『ビブリオテーケー』(、、)は、伝統的なギリシア神話と英雄伝説の概要を述べた本。3巻が現存する。日本語訳書の題は『ギリシア神話』だが、原題は「文庫」の意。この種類の書籍として、古代より現在にまで伝存した唯一のもので、世界の起源からトロイア戦争までのギリシア神話の系統的概説書である。『ビブリオテーケー』は、紀元1世紀から2世紀頃に編集された。写本が現在にまで伝存しているので、古代にも広く知れ渡っていたであろうが、この本に直接言及した記録はない。現存するいくつかの写本にはその著者として「アポロドーロス」()という名前が示されている。このアポロドーロスは、サモトラケのアリスタルコス () の弟子、アテーナイのアポロドーロス(紀元前180年頃生)と見なされてきた。アテーナイのアポロドーロスは、『年代記』()を著し、ディオドルス・シクルスはこの年代記の記法を利用した。またホメーロスに関する注釈も著したことが知られている。しかし、このテキストには、おそらく1世紀の人物と考えられる、ローマの年代記作者カストール () の引用が含まれている(II.1.3)。また、アテーナイのアポロドーロスの著作はほとんどが散逸し今日伝存していないが、わずかに残る文章と比較しても、合理的で整然とした文献学的記述を行うアテーナイのアポロドーロスと『ビブリオテーケー』の編集者は作風からは同一人物とは考えがたいということもあり、19世紀末に、ローベルトなどが、別人説を唱え、今日、本書の著者はアテーナイのアポロドーロスではないと考えられている。古代、アポロドーロスという名は一般的な名であった(語源的には、「アポローン, 」と「贈り物, 」の合成形の男性名詞形とも見える)。アテーナイのアポロドーロス以外にも、名を知られるアポロドーロスが10人近くいので、本書『ビブリオテーケー』の作者として、(偽)+ で、 またはそのラテン語形の とも呼ばれた。これは19世紀末より20世紀にかけてのことである。(対応日本語呼称は「偽アポロドーロス」)という呼び方は今日でもなお使用されている。例えば、『エンサイクロペディア・ブリタニカ』の2005年CD版は、" の作者をこの形の名で呼んでいる。他方、このような呼び方はせず、単にアポロドーロスとしたり、 というような名を使っている例もある。著者を示唆する記述と共に、この本に言及したのは東ローマ帝国の高僧であった9世紀のポーティオスであり、それ以降、ツェツェースなどの注釈学者によって頻繁に引用されるようになった。東ローマ帝国においては、紀元10世紀より帝国が滅亡する15世紀の頃まで文献学者によって研究され注釈されて来た。西欧がこの書物を知るのは、東ローマ帝国滅亡により、その文化的遺産の多くを継承した15世紀以降となる。ルネサンスにおけるラテン文学を通じてのギリシア神話理解の時代以降に、真の古代ギリシアの探求や研究が始められたので、西欧では、この書籍が一般の研究者に知られるようになるのは、更に遅い時代となる。しかし、この書籍は、独特の内容と構成を持ち、すなわち紀元前5世紀以前の古代ギリシア神話の姿を伝えているため、古典研究者にとって重要な資料となった。また、現代の詩人・文学者のロバート・グレーヴス(1895年–1985年)まで多くの作家等に影響を与えた。この書は、古代のギリシア神話の包括的な系統誌で、英雄神話の中の諸王朝の物語や、ヘーラクレース、イアーソーン、ペルセウス、そしてトロイア戦争の概説とそこに登場するアキレウス、ヘクトール、ヘレネーといった英雄や女性にまつわるエピソードが語られる。紀元前5世紀以前の文献を基に神話をまとめているため、ローマ神話の影響をまだ受けていない。ギリシア神話の主要な文献として、参考書として、更に、オウィディウスなどのラテン語作家がある意味で歪曲したとも言える、本来の古代ギリシア神話の姿を伝えるものとして重要な意味を持つ。この本は、日本語では高津春繁の訳本が半世紀以上に渡り流布した結果、『ギリシア神話』という名称が定着している。他方、英語ではこの本を簡単に " と呼んだりする。『ビブリオテーケー』は元々は4巻あったが、3巻の一部と4巻が消失してしまった。一方で、全体の摘要(エピトメー、)があり、そこに消失した部分の内容の概略が残されている。
出典:wikipedia
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