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乗鞍岳

乗鞍岳(のりくらだけ)は、飛騨山脈(北アルプス)南部の長野県松本市と岐阜県高山市にまたがる剣ヶ峰(標高3,026m)を主峰とする山々の総称。山頂部のカルデラを構成する最高峰の剣ヶ峰、朝日岳などの8峰を含め、摩利支天岳、富士見岳など23の峰があり、広大な裾野が広がる。飛騨側の高山市街地などから大きな山容を望むことができ、親しまれてきた山である。山体は岐阜県と長野県に跨がる活火山で日本で19番目に高い山。活火山ランクC気象庁による常時観測対象の47火山に含まれるが山頂部に噴気地帯は存在しない。比較的新しい火山であることから穏やかな山容が特徴で、最新の噴火は2000年前の恵比寿岳での噴火とされている。乗鞍岳を含む飛騨山脈の主な山域は1934年(昭和9年)12月4日に中部山岳国立公園の指定を受け。長野県側の麓には溶岩流で形成された乗鞍高原が広がる。1949年に岐阜県道の観光道路で標高2,702 mの畳平までバスが運行されるようになると、大衆化し「雲上銀座」と呼ばれ観光地として賑わった。長野県側からも畳平まで乗鞍エコーラインが開通し山麓にはスキー場が建設され周辺には温泉地があり、四季を通じて美しい景観に恵まれ、乗鞍岳の山域は観光地、保養地として発展している。日本百名山、新日本百名山、信州百名山、ぎふ百山、一等三角点百名山に選定されている。873年(貞観15年)の日本三代実録で、飛騨の国司の言葉が残されており、「愛宝山(あぼうやま)」と呼ばれその当時から霊山として崇拝されていた。平安時代から室町時代にかけて古歌で「位山」と呼ばれ、1645年(正保2年)頃に乗鞍岳と呼ばれるようになったとされている。1829年(文政12年)の『飛州誌』では、「騎鞍ヶ嶽」と記されていた。飛騨側から眺めた山容が馬の鞍のように見えることから、「鞍ヶ嶺(鞍ヶ峰)」と呼ばれていた。日本には同名の乗鞍岳が複数あり、「乗鞍」は馬の背に鞍を置いた山容に由来している。信州では最初に朝日が当たる山であることから「朝日岳」と呼ばれていた。最高峰の剣ヶ峰の別称が、「権現岳」。魔王岳と摩利支天岳は円空が命名して開山したとされている。1963年(昭和38年)11月に乗鞍国民休暇村(休暇村乗鞍高原)の開設に伴い、番所平と金山平と呼ばれていた周辺一帯が乗鞍高原と呼ばれるようになっていった。南北に多数の峰が連なることから「乗鞍連峰」と呼ばれることもある。日本の火山としては富士山、御嶽山に次ぐ高さである。乗鞍岳は乗鞍火山帯に属し、複数の火山が南北に並ぶ複合火山である。千町火山体(せんちょうかざんたい、128-86万年前に活動した古期乗鞍火山)と烏帽子火山体、四ッ岳火山体、恵比寿火山体、権現池・高天ヶ原火山体(32万年前に活動を開始した新期乗鞍火山)で構成されている。古い火山体の千町火山体と烏帽子火山体では、浸食と崩壊が進んでいる。新期の火山体は山頂付近に分布する火山体や山腹に分布する溶岩ドームと溶岩流からなる大規模な成層火山。剣ヶ峰の噴火での直下西に権現池の火口湖が形成された。約9000年前に現在の乗鞍岳の山容が形成された。山頂部は南北6 km、山体は北の安房峠から南の野麦峠まで南北15 km、東西に30 km、山域の面積は約250 kmと裾野が広いのが特徴で、北アルプスの中では最も広い山域を持つ。乗鞍高原などの8つの平原がある。火山湖と堰止湖の12の池があり、山頂直下西にある権現池は、日本では御嶽山の二ノ池に次いで2番目の高所にある湖沼。梓川、神通川、飛騨川の源流となる山で、それらの分水嶺となっている。山頂付近の積雪が多く、乗鞍スカイラインの開通のために長期間の除雪が必要となる。夏でも一部の北東斜面などには雪渓が残り、夏山でのスキーが可能となっている。西山腹の千町火山体の溶岩台地上の千町ヶ原から奥千町にかけては、池塘が点在する高層湿原となっている。100年活動指数と1万年活動指数がともに低い火山であることから、「活火山ランクC」の指定を受けている。2009年(平成21年)6月に火山噴火予知連絡会により、山体浅い部に地震活動が認められていることから、過去100年以内に火山活動の高まりが認められている火山として、火山防災のために監視・観測体制等の必要がある火山の一つの指定を受けている。火山性の地震群発は現在でも観測されている。活火山としての活動力を失っていて山頂部に噴気地帯はないが、湯川(梓川の支流)の最上流部では火山ガスが発生している。周辺では気象庁、国土地理院、防災科学技術研究所、名古屋大学により地震計、傾斜計、空振計、GPS、遠望カメラが設置され火山活動の監視と観測が行われている。気象庁は2007年(平成19年)12月1日に噴火予報で「平常」を発表しており、「噴火警戒レベル対象外火山」であり、2013年7月度の気象庁火山部火山監視・情報センターの月例報告で、「火山活動に特段の変化はなく、静穏に経過し噴火の兆候は認められない」と発表している。しかし、1000年以上噴火しておらず、そろそろ噴火をしても良い時期と考える火山学者もいる。2014年の木曽御嶽山噴火災害をうけて、ハザードマップが作成されていない状態の解消を目指し、乗鞍防災協議会設置のための火山対策検討会議が行われた。山頂部には北から順番に以下の峰が連なり、乗鞍23峰と呼ばれている。その他の峰として、高天ヶ原(たかまがはら、2,829 m)と金山岩(かなやまいわ、2,532 m)がある。最高峰の剣ヶ峰には一等三角点が設置されている。多くの峰は登山規制が行われていて、立ち入りが禁止されている。山頂付近には、以下の8箇所に12個の火口湖と堰止湖がある。古生層の安山岩類や花崗岩類、デイサイト質の溶岩などで構成されている。乗鞍岳ではパン皮状火山弾(breadcrust bomb)が見られ、火口付近では吹き飛ばされた古い岩石の破片、スコリア、軽石なども見られる。山頂付近には亀甲砂礫や条線砂礫などの構造土が見られ、地理学者の田中阿歌麿が日本の周氷河地形として初めて亀ヶ池で構造土を発見した。乗鞍高原の鈴蘭には武田信玄によって開発されたとされる大樋鉱山があって、1640年(寛永17年)から1697年(元禄10年)にかけて盛んに銀が産出されていた。東山腹の梓川の支流湯川沿いの白骨温泉では石灰華(炭酸カルシウム)の沈殿物が見られ、「白骨温泉の噴湯丘と球状石灰石」が1952年(昭和27年)3月29日に国の特別天然記念物の指定を受けた。自然保護の観点から乗鞍スカイラインと乗鞍エコーラインで2003年からマイカー規制が実施され、バスとタクシーを除き一般車両の通行が禁止されるようになった。これらの山岳道路では麓の山地帯、亜高山帯、高山帯へと植生の垂直分布の移行を観察することができる。東側の乗鞍高原の山麓では明治時代に牛の放牧とソバ畑の開拓が行われた。山頂付近の摩利支天岳(標高2,872 m)頂上の乗鞍コロナ観測所で観測された、毎日の平均気温、最低気温、最高気温の月ごとの1971年(昭和46年)から2000年(平成12年)までの30年間の平均値を下表に示す。1月下旬から2月上旬かけてが最も寒く、8月初旬が最も暑い。畳平へのシャトルバスの夏の早朝便ではカーエアコンで暖房される。また、年間平均気温、および最低気温、最高気温の年間平均値を下表に示す。年間の平均気温の最低値は1986年の-4.1℃、最高値は1998年の-0.5℃。9時と15時における風力の月ごとの1989年(平成元年)から1997年(平成9年)までの9年間の平均値を下表に示す。風向きは年間を通じて北西が主流となっている。冬期に風が強い日が多く、9時、15時の区別なく1-2月には風力4.9-5.2(風速換算で約10 m/s)。9時と15時における月別天気出現率(%)(1968-1997年の平均値)を下表に示す。乗鞍岳では夏に午後になると霧や雲の発生が活発になることが多く、他の山岳地帯と同様に午前中の方が天候が安定している。畳平では濃霧で視界不良となることもある。例年9月末-10月にかけて山頂部で初冠雪し、6月にも雪が降ることがある。山域にはオコジョ、トウホクノウサギ、ニホンカモシカ、ツキノワグマ、イワヒバリ、ホシガラス、国の特別天然記念物に指定されているライチョウなど生息する。長野大学生態学研究室によりライチョウの詳細な生息調査が行われている。ライチョウの乗鞍岳における総個体数は1983年の調査では130羽、1994年の調査では109羽と減少傾向にある(環境省のレッドリストの絶滅危惧IB類の指定を受けている種)。イワツバメ、イワヒバリ、カヤクグリ、ライチョウ、ルリビタキの繁殖が確認されていて、カラ類、キセキレイ、ホシガラスなど多くの野鳥が生息している。白樺峠は、乗鞍高原一帯を通過していくタカの渡りの観察地として知られていて、9月下旬にはサシバ、ハチクマ、10月中旬にはノスリ、ツミなどの渡りが見られる。乗鞍高原では7種のコウモリの生息が確認されていて、日本の固有種であるクビワコウモリの繁殖が日本で初めて乗鞍高原で確認された。長野県の天然記念物の指定種の高山蝶のクモマベニヒカゲとミヤマモンキチョウやクジャクチョウ、コヒオドシなどの蝶が生息し、岐阜県のレッドリストで指定を受けている高山蛾のアルプスカバナミシャク、アルプスギンウワバ、アルプスヤガ、アルプスクロヨトウ、オオギンスジコウモリ、クモマウスグロヤガ、サザナミナミシャク、タカネモンヤガ、ナカトビヤガ、ヤツガダケヤガなどの確認記録がある。志村烏嶺が乗鞍岳で高山植物の採集と研究を行っている。位ヶ原と桔梗ヶ原では大規模なハイマツの群生地となっている。コイワカガミ、キバナシャクナゲ、ミヤマキンバイ、クロユリ、コマクサ、イワギキョウ、ヨツバシオガマなどの植物が見られ、高山ならではの自然を堪能する事ができる。富士見岳、魔王岳などの風衝地にはコマクサの群落が広がっている。大黒岳は山全体にコマクサが分布していたが、人の増加に伴い踏み荒らされ大幅に減少した。雪解けとともに開花が始まり、秋にはコケモモ、ダケカンバ、チングルマ、ナナカマドなどの紅葉が見られる。江戸時代大樋鉱山で銀を抽出する際に薪や炭を作るために乗鞍高原周辺の原生林のシラビソやブナが切り尽くされた。その結果乗鞍高原鈴蘭付近は、シラカバなどの二次林とスズラン、ヤナギランなどの草原となりっており、ミズバショウなどの高原植物も分布している。乗鞍高原には湿原があり、「乗鞍岳湿原」として日本の重要湿地500の一つに選定されている。子ノ原高原はレンゲツツジの名所として知られていて、「子ノ原高原レンゲツツジ群落」が1969年(昭和44)年8月5日に高山市の天然記念物の指定を受けている。西面中腹の千町ヶ原の湿原には、キソチドリ、コバイケイソウ、モウセンゴケなどが分布する。東面中腹の位ヶ原では、9月下旬-10月上旬ごろにナナカマドとダケカンバが紅葉する。乗鞍岳では山麓から山上部にかけて以下の植物の垂直分布が見られる。山岳道路開通に伴い帰化植物が侵入し、北米原産のオオハンゴンソウが乗鞍スカイラインの旧料金所の上部の亜高山帯で、セイヨウタンポポが畳平の駐車場で、ムラサキツメクサが鶴ヶ池付近で確認されている。乗鞍スカイライン沿いでは針葉樹の立ち枯れが確認されている。乗鞍岳の高山帯と大部分の山域は国有林であり、林野庁中部森林管理局飛騨森林管理署内にある。畳平周辺の多くの高山植物が分布するハイマツ帯は、林野庁によりレクリエーションの森の「乗鞍自然観察教育林」の指定を受けている。畳平には飛騨森林管理署詰所があり、その南側のお花畑には観察用の木道が整備されている。乗鞍地域の環境保全を目的として2002年(平成14年)10月9日に岐阜県議会で「岐阜県乗鞍環境保全税条例」が可決され、2003年(平成15年)5月15日のマイカー規制開始時から乗鞍スカイラインに乗り入れる自動車に対して課税と徴収が行われるようになった。税収は環境影響評価調査や環境パトロール員の配置などの乗鞍環境保全施策に使われている。課税標準は以下である。古くは「位山」と呼ばれ、山麓から遥拝されていた。飛騨側では大丹生池付近、信州側では乗鞍高原山麓の梓水神社付近に遥拝所があったとみられている。修験者が登頂するようになると、山頂の飛騨側に乗鞍大権現、信州側に朝日権現神社が祀られ、霊山としての修行の場であった。同じ飛騨地方にある白山や御嶽山と比較すると宗教的な意味合いが薄い山であった。飛騨側にはいくつもの信仰の道が作られ、麓には乗鞍神社が建立され、乗鞍信仰が盛んであった。円食上人と木喰上人が修行のために登ったと伝えられている。信州側では奈良時代と室町時代には水神の霊山として、江戸時代にかけては戦の神としての信仰の山であった。東面標高2,100 mの冷泉小屋脇には、乗鞍修験者の行場であった霊泉の湧水がある。1600年代後半頃には大樋銀山の鎮守神として信仰された。冷泉小屋上部の大雪渓下には、江戸時代に乗鞍岳を開山した宝徳霊神の碑がある。18世紀末には山頂の朝日権現神社でご来光を拝んだものにはご利益があるとれ、ご来光詣でが盛んに行われるようになった。信仰の山として信州側からと飛騨側からの修験道が開かれていた。古くから高山市高根町野麦からの野麦口が猟師やコマクサ採りの人々により利用されていた。近代登山の黎明期には地元のガイドとともに、ウィリアム・ゴーランド、アーネスト・サトウ、ウォルター・ウェストンらが登頂した。富山藩の漢学者小杉復堂が平湯から、植物学者の河野齢蔵と矢澤米三郎が信州側から登頂している。陸地測量部の舘潔彦らが測量登山のために1894年(明治27年)に野麦口から登頂している。本格的な登山道と山小屋が開設されたのは明治末期から大正中期以降であった。乗鞍スカイラインの開通などにより、標高2,702 mの畳平までバスや自動車で上がれるようになってからは、登山対象の山というよりも「観光客の山」という意味合いが強くなった。夏に麓の中学校などの行事として、学校登山が行われている。例年乗鞍スカイラインが開通する5月15日に、畳平で乗鞍岳山開き祭が行われている。山開き直後には登山道には多くの残雪がありクラストしていることもあり、アイゼン、ピッケル、ストックなどの雪山装備が必要となる。山頂直下北には頂上小屋(売店のみ)があり、山頂には一等三角点と北側に朝日権現社、南側に乗鞍本宮奥宮(鞍ヶ嶺神社)の2つの神社がある。岩場の山頂は見晴らしが良く360度の展望がある。畳平と肩の小屋に西側に公衆トイレが設置されている。畳平付近にある魔王岳、大黒岳、富士見岳には遊歩道が整備されている。富士見岳からは南アルプス越し(仙丈ヶ岳と北岳との間)に、富士山の山頂部の南側の最高点である剣ヶ峰をわずかに望むことができる。各方面から登山道が開設されている。大多数の観光客やハイカーは、畳平から周辺や山頂を散策している。一部登山道は閉鎖や通行禁止状態になり、安房口、白骨口、野麦口は廃道になりつつある。1919年(大正8年)に南安曇郡安曇村により乗鞍岳で最初に登山者用の山小屋の建設が進められていたが、完成間近に突風で倒壊した。翌年麓の安曇野村議会議員の筒期音弥により、現在の肩の小屋の位置に間口6間、奥行3間の小さな山小屋が建てられた。当時は「乗鞍小屋」や「筒木小屋」と呼ばれていて、この山小屋の開設により次第に登山者が増加していった。1926年(大正15年)番所大滝付近の麓に鈴蘭小屋が建てられスキー客の宿として利用され、1929年(昭和4年)に現在の位置に移設して通年営業の山小屋として開業した。その後山頂周辺に岐阜県山岳会の小屋など4軒の山小屋が建てられ、大衆登山の山となった。鈴蘭小屋の少し上部に1927年(昭和2年)に冷泉小屋が建てられた。乗鞍岳の東面は溶岩流のなだらかな斜面でスキーに適した地形で全国の注目を集めた。これらの山小屋により乗鞍高原からの登山ルートが築かれていった。肩の小屋は1961年(昭和36年)に増築され収容能力を増し、登山者の増加に対応した。登山者用の山小屋が山頂周辺などにある。山頂直下北には1931年(昭和6年)に建てられた売店営業のみの頂上小屋がある。山頂直下の摩利支天岳との鞍部には肩ノ小屋がある。畳平には、一般観光客向けの旅館タイプの宿泊施設である乗鞍山頂銀嶺荘と、乗鞍白雲荘(畳平駐車場に隣接しており、個室もあり一般観光客の利用も多いが、相部屋中心で、付近の残雪が少なくなると入浴ができなくなるなど、設備的には山小屋である。)がある。乗鞍高原からコースの乗鞍エコーライン沿いの位ヶ原には、山スキーなどに利用される位ヶ原山荘がある。南山麓の野麦峠には野麦峠お助け小屋がある。東山麓の乗鞍高原には乗鞍高原温泉ユースホステルの宿泊施設がある。千町尾根の登山道には1999年(平成11年)に建てられた奥千町避難小屋、丸尾尾根には枯松平避難小屋、猫岳の北西には猫の小屋、十石山頂上直下には十石小屋の避難小屋がある。飛騨山脈南部の主稜線にあり、主峰の剣ヶ峰から北に硫黄岳、十石岳を経て十石尾根が安房峠まで延び焼岳につながる、南に高天ヶ原と戸鞍を経て県界尾根が野麦峠まで延び、鎌ヶ峰につながる。飛騨山脈(北アルプス)南端の山で、野麦峠付近までが中部山岳国立公園の指定範囲である。本州における太平洋側(木曽川)と日本海側(信濃川、神通川)の中央分水嶺が剣ヶ峰を通っており、この分水嶺の最高所となっている。畳平まで乗鞍スカイライン(岐阜県側)や乗鞍エコーライン(長野県側)といった自動車道が通じていることもあり、「日本で最も登りやすい3,000m超級の山、「ハイヒールでも上れる山」とも称されてきた。しかし自家用車で畳平の駐車場まで乗り入れのできた以前とは異なり、マイカー規制により麓にある専用駐車場などからシャトルバス又はタクシーの利用が必要となった。高山市は、江名子町より望む乗鞍岳、夕焼けの乗鞍岳、朝の乗鞍岳、桔梗ヶ原より望む乗鞍烏帽子岳、布引滝(五色ヶ原)、五色ヶ原の森雄池、十二ヶ岳付近より望む乗鞍岳、舟山山頂道路より望む乗鞍岳、日和田高原から望むレンゲつつじと乗鞍岳、野麦峠より望む乗鞍岳、野麦峠の池より望む乗鞍岳を「新高山市100景」の一つとして選定している。畳平(たたみだいら、岐阜県高山市丹生川町)は乗鞍岳山頂部にある恵比寿火山体の火口原。標高は白山と同じ2,702 mで、日本最高所の路線バスのバス停がある。乗鞍スカイラインの終点であり、観光バスやタクシーが駐停車する駐車場がある。高山植物のお花畑には木道の遊歩道が整備され観光スポットとなっている。高山植物の見頃は6月下旬-8月中旬ごろ。乗鞍自然観察指導員による自然観察教室が開催されている。周辺には山小屋などの宿泊施設と宇宙線研究所などの観測施設があり、乗鞍岳星空観察会が行われている。また売店、食堂、自然観察指導所、乗鞍山頂簡易郵便局、乗鞍本宮神社がある。乗鞍スカイライン開通後しばらくの間、鶴ヶ池周辺では立山黒部アルペンルートの雪の大谷のような雪の回廊が見られる。駐車場の500 mほど東の乗鞍エコーラインの峠部(長野県と岐阜県との県境)、大黒岳、富士見岳などがご来光スポットとなっている。畳平へのペットの持ち込みは禁止されている。乗鞍岳の東麓に広がる標高1,200-1,800 mの溶岩流の岩原で、三本滝、牛留池、湿原など景観に恵まれた環境である。4月上旬-5月上旬にはミズバショウが開花し、5月に入るとシラカバやカラマツが芽吹き始める。牛留池や一ノ瀬園地などからは乗鞍岳を望むことができる。古くは修験者の登路となり、江戸時代には大樋銀山で銀の産出が行われていた。一ノ瀬園地ではソバの栽培が盛んに行われている。Mt.乗鞍(旧称の乗鞍高原温泉スキー場と旧乗鞍高原いがやスキー場のMt.乗鞍スノースマイルエリア)のスキー場がある。鈴蘭には長野県乗鞍自然保護センターがある。湯川から源泉を引湯している乗鞍高原温泉(のりくら温泉)がある。乗鞍高原温泉、すずらん温泉、安曇乗鞍温泉、わさび沢温泉の総称として、のりくら温泉郷と呼ばれている。乗鞍スカイラインが2003年にマイカー規制される以前の有料道路であった時期には、自転車の通行が禁止されていた。マイカー規制後は自転車の通行が許可された。畳平付近の乗鞍エコーラインの標高2,716 m地点(大黒岳と富士見岳との鞍部、長野県と岐阜県との県境)は、日本で自転車で走行できる最も標高の高い県道の地点である。毎年夏に、乗鞍スカイライン・サイクルヒルクライムと全日本マウンテンサイクリングin乗鞍の自転車レースが開催されている。毎年7月の第1日曜日に開催される乗鞍スカイラインをメインコースとした自転車ヒルクライムレース。岐阜県高山市丹生川町久手の殿下平交流ターミナル(標高1,360m)を起点として、平湯峠を経由して畳平の鶴ヶ池駐車場(標高2,702 m)を終点とする全長18.8 km(標高差1,642 m)のコース。乗鞍スカイラインがマイカー規制された翌年の2004年から始まり、2013年のエントリー数は1,011名であった。毎年8月の最終日曜に開催される自転車ヒルクライムレース。乗鞍エコーラインの鈴蘭から長野・岐阜県境までの区間、全長約20.5km、標高差1,260m(スタート地点1,458m, ゴール地点2,716m)(大会主催者側の公称値)のコースをひたすら登り続ける。1986年(昭和61年)から実施されており2014年大会で実に29回目を数える、日本のヒルクライムレースの草分け的存在である。最近の自転車人気の復活も手伝ってか近年の参加者数は3,000名を大きく超える規模となっている。国内では月山、立山とともに夏スキーができる山として知られている。冬に積雪が多く夏でも山頂付近の各所に雪渓が残り、剣ヶ峰の北東面の大雪渓と魔王岳北東面の鶴ヶ池雪渓がスキー指定地とされ夏スキーやスノーボードで賑わっている。山麓には以下のスキー場がある。1934年(昭和9年)1月に開業したリフトなどがない「飛騨乗鞍スキー場」が飛騨側の大尾根にあった。1997年(平成9年)に岐阜県大野郡丹生川村の村営スキー場として開業した「ひだ乗鞍ペンタピアスノーワールド」は、2007年1月に廃止となった。南西山麓の子ノ原高原には1972年(昭和47年)に開業した「子ノ原高原スキー場」があった。乗鞍岳の西麓の3,000 haほどのブナとミズナラなどの広葉樹とコメツガとシラビソなどの針葉樹の森林地帯で、溶岩台地周辺の地形に池、湿原、滝などが点在する。588種の植物が確認され、多くの環境省のレッドリスト指定種が含まれている。多くの自然が残されていて、一般の入山が規制され完全予約制でインタープリターによる周辺の遊歩道でガイドが行われている。2004(平成16年)年7月に整備された周辺の滝巡りをするカモシカコースと池や湿地などを巡るシラビソコースがある。「高山市乗鞍山麓五色ヶ原の森」が、2013年(平成25年)3月21日に「第8回エコツーリズム大賞」の優秀賞を受賞した。周辺では温泉が湧きでていて、旅館などの宿泊施設がある。東麓では1929年(昭和4年)に大野川まで自動車道が通り、1940年(昭和15年)には幅員4.5 mの車動が乗鞍高原鈴蘭まで開通した。山域の北端を国道158号が通り、その安房峠の下部を1997年(平成9年)に開通した安房峠道路のトンネルが貫通している。国道158号の高山市側から平湯峠を経由して山上部の畳平まで岐阜県道5号乗鞍公園線が通じており、上部の区間は「乗鞍スカイライン」と呼ばれている。国道158号の平湯温泉側からは、平湯峠まで岐阜県道485号平湯久手線が通じている。山頂の北2 kmの畳平(標高2,702 m)には、日本で最高所の乗鞍バスターミナルがある。長野県の乗鞍高原側からは、長野県道84号乗鞍岳線が畳平まで通じ、その県道の上部の区間が「乗鞍エコーライン」と呼ばれている。1973年(昭和48年)に上高地方面から白骨温泉、乗鞍高原、白樺峠を経由して奈川温泉までの上高地乗鞍スーパー林道の有料道路が開通し、2008年(平成20年)に無料開放された。山域の南端の野麦峠を長野県道・岐阜県道39号奈川野麦高根線が通る。1973年岐阜県初の有料道路として開通した乗鞍スカイラインは一般車両が通行できる日本最高所の有料道路であり、終点は収容台数230台の畳平駐車場と210台の鶴ヶ池駐車場があった。乗鞍スカイラインと乗鞍エコーラインから畳平まで乗り入れる車両は年間20万台を越えていた。2003年から乗鞍スカイラインの平湯峠ゲートより上部及び乗鞍エコーラインの三本滝ゲートより上部でマイカー規制が実施されている。岐阜県側では、濃飛バスによりアカンダナ駐車場(平湯温泉)と朴の木平駐車場から畳平行きの専用シャトルバスが運行されている(例年除雪後に冬期閉鎖が解除され、5月15日に開通する。)。長野県側では、アルピコ交通の松本電鉄バスにより乗鞍高原内の第1駐車場、第2駐車場、第3駐車場、三本滝駐車場からら畳平行きのシャトルバスが運行されている(例年除雪後に冬期閉鎖が解除され、7月初旬に畳平までの全区間が開通する。)。7-9月の夏期シーズンにはご来光時に合わせた早朝便が運行されている。麓の乗鞍高原からはその山容を望むことができ、高山市街からは大きな山容を見渡すことができ、高山市などの山麓の多くの学校の校歌で歌われている。比較的新しい火山であることからなだらかな女性的な山容で、御嶽山と同様に遠くから眺めると独立峰のように大きくその裾野を広げている。明治の歌人の長塚節がの短歌を残している。深田久弥は「日本百名山」の著書で、「乗鞍の姿を一度見たらその山を忘れることができないだろう。」と記している。麓の高山市の歌人福田夕咲はの短歌を残し、乗鞍岳の山容を仏の仰臥に見立てている。また飛騨の山の特徴を「乗鞍の雄大、槍ヶ岳の険峻、御嶽の壮厳、錫杖の奇観、白山の崇高」と表現している。松本市などの学校でも校歌に歌われている。乗鞍岳を背景としてゲンゲとギフチョウを描いたふるさと切手(50円郵便切手)の『国土緑化・岐阜県』が、2006年(平成18年)5月19日に、郵便局から発売された。NHKなどにより、乗鞍岳を主題とした以下のテレビ番組などが放送されている。

出典:wikipedia

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