雀鬼会(じゃんきかい)とは、桜井章一が設立した麻雀の競技団体である。1991年に設立され、桜井が運営する雀荘「牌の音」と、大阪府高槻市にある大阪支部を拠点として活動している。現在はリーグ戦は行われていない。会員は雀鬼流と呼ばれる特殊な哲学・ルールに基づいて麻雀を行う。桜井章一を師とし、師の言われたことに対して言い訳を禁じている。麻雀を通じて心の強さを育むことを第一に考えている。雀鬼会の集う人間に迷惑をかけないことを第一に「素直」と「勇気」というものを大切にし、自己中心的な要素を極力省く努力をすることを目的とする。雀鬼会では他の麻雀団体では見られない特徴的なルールがある。などである。これらは技術向上のためというよりも、マナー上の必要性から作られたという側面が強い。桜井は、雀鬼会は麻雀技術を競う場ではなく、人間力を競う場であると述べ、麻雀を通した人格形成に重点をおいている。竹書房主催の麻雀最強戦では、桜井の弟子たちが優勝したことがある(1992年第4回大会優勝 佐々木秀樹、1993年第5回大会優勝 山田英樹)。特に優勝したこの2名が取り上げられるが他の雀鬼会のメンバーも出場している。6回以降長らく出場をしていなかったが、第20回で金村尚紀が出場し、準優勝している。第3回優勝の伊藤優孝、第9回優勝の土田浩翔は雀鬼会所属経験があるほか、第1回優勝者である片山まさゆきは"雀鬼の代走"として出場し優勝をかっさらった。その後も近代麻雀ゴールド誌では、2005年の廃刊直前まで、桜井と雀鬼会を題材にした漫画や記事がかなりの割合を占めていた。桜井の弁によれば、将棋や囲碁のプロなどと比べて、麻雀プロという名を持つ人々の自覚に欠ける点を感じ、彼らへの叱咤激励の意味で参加していたが、そのプロが変わるという希望が持てなくなったことを、参加しなくなった理由の一つにあげている。しかし、桜井自身が出場しないことに批判もある。最強戦に参加しなくなったのは第5回の打ち上げで長谷川和彦が雀鬼会の事を非難したからであるとも言われている。第5回最強位戦の打ち上げパーティー会場で長谷川がマイクで「雀鬼会の麻雀はロボットじゃねぇか!」「あんなの麻雀じゃねぇ!」と毒づいたところ優勝者の山田英樹が長谷川に襲い掛かろうとして近代麻雀ゴールドの編集長の松田(当時)が「僕たちも悔しいですがやめてください!」と号泣しながら止めに入り会場は一時騒然となった(他数人も山田の制止に入った)。このとき桜井は怒って付き添いの雀鬼会のメンバーに「酒もってこい!」と酒を持ってこさせて飲めない酒を飲んでいた。この騒動が半年後の週刊新潮に載り、それを読んだ桜井の知り合いの右翼団体が牌の音に電話を掛け(電話に出たのは山田英樹)「あんな悲しい事があったんだね」「長谷川は許せないな!」「あとは俺たちに任せといて」と右翼団体幹部が言ったのに危険を感じた山田英樹が桜井に知らせた。この事件以降、長谷川はおとなしくなり、後に最強戦に優勝した時に「雀鬼会の方にもまた出場してほしいです」と言った。各地に拠点を有する。支部・同好会・勉強会等、厳密な定義はないが、活動の濃度・在籍する人数等により呼称に差異があり、ホームページ上に其々の所在地、代表者等が紹介されている
出典:wikipedia
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