ドル240円のレートから円高が急激に進んだためであり、1号機が打ち上がった1994年には、1ドル100円台前半であった。このため打上げコストを半減するため次世代のH-IIAロケットを開発することが決まった。1998年の第5号機、翌年の第8号機と連続で打上げに失敗したため、原因究明とH-IIA開発にリソースを集中するため、7号機(打上げ順序を変更して第8回目になる予定だった)の打上げをキャンセルし運用を終了することになった。開発費は約2,700億円で、同じく全段を新規開発した欧州宇宙機関(ESA)の主力ロケットのアリアン5シリーズの開発費、約8800億円~9900億円の三分の一以下である。上段に用いられていた液体酸素・液体水素の組み合わせを、第1段と第2段両方に利用する大型実用ロケットは、H-IIが世界初であった(スペースシャトルはメインエンジンが液体酸素・液体水素だが第1段式)。この推進剤の組み合わせは比推力(燃料効率を示す尺度)が高く、燃焼後に水蒸気しか発生しないためオゾン層への悪影響がほとんどなく環境との親和性が高いのが特徴である。ただし、大出力のエンジンが作りにくく推力が不足する時にはブースターが使用されるが、ブースターの固体燃料に含まれる過塩素酸アンモニウムの塩素成分はオゾン層に悪影響を与えるほか、燃焼時に毒性が強い塩化水素ガスを大量に生じさせる。H-IIロケットを元に全面改良された次世代のH-IIAロケットとは基本的な要求性能が同じなので、H-IIロケット8号機の2段目はH-IIAロケットの2段目に置き換えられ使用されている。また、J-Iロケットの1号機には一段目にH-IIのSRBが使用されているが、2号機ではH-IIAのSRBが使用されている。HOPE(H‐II Orbiting Plane)や、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle、略称: HTV)はH-IIの時に計画が始まりH-IIAに(名称にはH-IIが含まれたまま)引き継がれている。世界的にも少ない液体酸素と液体水素を推進剤とする液体燃料ロケットエンジンを2段式ロケットの両段に備え、1段目には推力増強の為の大型固体ロケットブースターが2本取り付けられている。全体構成について、以下に下から順に示す。打上げ中止後、第一段および第二段機体がJAXA種子島宇宙センターの大崎第一事務所に保管されたままとなっており、現在、施設案内ツアーで見ることができる。2008年10月9日、国立科学博物館の重要科学技術史資料(通称:未来技術遺産)第00023号として登録された。H-II 開発時の試験機体の第一段が種子島宇宙センターに、第二段が三菱重工飛島工場(愛知県)に保管されていた。保管にかかる費用などが負担になり一時は廃棄する事も検討されたが、2007年4月21日よりJAXA筑波宇宙センターにて屋外常設展示されている。展示されているのは本体(第一段、第二段、フェアリング、LE-7型エンジン)およびSRB 1機(これは7号機のもの)である。設置当初は、LE-7は装着されない状態であったが、2007年10月20日の筑波宇宙センター一般公開に間に合わせる形で、後からLE-7が装着された。LE-7装着部のカバーは部分的に透明の板になっており、配管の様子を見ることができる。また、試験時に接続するケーブルなどの部分もビニール袋などで簡易な防水処理だけが行われている。なお、現在展示に供されている機体とは別に、実機と同じ構造で製作されたH-II地上試験機(GTV)は、試験後フライトモデルへと改修のうえ4号機として打ち上げられている。上記2機は実機を展示しているが、展示用の実物大模型としては、種子島宇宙センターの公園内にもう1機の展示用模型が設置されている。また、つくばエキスポセンターと、JAXA角田宇宙センターのある角田市スペースタワー・コスモハウスと、栃木県の栃木県子ども総合科学館と、鹿児島県の錦江湾公園の4箇所にもH-IIロケットが立てられた状態で屋外展示されている。NASDAではH-IIの読みを「えいちつー」で統一しているが規定ではない。「えいちに」という読みや「H-2」という表記も認めており、これらを使っても誤りとはいえない。NHKでは「えいちに」で統一している。文化放送の梶原しげるの本気でDONDONでH-IIを特集した日に、番組開始当初は「えいちつー」と呼んでいたが、番組の途中で「えいちに」が正しいとした。以後、文化放送では「えいちに」で統一されている。
出典:wikipedia
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