甚目寺町(じもくじちょう)は、かつて愛知県中西部の海部郡にあった町。2010年3月22日に同郡美和町、七宝町と合併してあま市となり消滅した。町名は尾張四観音の一つの甚目寺観音が由来で、地名になったのは鎌倉時代からといわれている。名古屋市の西に隣接しており、ベッドタウンとして発展してきた。人口は約4万人であり、合併前までは日本で5番目に人口密度が高い町であった。市外局番は052である(以前は0560であった)甚目寺の始まりは推古天皇5年(597年)。地名になったのは鎌倉時代からと言われている。『海道記』に萱津とある。渡りはつれば尾張の國に移りぬ。(中略)萱津の宿に泊りぬ。公立尾陽病院2005年に開催された愛知万博で、愛知県内の市町村(名古屋市を除く。)が120の万博公式参加国をそれぞれ「一市町村一国フレンドシップ事業」としてフレンドシップ相手国として迎え入れた。廃止駅甚目寺駅と七宝駅との間にあった駅。1944年に休止し、1969年に廃止された。
出典:wikipedia
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