アル・パチーノ(Alfredo James “Al” Pacino, 1940年4月25日 - )は、アメリカ合衆国の俳優・映画監督・脚本家。日本語では当初、「アル・パシーノ」と表記されていた。ニューヨーク市ブロンクス出身。イタリア系アメリカ人。身長167cm。映画『ゴッドファーザー』シリーズ、『スケアクロウ』、『狼たちの午後』、テレビドラマ『エンジェルス・イン・アメリカ』、シェイクスピア作品をはじめとする演劇などで、複数の受賞をしている。シチリア移民の子として生まれるが、2歳の頃に両親が離婚し、少年時代は非常に貧しく不憫な生活を送る。若い頃はニューヨーク市内で自転車便やビルの清掃稼業、映画館のアルバイトなど様々な職業を渡り歩いていた。この頃に後々名コンビとして知られるジョン・カザールと親交を結んだ。26歳からリー・ストラスバーグ主宰のアクターズ・スタジオで演技を学んだ。オーディションに行くためのバス代もないほど貧しかった時もあったが、次第に演劇で活躍していく。1969年の映画『ナタリーの朝』でデビュー。1971年の『哀しみの街かど』でヘロイン中毒の青年を演じて注目され、フランシス・フォード・コッポラの『ゴッドファーザー』で、かねてから尊敬していた俳優であるマーロン・ブランドと親子役で共演。マイケル・コルレオーネ役は多くの俳優に衝撃と影響を与えており、パチーノに触発されて俳優を志した者は多く、ブルース・ウィリスは自身もその一人であることを表明している。『セルピコ』と『狼たちの午後』で主演を務める傍ら『ゴッドファーザー』の続編となる『ゴッドファーザー PART II』に主演。この頃、コッポラは岡田茂に「千葉真一とアル・パチーノの共演による映画を製作したい」とオファーしていたが、岡田は断っている。1972年から1975年にかけて4年連続でアカデミー賞にノミネートされるが、アカデミー主演男優賞を獲得できなかった。賞狙いの過剰な演技が目立ち始め、業界関係者の反感を買い、『スカーフェイス』も、公開当時は大失敗作と評され、興行成績も振るわなかった。『スター・ウォーズ』のハリソン・フォードが演じたハン・ソロや、『クレイマー・クレイマー』においてダスティン・ホフマンが演じたテッド・クレイマーの打診を断っており、フォードは一躍トップスターへ、ホフマンはアカデミー主演男優賞を獲得し、一方のパチーノは1980年代後半から1990年代にかけ、その人気は下降。活動の場を演劇へ戻し、ウィリアム・シェイクスピアについての豊富な知識を基に、その作品に数多く出演。『リチャード三世』の映像化の過程を記録したドキュメンタリー映画『リチャードを探して』を監督・主演した。1989年に『シー・オブ・ラブ』で映画に復帰すると、『ディック・トレイシー』、『ゴッドファーザー PART III』に出演したが、それぞれの作品が評価されず、興行成績も振るわなかったものの、1992年の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』で盲目の退役軍人を演じ、第65回アカデミー賞ではアカデミー主演男優賞と『摩天楼を夢みて』でのアカデミー助演男優賞と2つにノミネートされ、悲願であった主演男優賞を獲得した。55歳を超えてからも『フェイク』、『インサイダー』などに出演。1994年にはヴェネツィア国際映画祭の経歴賞を、還暦を迎えた2001年には、ゴールデングローブ賞において生涯功労賞に相当するセシル・B・デミル賞を受賞。共演したジョニー・デップ、ラッセル・クロウ、ジェイミー・フォックス、コリン・ファレルへも多大な影響を与え、2007年公開の『オーシャンズ13』ではジョージ・クルーニー、ブラッド・ピット、マット・デイモンらとは対照的に助演に徹し、ホテルのオーナーを演じた。初監督作品の『リチャードを探して』以降、自身の監督作も発表している。2000年には『チャイニーズ・コーヒー』、2011年にはオスカー・ワイルド作の戯曲「サロメ」の舞台制作の過程を描いたドキュメンタリー映画『ワイルド・サロメ』にて、ヴェネツィア国際映画祭(監督・ばんざい!賞)とクィア獅子賞を受賞した。2012年には、『摩天楼を夢みて』がブロードウェイにて舞台化され、1992年の同作映画版で演じたリッキー・ローマではなくシェリー・レーヴィン役を演じ話題となった。また同年、全米芸術勲章(National Medal of Art)を授与された。パチーノ自身がインタビューで、『セルピコ』は、モデルとなった実在の人物と3週間一緒に生活を共にしたり、『狼たちの午後』では、逆に脚本を徹底研究し、モデルとなった実在の人物とは一切面会せず、独自に役を作りあげると話し、「あなたが今まで演じてきた役の中で、どの役が一番自分に似合っていますか?」という質問に、「どの役が一番自分に似合うということはない。すべて私の一部なのだ」と語った。ロバート・デ・ニーロとは様々な焦点から比較対象にされる。具体的な理由と経緯は不明であるが、世代が近いこと、ニューシネマで名をはせたこと、『ゴッドファーザー PART II』で父子役を務めたこと、さらに共にイタリア系アメリカ人である事が推測される。デ・ニーロとは第67回アカデミー賞授賞式において作品賞のプレゼンターを務めた。その際二人は『ゴッドファーザー』の「メインテーマ」に乗って壇上に登場した。奇遇だが、パチーノの母方の祖父は『ゴッドファーザー PART II』の中でロバート・デ・ニーロ扮するビトー・コルレオーネの出生地としているコルレオーネ村の出身であることを、パチーノ本人が明かしている。一時は共演作がない(『ゴッドファーザー PART II』では直接の共演はなかった)ことや、メディア及びファンが2人を最大のライバルであると捉えた影響から不仲と噂されたが、1995年公開の『ヒート』における初共演は大きな話題を呼び、大ヒットを記録。その後も公の場でツーショット写真が撮影されるなど仲は良い。その後、2008年公開の『ボーダー』で再共演した。日本語吹替は従来より野沢那智が専属でつとめていたが、90年代後半からは菅生隆之や羽佐間道夫がつとめることが多くなった。また、吹替新録や、近年の作品では山路和弘がつとめることも多い。
出典:wikipedia
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