湖南市(こなんし)は、滋賀県の南部に位置する市。国土地理院地理情報によると湖南市の東西南北それぞれの端は以下の位置となっている。市役所付近を北緯35度線が通っており、東庁舎(旧甲西町役場)にモニュメントが設置されている。また、他に市役所付近を北緯35度線が通過する自治体としては、江津市・新見市・西脇市・京都市・大津市・大府市・静岡市・館山市などが存在する。市の南部を西日本旅客鉄道(JR西日本)の草津線が東西に走る。草津線は、1889年に関西鉄道として三雲駅・草津駅間が開通、翌1890年に三雲駅・上柘植駅間が開通し、1906年の鉄道国有法に基づき1908年国有化された。市内の駅は三雲駅、甲西駅、石部駅だが、このうち甲西駅は1981年のびわこ国体に合わせて設置された請願駅である。草津線は単線だが、三雲駅と石部駅には行き違い設備がある。現在、草津線複線化前の甲西駅への行き違い設備の整備を「草津線複線化促進期成同盟会」で検討。甲西駅は市の中心駅であるため、早期の整備が求められている。東海道新幹線の最寄駅は京都駅である。2012年には隣接の栗東市に(仮称)南びわ湖駅が開業する予定とされていた。しかし、2006年の県知事選挙で建設凍結派の嘉田由紀子が「もったいない。」を合言葉に当選。「東海道新幹線(仮称)南びわ湖駅設置促進協議会」での議論は、県側の意思決定能力不足で時間切れとなり、2007年10月31日をもって基本協定等が終了した。滋賀交通の乗合バスがJR野洲駅(野洲市)から湖南市北西部の菩提寺と北山台で折り返している。また、若干であるが、水口(甲賀市)方面へ行くバスもある。市の北部を通る名神高速道路菩提寺パーキングエリアに京都と名古屋を結ぶ高速バスが停車する。その他、湖南市が滋賀交通子会社の滋賀バスに運行委託した湖南市コミュニティバス(めぐるくん)が走っている。過去には草津駅と水口を結ぶ、国鉄バスや滋賀交通バスが国道1号で運行されていた。旧甲西町役場を東庁舎、旧石部町役場を西庁舎として使用。教育委員会は西庁舎に置かれている。〒520-3288 湖南市中央一丁目1番地〒520-3195 湖南市石部中央一丁目1番1号 国会の選挙区 湖南市は、甲賀警察署(甲賀市)の管轄。市内に湖南工業団地があるため、工場を構える企業が多い。寺院神社1894年10月、下田村出身の谷定徳が北海道旭川を尋ね、比布原野で植民地区画が行われていることを知り、翌1895年、下田の20戸を率いて自ら団長となり入植した。谷定徳が下田村を離れた理由には下田村の小学校移転問題が絡んでいたと伝えられるが定かではない。当初予定の30戸に満たないという理由で貸下げ地の大量返納が命ぜられたところに、第2次(13戸)、第3次(12戸)の移住があったが、後発組は小作人か屯田兵とならざるをえなかった。1898年6月、谷定徳は32歳の若さで死去し、谷定徳に頼れなくなった下田開拓団は一致協力して新たな開墾に立ち向かった。鷹栖村に属していた比布原野は独立の動きが生じ、1906年4月、二級町村制に基づく比布村が誕生した。比布村は1962年1月に町制を施行して比布町となり、1994年には「開基百年」を迎えた。それを契機に、開拓者で縁のある滋賀県・香川県・愛媛県との交流が始められ、下田村が合併した甲西町とは1998年に友好交流提携を行った。合併により湖南市となった後も、2004年12月に湖南市と比布町は改めて友好交流提携を再確認している。1995年7月、ミシガン州セント・ジョンズ教育委員会の一人が高校生海外相互派遣事業の引率教師として甲西町(当時)を訪問。それをきっかけに両市の交流が始まった。鳥取県北栄町は「名探偵コナン」の原作者青山剛昌の出身地であり、「名探偵コナン」を活かした町おこしで注目されている。2009年に湖南市で開かれた滋賀大学との共催シンポジウムで「こなん」つながりでの北栄町との連携が提案され、2010年夏から交流を進めていた。2011年3月28日、谷畑英吾湖南市長が松本昭夫北栄町長のもとを訪れ、両市町の友好交流提携および災害時相互応援協定について基本合意した。同年7月2日に正式に友好提携都市となった。
出典:wikipedia
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