東 浩紀(あずま ひろき、1971年(昭和46年)5月9日 - )は、日本の評論家、現代思想研究者。学位は博士(学術)(東京大学・1999年)。ゲンロン代表取締役社長兼編集長。東京都三鷹市出身。筑波大学附属駒場高等学校卒業。学部時代の専攻は科学史、科学哲学であり、大学院時代の専攻は、哲学(現代思想、フランス現代思想)、表象文化論である。本人は「現代思想好きのオタク」を自認する。思想系の研究者としての道を歩む中で、情報社会論も専門としているが、決して社会学者ではない。大学教員としては、東京大学大学院情報学環客員助教授、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター副所長・教授、東京工業大学世界文明センター人文学院特任教授、早稲田大学文学学術院教授などを歴任している。しかし、2013年3月に早稲田大学教授を退職して、同年4月以降は大学への所属はない。詳しくは、本頁「略歴」及び「活動」の節を参照。小説家であり、サイエンス・フィクション作家である(詳細については各節を参照)。日本SF作家クラブ会員だったが、2014年に脱会している。日本推理作家協会会員。著書に出版社が記す著者紹介等では「哲学者」の肩書が記されていることがあるが、東自身は「哲学者」の使用には否定的である。また、他者から「哲学者」と呼ばれなくても構わない旨を述べている。1993年、「ソルジェニーツィン試論」『批評空間』で評論家としてデビュー。なお、この原稿は柄谷が当時教えていた法政大学での講義に潜り込んで参加した東が、直接手渡したものである。デビュー以後多数の人文科学系誌に批評を掲載、柄谷行人・浅田彰が編集委員を務めた「批評空間」で連載した『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』(1999)を最初の著書として新潮社から上梓。発売から3週間で1万3千部と人文書としては異例の売れ行きを見せ、1999年10月4日号の『AERA』では表紙を飾った。また同書によりサントリー学芸賞を受賞。三島由紀夫賞でもノミネート。帯に浅田彰による自著『構造と力』が過去のものとなったことを自認した言葉が載る。1999年、複数の雑誌に掲載された論考等を集めた評論集『郵便的不安たち』を朝日新聞社から刊行。ポストモダン論からオタク文化などについて現代社会・文化・思想に関する幅広い発言・論考を展開。『存在論的、郵便的』で主題としたジャック・デリダのほかに、精神分析のジャック・ラカンを援用しつつ、独自の思考を展開している。1996年の『エヴァンゲリオン論』(『郵便的不安たち』所収)以来、一般にはオタク系サブカルチャーとの関わりの面からの注目度が高い。2000年5月、村上隆が企画して渋谷パルコで開催された「SUPER FLAT展」のコンセプトブック『スーパーフラット』に村上隆論を寄稿。村上の作品をデリダを援用しつつラカンの「想像界」から「象徴界」への移行を軸として理論化し、「スーパーフラット」をポストモダンの最もラディカルな表現形態であると評価した。2000年から2001年まで、『小説トリッパー』に「誤状況論」と題する時評を連載。またこの頃から東は、「批評空間」が大塚英志と宮台真司を無視・村上春樹を低く評価している点から1995年(オウム真理教事件・阪神大震災)以降の社会の決定的変化を無視していると判断し、デビューした雑誌でもある「批評空間」が「近くにいる他者の遠さに気がつく柔軟さ」を失っているとみなして距離をおいた。2001年、『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』を発表。これは『ユリイカ』誌上で2001年に連載された「過視的なものたち」をまとめたものであり、「データベース消費」「動物化」といった概念が提起されている。この著作はポストモダンの概念を使ってオタクの行動様式の変化を説明したものとして紹介されることが多いが、東浩紀自身としてはその逆で、同書の目的はオタクの行動様式を参照することによってポストモダンの概念を更新することにあったと述べている。2003年、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)において、「デジタル情報と財産権」に関する研究会に加わった。2004年、GLOCOMの東浩紀研究室にて「ised」を立ち上げ、情報社会に関する研究に取り組んだ。またGLOCOMの機関誌『智場』の発信編集局長を務め、WinnyなどのP2P、SNS、Web2.0について特集、金子勇の講演レポートや梅田望夫と公文俊平の対談(司会鈴木健)を掲載するなど、新しいタイプの情報社会系批評誌を模索した。2006年、ライトノベル作家の桜坂洋、GLOCOM研究員の鈴木健との共同プロジェクトとして「GEET STATE」を開始。当初はGLOCOMにおけるisedの後継プロジェクトと位置づけられていたが、東のGLOCOM辞任をうけて個人ベースの共同プロジェクトとして開始された。このプロジェクトは、環境管理型権力が全面化した社会の未来予測(2045年の日本社会を舞台として設定)とエンターテインメントの両立を図ろうとするものである。2007年3月、『ゲーム的リアリズムの誕生』を刊行。また、それまでのエッセイや論考をまとめ、『文学環境論集 東浩紀コレクションL』、『情報環境論集―東浩紀コレクションS』、『批評の精神分析 東浩紀コレクションD』の三つの論文集を講談社「講談社BOX」から刊行した。2008年には『東浩紀のゼロアカ道場』を講談社BOXにて開催している。また、同年4月にNHK出版から北田暁大と共編で、思想誌『思想地図』を刊行している。同誌は、後に東自身が立ち上げる出版社ゲンロンに引き継がれ、以降、東の活動拠点となる。東北地方太平洋沖地震にショックを受け、新たな活動を模索している。当初は批評家としての活動を中心としていた。2009年には、「これからどのような人生を送ったとしても、ぼくの批評へのこの愛は変わることがないと思います」と述べていた。東北地方太平洋沖地震以来、本人は批評家をやめたと公言している(ツイッターでのプロフィール等を参照)。2013年には「自分がかつて批評家然として妙に偉そうだったことについては、ほんといろいろと反省しており、そしてその失敗については一生かけて責任とってくしかないなあとか思う」と述べるようになった。福島第一原子力発電所跡地付近の復興計画として『福島第一原発観光地化計画』を提唱している。2013年、社会学者の開沼博、ジャーナリストの津田大介と共にウクライナへ行き、旧チェルノブイリ原子力発電所を視察。『思想地図』などにおいて提唱してきた「福島第一原発観光地化計画」に関わる例としてチェルノブイリを取り上げ、「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」として『思想地図』に手記や論考などをまとめた。2010年4月、浅子佳英、入江哲朗、李明喜らとともに合同会社コンテクチュアズ(出版社)およびコンテクチュアズ友の会を発足させた。同社は2012年、株式会社ゲンロン(友の会は「ゲンロン友の会」)として改称改組している。東浩紀が代表取締役社長兼編集長を務め、思想誌、学術誌の『思想地図』などを刊行している出版社であるが、その他にも、ニコニコ動画・Ustreamの番組配信、トークイベントの開催、メールマガジン(Magalry(マガリー)東浩紀責任編集メールマガジン「ゲンロンサマリーズ」)など、出版外の活動も多い。東浩紀自身は、ゲンロンを「役所や大学ではできない公益性の高いコンテンツを作る営利企業」と位置づけている。出版以外の活動として特徴的なものに「ゲンロンカフェ」がある。2013年2月1日、ゲンロン本社近くに飲食可能なイベントスペースとして「ゲンロンカフェ」を開設した。文理融合(文系と理系、学際などの頁を参照)をコンセプトとしており、ゲンロン主催のイベントが行われる。特徴的な事業として、各学問分野から多数の学者、研究者やジャーナリストなどを招聘し、「ゲンロンスクール」という連続講義を行っている。「ゲンロンカフェ」及び「ゲンロンスクール」の特徴について、東浩紀自身は「講座終了後も、会場=カフェに居残って聴講者同士、あるいは講師と歓談が続けられるところ」としている。また東は、読者の考えていることは書き手にとって貴重な情報であり、ゲンロンカフェは読み手と書き手のマッチングの場として機能すると語っている。哲学者としての東は、博士論文の『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』でジャック・デリダをはじめジル・ドゥルーズやミシェル・フーコーなどを取り上げ、1998年にそれを書籍化出版し、フランス現代思想の研究者として出発した。デリダを研究するきっかけとして、そもそも教科書や童話を除くフランス語文献として初めて読み通した書物がデリダの『Khôra』(フランス、1993年出版)だったという。以降もデリダ論を扱い、自身をデリディアンとすることもある。デリダの作品において、東浩紀が高く評価している書物は『グラマトロジーについて』である。デリダという哲学者について、東浩紀はTwitter上で次のように述べたことがある。「【デリダとは】仏哲学者。20世紀のすぐれた哲学者の常として「哲学なんていみなくね?」というのをすごく哲学的に言って、ややこしくなってしまったひと。でも基本の着想はいいので哲学の呪縛から解き放たれればいい仕事できた可能性がある。東浩紀はその可能性を「郵便的」と呼んだ。以上。」東京大学教養学部時代は科学史・科学哲学に属し、分析哲学に関する勉強もしていた。東浩紀のデリダ論は、博士論文が有名であるが、学部の卒業論文から、修士論文、博士論文まで一貫してデリダを扱っている。ただし、修士論文はジャック・デリダとともにミハイル・バフチンを取り上げて比較検討する論文を書いている。大学院時代の専門は、一般に現代思想という言葉で理解されているが、厳密に示すならば、言語哲学とコミュニケーション論である。大陸哲学系の現代思想は、しばしばソーカル事件の影響から、科学及び数学領域の専門家から批判を受けることがあるが、東浩紀は、必要に応じて、そうした指摘への配慮も行っている。そもそも東浩紀は、東京大学教養学部時代、科学史・科学哲学分科で過ごしていた。そこで東浩紀は、後に自身が博士論文で引用することになる、柄谷行人のゲーデルの不完全性定理に対する解釈の誤り(先走り)についてよく教えられ、件のソーカル事件についても、ソーカルの指摘の正当性に同意し、文書にしている。前述の通り、東浩紀は、後の博士論文『存在論的、郵便的』において件の柄谷のゲーデル解釈に着想を得て柄谷行人を引用しているが、そのことについては、そもそも1980年代から1990年代の日本の現代思想そのものが柄谷たちの数学的誤りを認め受け入れた上でそれでもなお有効な柄谷たちの思想構造の有用性を肯定し引用することによって成り立っているという歴史的文脈があり、その歴史的延長線上で研究活動をしている東浩紀は、あくまでもその歴史的文脈の中において柄谷行人を引用しているに過ぎない。さらに同書においては、東浩紀が直接的にクルト・ゲーデルを引用したことはなく、あくまでも柄谷行人を引用するなかにおいて柄谷が引用したゲーデルが登場しているのみである。(以上、数学、科学的基礎に関する指摘について)科学、自然科学に関し、初期は数学基礎論の結果を引用していたが、科学の専門家ではないので詳しくないとしている。一方でサイエンス関連の読書はしており、重力実験の村田次郎、素数考察の加藤和也らの著作に感心したと記している(東自身は「感心した」という点について、「ツイートが拡大解釈されているだけ。そんな深い話じゃない」と述べており、学問的に特別に評価しているわけではないと思われる)。自身について、「本当に好きなものは何ですか」と問われれば、「ドストエフスキーです」とか「ソクラテスです」と答える人であるとしている。ギリシア哲学のソクラテス、プラトン、アリストテレスについては、ツイッター上で「ソクラテスは基本的には電波来てる飲んだくれの男で、プラトンはその飲み話を延々とtsudaってtogetterにまとめていたストーカーで、アリストテレスはそのtogetterを真に受けて巨大なまとめサイト作った誇大妄想の男だとか思っておけばだいたいのことはわかる」と説明しており、國分功一郎との対談では、その発言を前提として、プラトンやアリストテレスのことはよくわからず、一貫してソクラテスのことだけがわかるとした上で、自身もソクラテス(ふらりと飲み屋に現れて引っ掻き回して帰っていく男)のように生きていきたいと語っている。中学生の頃、新潮文庫に収められているノーベル文学賞受賞者の作品を読んでいくというプログラムを立て、そこでアレクサンドル・ソルジェニーツィンと出会う。2009年に発表し三島由紀夫賞を受賞した『クォンタム・ファミリーズ』では、小説の作品世界を通して、哲学の問題を反映させ、可能世界論の問題などを扱っている。東自身はその哲学の主著の一つである『存在論的、郵便的』の続編だと述べ、國分功一郎(哲学者)と千葉雅也(哲学者)との鼎談などにおいて、同書と哲学について言及している。近代の哲学者ジャン=ジャック・ルソー(18世紀)を主題とした著書『一般意志2.0』は、「一般に学問の世界では許されない」蛮勇であることを自覚して書いたものである(後述、社会哲学の節を参照)。その上で、東浩紀は、自身のそのような「蛮勇」を読んだ後続の若手研究者のなかから、ゴットフリート・ライプニッツ(17世紀から18世紀)やバールーフ・デ・スピノザ(17世紀)やルネ・デカルト(17世紀)などの近代哲学の古典を「おれなりに乱暴に読み直す」、自身のような蛮勇を継承する人物が生まれることを期待している。18世紀以前の思想を読み返す試みには、東浩紀の思想史観に依拠した理由がある。19世紀から20世紀にかけて哲学の主流にあった、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの思想からカール・マルクスの思想を基調とする理性主義というある種のオカルトが破綻したため、21世紀の思想は、18世紀に回帰していると考えている。また、思想史的にはマルクスやフリードリヒ・ニーチェがヘーゲルを批判し、東浩紀自身が研究していたポストモダニズムは思想史の系譜から見てそのマルクスやニーチェの直系に位置するのだが、東浩紀は、マルクスとニーチェがヘーゲルを乗り越えられていたかどうかについては疑問が残るとした上で、当事者意識として、ポストモダニズムの無力さを感じるとしている。東浩紀は、徹底した唯物論者である。オカルト、神秘体験、超能力などの類は一切信じず否定するものの、神の存在だけは「信じている」とする。その神は、世界と運命の無限回の施行のなかで「今回」こそがトゥルーエンドに繋がるはずだという確信を与えてくれるもの、すなわちライプニッツ的な神であるとしている。哲学や文学は神を召喚するための言葉であるとした上で、神を必要としない人たちにとってそれらは意味がないと指摘している。それと同時に、神(超越)を信じない人と一緒に仕事をすることはできないと表明している。東浩紀曰く「神を信じるというのは、この卑俗な現実を超える人間の能力を信じるということ」である。また、神は「コミュニケーションツール」であるとも発言している。神を信じるか信じないかについては、「見えるか見えないかだ。見えない連中がなにを言おうが知ったことか」と言う。神(超越)についての発言はTwitterなどにおいて呟かれるものの、同時に「神とか正義とかについて本を書くのは滑稽だと思う」とも語り、その分野にテーマを絞った哲学書を書く意志はないとしている。なお、以上のように東の語る「神」は当然、宗教的な人格神のことではなく、あくまでも形而上学という学問を成立させている概念としての「超越」である。留意の上、そちら(超越)の記事も参照されたい。重ねて、先述の通り東が徹底した「唯物論者」を自認していること、また人間が見出す超越論性について、ハーバート・サイモンの「認知限界」を例示しながら経験的なネットワークが超越論性を見出すという考えを述べていることにも留意の上、東の形而上学と超越性、超越論性の理解の詳細については、東の専門である言語哲学とコミュニケーション理論の観点から論じられた主著『存在論的、郵便的』を参照されたい。自らの哲学の原点を二元論であるとする。その二元論は、東の哲学の主著である『存在論的、郵便的』において、「誤配」という概念を提示し語られた、二つの超越論性に示される。またその二元性は、『一般意志2.0』において、人間の人間性の原理における言語的コミュニケーション(熟議)による「人間的単数的公共性」とともに、動物性の原理を介して憐れみの海から「誤り」により起こる「動物的複数的公共性」の議論が展開されていることに直結する(本頁「社会哲学」の節を参照)。また『動物化するポストモダン』で語られた「動物化」も、その二元論の議論による概念である。東は、著書『一般意志2.0』を、非常にコンセプチュアル(概念的)な書物だとしている。「誤配」は、東にとって、『存在論的郵便的』以降『一般意志2.0』なども含めたあらゆる仕事において、その二元論の中核となる、非常な重要な概念である。「誤配」を重要な概念として語られる、単数的な超越論性に対する複数的な超越論性の議論は、無論『存在論的、郵便的』の目的であるジャック・デリダの哲学に対する読解から導き出されたものであるが、同時に東浩紀は、フェリックス・ガタリの著作を非常に重要視している。それは、ガタリの有名な著作である『分裂分析的地図作成法』への言及である。東はガタリが著作内に示した「四つの存立性の区域」に関する図表を重要視する。そこでは、「現実的」対「可能的」の対立と「実在的」対「潜在的」の対立という二つの対立の交差により構成される四区域が示されている。ガタリの「分裂分析」が東浩紀に与えた影響は大きく、國分功一郎との対談では、『存在論的、郵便的』から十三年後に発表した自身の著作『一般意志2.0』において言及している「動物的公共性」と「人間的公共性」、そして「動物的市場」と「人間的市場」(最後の「人間的市場」については『一般意志2.0』において言及されているものではなく、『震災ニッポンはどこへいく』の中で「あるかもしれない」と述べられているのみ)などの区分は、ガタリの「分裂分析」を捉え直したものだと明言した。また、東浩紀が編集している『思想地図』の誌名は、ガタリの『分裂分析的地図作成法』に由来している。東は、「合理性と欲望のあいだに張り渡された綱としての人間」という自らの哲学における人間観について、「ニーチェは「人間とは動物と超人のあいだに張り渡された綱である」とどこかで書いているけど、ぼくはその箴言に忠実に哲学をやっているつもり」と説明したこともある。2012年、國分功一郎との対談のなかで、今日この時代における「哲学の自己証明」の必要に言及した。哲学の有用性を市民に対し証明し続けていた古代の哲学者ソクラテスを取り上げ、彼のような人物が哲学者のスタート地点だとしつつ、「今、哲学がなぜ必要なのか」、「哲学の自己証明が必要だ」と述べた。また、言論人としての姿勢と物書きとしての欲望の大きさについて言及し、10年や20年の社会変化だけを見て話をする「つまらない」論壇にはもう興味が無いとし、500年や1000年、2000年単位で歴史を見ながら物事を考えたいとしている。また、自らの仕事については「消費社会と情報化社会が可能にした新たな社会思想を作りたい」と表明しつつ、そのことを著書の『一般意志2.0』と絡めて語った。その後行われた梅原猛(哲学者)との対談のなかでも、歴史の話がなされている。梅原との対談のなかで、2011年の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故を「文明災」と位置付けた梅原の議論に対し、特に文明の長い歴史から考えるという点に賛同し、現代の文明を創り上げてきた西洋哲学の歴史的な再検証の必要性と、西洋哲学を超克した先に日本においてだからこそできる新しい哲学というものへの展望について期待と意欲を示した。このことについてはこの対談をする以前に、先述した2月時点の國分との対談でも既に言及しており、エジプト文明では太陽が神であったにもかかわらずギリシア以降太陽が忘れ去られてきたその長い歴史にまで言及して太陽エネルギーを語る梅原猛を賞賛し、やはり長い歴史から物事を考える必要があることを強調している。また、どちらの対談においても、「人間の欲望」の重要性について言及している。(國分功一郎との対談について)上述のような経緯もあり、日本の哲学界における梅原猛の存在を非常に高く評価し、尊敬している。東浩紀はフランス哲学の研究者として知られるが、社会思想については、リチャード・ローティ著『偶然性・アイロニー・連帯』、ピーター・シンガー著『実践の倫理』、ロバート・ノージック著『アナーキー・国家・ユートピア』など、英語圏の思想に傾倒する。東浩紀は自身の社会思想について、そういった英語圏の伝統がフランス現代思想系ポストモダンの「上」に載っかっているとしている。また、高橋哲哉や鵜飼哲などの研究者がジャック・デリダの思想を援用しつつ左派系の社会思想を展開していることについて、デリダ研究者でもあった東浩紀は、そういった社会思想や社会運動そのものは良いとしながらも、それらとデリダ哲学を結びつけることには論理的な飛躍があるとし、非難している。また東浩紀は、ジル・ドゥルーズに関する研究を踏まえて社会運動を展開する國分功一郎についても、社会運動そのものは良いがそれとドゥルーズ哲学は結びつかないのではないかとし、同様の指摘をしている。社会思想に関わる東浩紀の哲学概念のなかで、一貫して非常に重要な概念となる「動物化」は、その著書『動物化するポストモダン』(2001年)において提示されたものである。アレクサンドル・コジェーヴが著書『ヘーゲル読解入門』において示した欲望と欲求の差異に基づく人間と動物の定義を引用しつつ、東浩紀は、独特の行動様式を持つと考えられていたおたく文化圏を分析素材にしつつ、現代社会における人間の様態を、「動物化」、「データベース消費」といった概念を提示することで論じた。人間性と動物性の二項対立は、『動物化するポストモダン』以降東浩紀の人間観における中核をなし、他のあらゆる議論に通底している。東浩紀を引用しながら同じく「動物化」を論じた國分功一郎(『暇と退屈の倫理学』を参照)との対談のなかで、東浩紀は、その人間観において「常に人間の原理と動物の原理は同時に動いている」、「人間と動物、両方あるのが本当の人間である」と発言し、二元論を強調している。これは、一元論で思考する國分が、一元的秩序のなかに動物と人間を並べ、人間の生成を論じているため、その哲学の原理的な差異を説明した発言である。人間の原理と動物の原理の二項対立によって語られる「動物化」の議論は、後に『一般意志2.0』(2011年)において語られる人間的公共性と動物的公共性の対に受け継がれるものであり、遡れば『存在論的、郵便的』(1998年)において語られた単数性と複数性の対としての二つの超越論性の二項対立に通底するものであり、このように、東浩紀の議論は、一貫して二元論に従っている。東浩紀は、「哲学的に言えば、弁証法が生み出す単数的人間的公共性に対抗して、<「誤配」が作り出す「動物的複数的公共性」を考える>というのが「一般意志2.0」の構想で、これは存在論的郵便的と動物化するポストモダンの完全な延長にあるプロジェクトです。」と発言し、『存在論的、郵便的』、『動物化するポストモダン』、『一般意志2.0』の三つの仕事の関連について説明している。2002年、「情報自由論」と題する論考を『中央公論』(2002.7~2003.10)に連載していた。当初、東は、同書を「『動物化するポストモダン』と対をなし、東浩紀の現代社会論の中核」であるとし、規律訓練型権力(人間の「人間的」「主体的」部分に焦点を当てた管理手法)は近代の時代を、環境管理型権力(「動物的」「身体的」部分に焦点を当てた管理手法)はポストモダンの時代を特徴づける歴史的な概念としていたが、情報社会論と社会思想における東自身の立場の転換から、自由に関する議論自体の再考を余儀なくされ、「情報自由論」の単独での書籍化は断念された。同論考は、『情報環境論集東浩紀コレクションS』に掲載されている。書籍化の断念については、波状言論「情報自由論」において東自身の説明と、論文の全文が掲載されている。「情報自由論」での挫折を経て以降約十年の歳月をかけ、東は2011年に『一般意志2.0』を出版した。出版後の國分功一郎との対談のなかで東は、1998年に『存在論的、郵便的』を出版して以来十数年が経ち、様々な経験を経た上で、そもそも自身の哲学の原点である『存在論的、郵便的』で構想していたもの、「誤配」の概念や二つの超越論性など、自身の哲学の原理が、再びそのまま社会思想として立ち返ってきているという感覚があると語っている。そして、『存在論的、郵便的』の内容を翻訳していくとそのまま『一般意志2.0』になるとも語っている。國分功一郎も、『一般意志2.0』には、『存在論的、郵便的』で語られた「郵便」、『動物化するポストモダン』で語られた「データベース消費」というものがそのまま受け継がれ、また「情報自由論」での失敗の経験が反映されていると、書評において分析している。『一般意志2.0』は、前節「哲学の自己証明」にも述べたの通り、『動物化するポストモダン』以降彼が構想していた、消費社会と情報化社会が可能にした社会思想の一つの例でもある。そこで語られていることは、ジャン=ジャック・ルソーの時代にはまったく知られ、または想定されていなかった哲学的概念や科学技術(ジークムント・フロイトの集合的無意識やクリストファー・アレグザンダーの都市計画理論など、あるいはインターネットとそこに展開されているSNSなど)を用いて、ルソーのテクストとそこに示される一般意志の解釈を試みている。このことのついて、東は同書本文中に「そのような蛮勇は、一般に学問の世界では許されない」ことを自覚する旨を記し、「本書はあくまでもエッセイである」としている。また東は、このように古典を「現代的」に読み直すという取り組みについては、かつての師である柄谷行人から学んだものであり、『一般意志2.0』は柄谷から受けた宿題への回答のつもりでもあるとしている。『一般意志2.0』において、東は、自身の二元論哲学と動物化の概念から、動物的な「憐れみ」によるセーフティーネットを公共性(動物的公共性、誤配によって起こる公共性)と解釈し、動物的公共性なるものを提示している。これまで社会哲学や政治哲学が専ら対象としてきた人間的公共性とともに、それと同時に動物的公共性も活用していくべきだという主張を行う。そこで、公共圏の生成には人間的な言語的コミュニーケションが欠かせないとしているハンナ・アーレントとユルゲン・ハーバーマスを批判的に引用している(東の視点では、アーレントやハーバーマスは、公共性の議論において、人間的公共性のことしか考えていない。動物的公共性についても同時に考察するところが、東のオリジナリティとなる)。また社会道徳、倫理について、東は、カント主義のような「普遍的」な道徳ではなく、「あくまでも目の前の存在に対する個別の憐れみ」を重視するべきだという議論を、ジャン=ジャック・ルソーやリチャード・ローティを引用しながら展開している。東は『一般意志2.0』の第一三章において、ルソーの「憐れみ」とローティの「アイロニー」を引用し、両者の議論について、非常に近い社会形成観があるとした。また、東自身も、ルソーやローティの議論と同じく、実践的な倫理は、目の前の存在に対する憐れみ、想像力であるべきだと主張する。また、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルが想定していたような「絶対精神の具現化としての国家」は実践的に機能しないとも、東は発言している。『一般意志2.0』は以上のような内容を持つが、一般にジャン=ジャック・ルソーはジョン・ロールズの政治哲学に繋がると解されるものであり、東浩紀のようにリチャード・ローティに接近させることは独自性のある特異な解釈である。東は主流の思想史解釈に対し自覚的且つ意図的にカウンターをあてているのである。21世紀初頭における、Twitterというメディアと、そのコミュニケーション(あるいはコミュニケーション不全)の形態の登場を、東浩紀は、思想史的、特に言語哲学的に非常に重大な事件と捉えている。『一般意志2.0』においても、「憐れみのネットワーク」の具体例として、Twitterというツールについて度々言及している。同書出版より少し前(2011年初頭)に東浩紀は、もしも自分がいま大学院生であればジャック・デリダ、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、ソール・クリプキなどの理論を用いてTwitterと言語哲学に関する論文を書いていただろうという旨の発言をしている。また、「討議的理性とか近代的公共性とかの権化」のようなユルゲン・ハーバーマスがもしもTwitterを一瞬でも触ったならば、その事実だけを以て十分に思想的事件だろうとも発言している。東浩紀は、『弱いつながり』の序文にあたる「はじめに」において、次のように説いている。東は、『弱いつながり』において、「観光客」という概念を提出し、「観光客」という生き方を提案する。人間は、環境の産物に過ぎない。Googleが、その人物の過去の検索履歴や閲覧履歴から、思考や行動を予測しているように、その人物の人生は環境から予測可能であり、その上、その環境に閉じ籠もっている限り、その人物は、その環境の規定から外れた人生に移行することができない。そこで、東は、「観光客」として旅に出ることで環境を意図的に変え、「非日常」たる観光のなか、自分が「村人」として暮らしている「日常」では得ることのできないノイズに晒され、新しい検索ワードを得ることを説く。「観光客」になることよって、自分が自分の属する場所の「村人」であることを忘れないながらに、しかし「村人」であることから一時的に自由になることができる。「観光客」は「旅人」でもない。ある一箇所に留まる「村人」と、留まることなる移動する「旅人」と、その二つの間を「無責任に」往復する人間を、東は「観光客」と定義する。そして、その旅にも決して過剰な期待はせず、あくまでも偶然性に身を委ねることを説く。東浩紀の哲学は先述のように二元論を基礎としている。『存在論的、郵便的』では「郵便空間」と「誤配」の概念、二つの超越論性について説かれ、『動物化するポストモダン』では二つの原理にかかわる「動物化」について説かれ、『一般意志2.0』では「人間的公共性」と「動物的公共性」について説かれた。人生論と明記された『弱いつながり』では、東が旅先で思索した人間についての考察を軸に話を進めながら、「記号」と「記号にならないもの」、「言葉」と「モノ」、「必然性」と「偶然性」、「強い絆は計画性の世界」と「弱い絆は偶然性の世界」等々の二項対立が書き出されていき、その間を移動する存在として「観光客」が説かれる。その要所要所では、先行する著書に説かれた哲学の問題意識とのかかわりを説明している。東は「弱さ」や「偶然性」の大切さを確認した上で「偶然性に身を曝せ」と書いている。記号のみによって作られているインターネットへの接続を維持したまま、観光旅行という形で一定以上の時間をかけて体を移動させ、記号にならないものに触れよう、という『弱いつながり』の内容は、そのための行動について述べているものである。また、ある親からある子が生まれる偶然性について語り、人生の基礎にある偶然と、弱い絆のとしての親子関係についても述べられている。『弱いつながり』の思想について、紀伊国屋じんぶん大賞受賞時の次のようなコメントを発表している。2002年、『新現実』(大塚英志編集 2002-)、2003年には『ファウスト』(太田克史編集 2003-)、といったサブカルチャー系、あるいはライトノベル系文芸誌の創設に関わり「これからは、アニメがオタク的想像力の中心を占める時代は終わり、ライトノベルとゲームの交差点にある新しいタイプの小説がその位置を占めることになる」と述べた。東浩紀は、サイエンス・フィクションのファンであり、SF作家小松左京を特に敬愛している。東が小説家活動と平行して行っている思想家としての活動にも、小松からの大きな影響がある。例えば、社会思想・社会哲学の論考『一般意志2.0』には、小松左京作品である『神への長い道』からの引用がある。そして、自身もSF小説家としての道を進むことになった。同時に文芸批評家していは、著書『セカイからもっと近くに』において、小松左京についての論考を書いている。また、東浩紀は、新井素子も敬愛している。特に中学生時代にのめり込み、作家として同じ仕事に携わるようになってからもまともに顔を見て話すことができないほど尊敬しているという。東浩紀は、新井素子について、「新井素子という作家はぼくにとっていささか特別な存在で、彼女の作品を高く評価しているのかそうでもないのか、自分でもよくわからない。(中略)合理的判断を超えた影響力をぼくにもっている感じがする」と語っている。小松左京とともに、東は、著書『セカイからもっと近くに』において、新井素子についての論考を書いている。その他、様々なサイエンス・フィクションからの影響がある。東浩紀は、美少女ゲームのファンでもあり、泣きゲー作家の麻枝准を非常に高く評価している。東浩紀最初の単著長編小説であり、三島由紀夫賞を受賞した『クォンタム・ファミリーズ』は、麻枝准率いるKeyの諸作品がなければ存在しなかったとまで言う。文芸批評家としての側面も持つ東浩紀は、麻枝准と美少女ゲーム文化を文学史に残す試みに意欲を見せることもあった。美少女ゲーム作家において、文学史的に価値のある作家として、麻枝准と竜騎士07の二人を特に高く評価している。2007年10月に、『新潮』上に桜坂洋との共作で『キャラクターズ』を発表。これが、東浩紀の処女小説作品となる。『キャラクターズ』は、筒井康隆の『大いなる助走』のパロディ作品として構想されたものである。その後、2009年には『クォンタム・ファミリーズ』を刊行し、前述のとおり2010年第23回三島由紀夫賞を受賞した。『クォンタム・ファミリーズ』は平行世界を扱ったサイエンス・フィクションであった。『クリュセの魚』は、火星を舞台にしたサイエンス・フィクションである。『パラリリカル・ネイションズ』は、高校生が過去にタイムスリップするサイエンス・フィクションである。『パラリリカル・ネイションズ』は、7世紀頃の飛鳥浄御原宮にタイムスリップする作品である。平安時代以前の日本史に関心を持った東浩紀は、梅原猛の著作などを読んだ上で、この作品を構想した。東浩紀の小説作品は、非常にスペキュレイティブ・フィクション的であり、本人もそのことを自覚し、できるだけ幻想的で現実性のない「思弁小説」を書いていきたい旨を表明している。政治的には猪瀬直樹を支持し、2012年東京都知事選挙の街頭応援演説に立った。東は、猪瀬直樹が、「政治家」としてではなく、あくまでも「作家」であり、「文学者」の立場として、その活動として、政治の場にいるという態度を表明している点について、思想的に評価し、また好意を寄せている。2013年、猪瀬が徳洲会から資金提供を受けていたこと(虚偽記載による公職選挙法違反)が発覚した際にも、東は「本丸は石原と徳州会の関係であり、猪瀬問題は目眩ましにすぎないわけで、むろんそんなのに巻き込まれちゃった猪瀬氏が政治経験が浅く未熟だったのはたしかかもしれないけど、都知事としては手腕あったんだからこんなところで辞任させるのは都政にとって百害あって一利なしだとぼくは思います」と発言し、前知事石原氏の資金関係をこそ問題視すべきとするとともに、彼を擁護していた。ただし、猪瀬は議会で追求された末、その後まもなく辞職に追い込まれている。現行の日本国憲法に関しては改憲論者である。第9条についても、自衛隊の必要性を自明とし、自衛隊の違憲性を解消するべく明確な記述を求めて、改憲派の立場をとっている。2012年には、自らが編集する『思想地図』(『日本2.0』)において、白田秀彰、境真良、楠正憲、西田亮介らとともに新憲法草案を執筆し発表した。その「新日本国憲法ゲンロン草案」は、書籍掲載だけではなくインターネット上にも公開されている。改憲を主張する一方で、自由民主党などの保守勢力による改憲案には明確に反対しており、右派の、自衛隊を超えて「国防軍」に傾倒するタカ派的性格や伝統的家族論を条文に盛り込もうとする姿勢に、東は反対している。「両性の合意」の文言で婚姻を異性婚に限定している日本国憲法第24条なども含めて家族のあり方や個人の生活のあり方を国家が規定するような条項は憲法からなくすべきだとし、家族形態や、ライフスタイル、価値観などについては国家が介入すべきではなく個人の自己決定を尊重するべきだとしている。東らによる「ゲンロン憲法草案」においては、婚姻などについて一切触れていない。リベラルな勢力が護憲に固執する硬直的な現状に苛立ち、リベラル側が積極的かつ柔軟に改憲案を出していく必要性を説いている。憲法学者の小林節は東浩紀発案の「新日本国憲法ゲンロン草案」を高く評価し、「事実上の大統領と天皇制の両立、侵略戦争の放棄と自衛隊の両立、住民代表議会に対する真の賢人会議による牽制、広範囲な人権保障と人権制約の基準の明確・厳格化、真に実用的な地方自治制度の提案等、まさに、目から鱗が落ちる試案である」と述べている。
出典:wikipedia
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