パワーレンジャー()は、アメリカ合衆国のテレビドラマシリーズ。日本の特撮テレビドラマシリーズ「スーパー戦隊シリーズ」の英語版ローカライズとして、ハイム・サバン、シュキ・レヴィに生み出された。北米で最も成功した日本製コンテンツとして知られる。略称は「PR」、「パワレン」。1993年に第1作『マイティ・モーフィン・パワーレンジャー シーズン1』よりシリーズ開始。以降、原則として前年に日本で放送された「スーパー戦隊シリーズ」の作品をベースに制作・放送が行われている。対象年齢は3歳から11歳までで、日本より少し上となっている。ドラマパートには現地の俳優を使い、当初はアメリカで、2002年9月以降はニュージーランドで新たに撮影している。戦闘パートは初期の作品では殆ど日本版を流用していたが、後に日本での撮影を終えたスーツやオリジナルのアイテムなどを使用して一部を現地で撮影するようになった。シリーズのクリエイターであるハイム・サバンは日米の映像を組み合わせたハイブリッド作品が両国の文化の橋渡しになると述べているが、原作が日本の番組であることはアメリカではあまり言及されておらず、原作の制作会社である東映の評価には繋がらなかった。日本においても日本製コンテンツの成功例として紹介されることは少なく、東映やバンダイもパワーレンジャーの存在を積極的に紹介してはいない。田崎竜太によれば予算は日本の3倍程度とされ、戦闘シーンや特撮パートが流用できることから、それ以外の部分に時間をかけることができるというメリットがあるとされる。ドラマパートの配役は初期メンバーの性別・人種などが可能な限り均等になるよう配慮されており、『ワイルドフォース』までは日本版のメンバーの中で女性が1人の場合、主に「イエロー」の性別を男性から女性に変更することもあった。パワーレンジャーがヒットするまでアメリカには子供向け実写番組が無く、それがヒットした要因の一つと考えられている。ハイム・サバンが東映に交渉に訪れた際に「アニメは世界中から(アメリカに)入ってくるからいらない、実写番組が欲しい」、「毎週特撮番組を作れるのは東映だけだ」と鈴木武幸に語ったとされる。パワーレンジャー以前にも日本の特撮作品が放送されたことはあったが、地方局のみでの放送だったことや、日本人が主役であることなどから人気は得られず、現地俳優を起用したことが成功の要因の一つとされる。本来1作目のタイトルはオリジナルである『恐竜戦隊ジュウレンジャー』から、『ジュウレンジャー』のタイトルで放送するはずだったが、日本語では“獣”の音読みにあたる「ジュウ()」という単語が、専ら侮蔑的な意味でユダヤ人を指す単語を想起させるため、『パワーレンジャー』に変更された。日本で最初にパワーレンジャーを紹介したのは日本テレビの『世界まる見え!テレビ特捜部』と言われている(同時期に同作品がニュースで紹介されたこともあり、確たる証拠はない)。その後、テレビ朝日には同作品についての問い合わせが数多く寄せられたという。アメリカオリジナルで番組を作らない理由として、アメリカで特撮番組を作った場合、高額な制作費と長い撮影期間が必要になり、テレビ番組の予算では作れないというものがあり、バンダイも「スーパー戦隊あってのパワーレンジャー」としてオリジナル化は否定的である。ハイム・サバンは1984年(1985年説も)に日本を訪れた際、スーパー戦隊シリーズを視聴し、興味を持つ。1985年、サバン・エンターテイメント(当時はサバン・プロダクションズ)はスーパー戦隊シリーズの国際放映権(アジア地域を除く)を1話につき1万ドルで取得。『超電子バイオマン』をベースにした作品『Bio-Man』を制作しテレビ局に売り込むが、どこからも相手にされなかったと言う。後年、フォックス放送の子供向け番組放送枠Fox Kidsを運営していたFoxキッズ・ネットワークのマーガレット・ローシュ社長が、ヨーロッパ製アニメの売り込みに来たハイム・サバンに「違うものが欲しい」と要求。それを受けたサバンは「嫌われている作品である」と言うことを説明した上で『Bio-Man』を見せる。それを見たローシュはすぐに放送を決め、本シリーズがFox Kidsで放送されるきっかけとなった。1991年、サバン・エンターテイメントから東映にスーパー戦隊シリーズの輸入が打診される。サバン側は特撮作品に注目しており、数年かけて研究や準備を続けていた。東映は当初、米国展開に懐疑的だったが、東映スタッフとの会談の席でスーパー戦隊シリーズの主題歌を歌うなどしたサバンの熱意に押され、米国展開を決める。ハイム・サバンは東映側に「スーパー戦隊シリーズの映像を使った実写作品を作れないか?」と提案。東映側はスーパー戦隊シリーズをそのままアメリカで放送したい意向だったが、日本人だけが出演する番組はアメリカでは受け入れられないことと、日本のアクション描写がアメリカの放送コードを通らないなどの事情から、スーパー戦隊シリーズをアメリカで放送することは難しいとサバン側に言われたこともあり、完成した作品の形に落ち着き、1993年にシリーズ1作目となる『マイティ・モーフィン・パワーレンジャー』がFox Kidsにて放送開始。ルーカスライセンシング社のハワード・ロフマンに「日本の実写スーパーヒーローのガラクタではサバンがたいした成功をしないだろう」と言われ、フォックス放送社長のルーシー・サルハニーも難色を示していたが、アメリカで放送されるやたちまち大ヒットとなり社会現象となった。その人気たるや政治家がスピーチ会場にパワーレンジャーを呼び、人気取りをするほどだったという。特にグリーンレンジャー(ドラゴンレンジャー)登場編はアメリカの子供番組史上で最高の視聴率を記録した。本来は全40話で終了する予定だったが、この人気を受けて60話まで延長され、これ以降のシリーズ化も決定した。人気のピークだった1994年には、バンダイアメリカが発売した変形するヒーロー人形は1年で1600万個以上売れるシリーズ最大のヒット商品となり、1994年当時トイザらスのCEOだったマイケル・ゴールドスタインは「(パワーレンジャーの玩具は)入荷した当日か翌日には全て売切れてしまう」と述べ、同年にはハロウィン用のパワーレンジャーコスチュームが過去最高の売り上げを記録している。同年のアメリカにおけるパワーレンジャー関係の売り上げは10億ドルを超えたとされ、全世界合計では16億ドルを記録した。バンダイのパワーレンジャー玩具の売り上げは1993年の27億円から大きく伸び、アメリカ国内では320億円、全世界合計では400億円となった。同年のサバン社の利益は5億ドルを超えたと言われている。アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『ジングル・オール・ザ・ウェイ』は、クリスマスにパワーレンジャーの玩具が入手困難になる現象に着想を得て制作された。吉川進は「パワーレンジャーの大ヒットの影響で終了が決定的になっていたスーパー戦隊シリーズの継続が可能となった」と述べ、東映内部において低い扱いを受けていた子供向け番組の地位向上にも繋がったとしている。反ドラッグ・反暴力プログラムNPO、D.A.R.E.のキャラクターに採用されており、キャンペーンCMなどが制作された。1995年にテレビシリーズの成功を受けて、『パワーレンジャー・映画版』が20世紀フォックス主導で制作され、同年の子ども向け映画における興行収入第10位の作品となった。1997年には『パワーレンジャー・ターボ・映画版・誕生!ターボパワー』が制作され、20世紀フォックス配給で公開された。2001年7月にFOXファミリー・ワールドワイドがウォルト・ディズニー・カンパニーの傘下となることが決定し、その影響でサバン・エンターテイメントもディズニーの傘下となりBVSエンターテイメントに社名を変更。第10シーズンとなる『パワーレンジャー・ワイルドフォース』以降の作品はディズニー(ブエナ・ビスタ)制作・配給となり、放送局もフォックス放送からABC放送、ABCファミリー、トゥーン・ディズニー等のディズニー傘下の局になった。第11シーズン『パワーレンジャー・ニンジャストーム』からは正式なディズニー制作による作品となるが、本シリーズのような特撮作品の制作費がディズニーの予想より高額だったため、制作費の削減を求めた結果、撮影ロケ地がニュージーランドに変更された。しかし後年、NZドルの為替レートが値上がりした影響でアメリカ資本である本シリーズは制作費が減ってしまった。ディズニーの意向により、原作のコンセプトとキャラクターデザイン、巨大戦の映像のみを流用し、オリジナルの世界観を作り込む方針となった。放送局の数が多いアメリカにおいてテンポの悪い番組は子どもに飽きられてしまうと言う事をディズニーは意識しており、話の展開を早めたり、3分に1回はコメディシーンかアクションシーンを入れることで視聴者である子どもに飽きられない番組作りが行われていた。『ニンジャストーム』以降はオークランドにあるスタジオ・ウェストで撮影が行われ、『S.P.D.』から『RPM』まで制作プロダクションだったレンジャー・プロダクションズは同社の敷地内にあった。ディズニーがスタジオを新設したこともあり、一つのスタジオがパワーレンジャーのためだけに機能すると言う理想的な制作環境となった。『ニンジャストーム』以降、撮影ロケ地が日本とは季節が逆であるニュージーランドに変更されたことと、撮影期間がこれまでの約10ヶ月から半年に短縮された影響で原作となるスーパー戦隊の撮影期間とのタイムラグが短くなり、本シリーズの撮影が原作の撮影に追いついてしまい、原作と並行して制作されることもあった。サバン時代は原作の放送終了後に制作が開始されていたが、ディズニー制作になって以降は原作の放送が半分程度終わった時期に制作が開始されるようになっており、原作の情報を早めに得る必要ができたことから、東映側スタッフと協力する機会が増したとされる。小道具やレンジャーのスーツなども以前は原作の撮影終了後に現地に送っていたが、ニュージーランド撮影になって以降は原作の制作が始まった段階でアメリカ側が東映が制作したカタログをもとにレインボー造型企画に必要な物を発注し、新規に制作するという形を取っている。第17シーズン『パワーレンジャー・RPM』をもってパワーレンジャーシリーズの制作は打ち切りとなり、2010年は『マイティ・モーフィン・パワーレンジャー』のリマスター版が放送された。サバン・ブランドによるシリーズ買収の際、ディズニーは「もはやこの番組は我が社の戦略にフィットしない」と述べている。2010年5月、ハイム・サバン率いるサバン・キャピタル・グループは2008年から続く交渉の結果、パワーレンジャーの権利を4300万ドルでディズニーから買収。サバンは東映と新シリーズ製作配給の契約を結び、2011年から2016年までの新作展開と玩具販売に関する契約をバンダイナムコホールディングスと結ぶ。サバン・キャピタルは本シリーズの買収と同時にブランド管理会社サバン・ブランドを設立し、2011年の『パワーレンジャー・サムライ』以降、同社が本シリーズの制作・配給を手がけている。シリーズの著作権はBVSエンターテイメントからSCG Power Rangers LLCに移行。放送局はニコロデオンに変更された。また、サムライ以降、1作品の放送期間が2年に変更された。サバン・ブランドはテレビ放送に加え、DVD/Blu-ray・携帯連動・ゲーム・仮想空間・ソーシャルメディア・ライブイベント・家族ツアーなどの展開を示唆しており、サバンが番組の配給、バンダイが玩具、バンダイナムコゲームスがゲームをそれぞれ担当するとしている。撮影はディズニー時代に続いてニュージーランド・オークランドのスタジオ・ウェストで行われている。2014年にサバン・ブランドはライオンズゲートと共同でパワーレンジャーの新作映画を制作すると発表。公開は2017年を予定している。『ワイルドフォース』までは原作となるスーパー戦隊シリーズの映像を分析し、ストーリーや使用できる映像をまとめ、その情報をもとにプロデューサーのジョナサン・ヅァクワーと坂本浩一がシーズンの方向性を決めていた。ディズニーで制作されるようになってからは原作の放送中に制作がスタートしていたため、東映から送られた原作の映像を主要スタッフが同時通訳を聞きながら視聴し、撮影開始前の段階でシーズン全体の3分の1の構成を決め、残りは日本から送られてくる情報をもとに構成を決めていた。多民族国家であるアメリカの事情を反映して、性別・人種などが可能な限り均等になるよう配慮の上で制作されている。人種に関しては均等にしなければならないと言う決まりがあるわけでなく、幅広い視聴者層に受け入れて貰うために様々な人種の俳優を起用しているとされる。俳優が変身前のアクションをこなすことを前提に制作されており、原作であるスーパー戦隊シリーズに比べ、役者自身によるファイトシーンが多くなっている。パワーレンジャー役の俳優はいずれも格闘技や体操の経験のある者が選ばれており、撮影開始前の2週間はスタントマンとともにヒーローアクションのトレーニングを毎日4時間受けている。アメリカ人にはスーパー戦隊シリーズの芝居がカートゥーン的に見えるため、パワーレンジャーシリーズの芝居は他のアメリカドラマと同様にナチュラルな芝居が求められている。日本では定着しているヒーローによる名乗りもアメリカでは理解されにくいとされている。日本のスーパー戦隊とは違い全作品の世界観が繋がっており、初代からインスペースまでは登場人物が前作から引き続き登場するという流れになっていたが、ファンの世代交代などもあり、イン・スペース以降の作品は1作ごとに話が分かれるようになった。当初、原作は使える映像を探すだけの存在として扱われていたが、シリーズが進むに連れてストーリーと映像が噛み合っていないという問題も起きたことから、ストーリーなども原作を参考にするようになる。初期シリーズは学園ドラマを主体とし、「敵が現れたから戦う」と言った単調なストーリーだったが、『ターボ』の後半からはシリーズ全体のストーリーを作るなどし、『イン・スペース』以降はSF要素が強まっていった。またディズニー制作になってからは「現代の若者に反映される内容にしたい」と言う要望もあって現代的な描写や、コメディ要素が増え、日常描写に力を入れるようになり、台詞量が倍増した。東映はパワーレンジャーの製作には技術面のアドバイスなどは行っているが、内容面はアメリカ側に任せている。初期の作品では変身後の戦闘シーンは戦隊のものを編集して作られていたが、第1シーズンの後半に原作である『ジュウレンジャー』の映像を使い果たしたため、日本にてアクションシーンの追加撮影が行われたが、効率が良くないと判断されたことから、アメリカで戦闘シーンを撮影する方針が取られた。当初は現地のスタッフ・スタントマンがアクションを担当していたが、完成した映像に制作側が難色を示したこと、「スタントマンが良くない」と言う声が現場から上がったため、日本からスタントマンを招集することが決定。その後もアクション監督はアメリカ人のジェフ・プルートだったが、プロデューサーが彼のアクションに難色を示し、第2シーズンの終盤からは坂本浩一に変更された。以後、基本的にレンジャーのスーツアクターは日本人が担当している。坂本浩一によれば、パワーレンジャーの制作のためには、最低でも10人程度の日本人スタントマンが必要だとしている。初期10シーズンのプロデューサーだったジョナサン・ヅァクワーは坂本浩一や田崎竜太など日本の監督に関しては日本式のやり方で演出するように依頼しており、現場のスタッフは日本のやり方に困惑していたものの、シリーズが進むにつれて理解を得られたとされている。シリーズが進むに連れて現地で撮影される映像も多くなり、2008年頃には巨大戦を除き、殆どのアクションが新規に撮影されている。これには日米の放送コードの違いから流用できない映像があることなども原因の一つとされる。パワーレンジャーにおけるアクションの方針として、坂本浩一は「日本のアクションに香港アクションを取り入れ、新しいものを作る」と述べており、香港風のワイヤーアクションやボディアクションが多用されている。アメリカではバイク玩具の人気が高いことを受けて、バイクアクションも多い。生身の格闘シーンでは攻撃した際の効果音は金属音が使われている。本シリーズの戦闘シーンは格闘技の試合のような描写がされ、痛みを感じさせるような描写は厳禁とされる。『パワーレンジャー・イン・スペース』以降、一部の作品を除いて主にレッドレンジャーが装着する強化アーマー「バトライザー」が登場するが、これは強化アーマーを装着したレンジャーの玩具のセールスが好調だったことから、テレビシリーズにも反映された形となっている。当初、東映はレンジャーにオリジナルの装備をさせることを許可していなかったが、これはアメリカで装備を作ると安全性や装着性を優先してデザインが二の次になってしまうと言う点に難色を示したためとされる。巨大ロボの戦闘シーンは日本の映像が主に使用されているが、アメリカ人にはミニチュア特撮が巨大なロボットの戦いに見えないと言う事情から、GCや合成カットを中心に流用し、ミニチュアセットが映るシーンが少なくなるように編集されている。巨大ロボの戦闘シーンで流用が多いのは、アメリカで巨大ロボのシーンを撮影した場合、映画並みの予算と時間が必要になるためとされている。アメリカの子供番組では表現上の規制が厳しいため、たとえ悪役でも人間が死亡したりすることは基本的に厳禁とされている。モンスターは原作同様に普通に倒されているが、モンスターは人間ではないことを強調する描写を入れなければならず、倒されて爆発するシーンにはファンタジー的な描写を入れなければならないとされる。倒されたのはあくまでもモンスターであるということを印象づけるため、「Monster extinct!」(モンスターは死滅した!)といった決め台詞が入ることもある。顔出しの幹部などは倒されても封印されるか、浄化されて善人になるなどして死の描写を避けている。顔や腹への攻撃や倒れた相手を攻撃するシーンは流用できず、新規撮影部分においても禁じられている。ディズニー制作作品ではさらに胸への攻撃も禁じられたため、そのようなシーンがある場合は攻撃を防御する描写を入れならければならないとされる。日本では普通に行われている片手を掲げるガッツポーズはアメリカではタブーとされており、坂本浩一は原作に存在していると一番困る描写だと述べている。他にサムズアップ(『オペレーション・オーバードライブ』以降)も使えないとされる。アメリカのキャラクタービジネスは映像作品より玩具展開が先行することが通例となっており、パワーレンジャーの玩具展開も番組の放送が開始される2ヶ月から3ヶ月前から開始される。販売スケジュールの関係もあり、初期を除いて本シリーズの玩具の開発は原作となるスーパー戦隊シリーズの玩具開発と平行して行われている。玩具の年間売り上げは平均して1億ドル前後とされる。本シリーズの玩具購買層は初期シリーズでは3歳から16歳程度、男児だけではなく女児のファンも多かったため、女児向けの商品も販売された。2001年頃は購買層が下がり、男児中心となっている。日本のスーパー戦隊シリーズでは合体ロボットが主力だが、パワーレンジャーの主力はアクションフィギュアである。売り上げの比率はフィギュア、合体ロボット、なりきり玩具の順となっており、2011年時点では、玩具売り上げの66.5パーセントがアクションフィギュアとなっている。フィギュアの売り上げはレッドレンジャーが一番高く、途中から登場する6人目のレンジャーもレッドと同じ程度売れるとされる。ピンクやイエローなどの女性キャラクターのフィギュアの製造数は少な目となっている。日本では悪役の玩具は売れないため、発売される玩具が総じて戦隊側が主流なのに対し、パワーレンジャーのアクションフィギュア分野においては日本で発売がされていない敵側の人形も作られているが、番組の設定やストーリーが作られる前に開発が行われるため、玩具化されたモンスターが番組に登場しないということもある。ゲストのモンスターも玩具化されたシリーズ初期を除いて、悪役の玩具は戦闘員と幹部がそれぞれ1体ずつが基本となっているが、外見が良いと判断されればゲストのモンスターも玩具化することもあるとされる。巨大ロボのDX玩具は日本で製作された玩具に依存しているものが多い。日米の安全基準の違いやコスト削減などの理由から、パワーレンジャー版では金属パーツがプラスチックになっている、塗装が省略されている、鎖状のパーツが紐になっているなど、仕様が異なる物が多い。DX玩具の価格は日本の半分程度となっている玩具オリジナルの商品なども販売されている。日本においてテレビ番組に登場しない商品を売ってはならないという考え方が強いが、アメリカにおいてはオリジナル商品が販売されることが本シリーズ開始以前からの通例となっている。これは日米の国民性の違いによるもので、日本ではテレビ番組そのままのデザインの玩具が売れるが、アメリカでは追加パーツのついた玩具が売れるとされる。アメリカではトレーディングカードが盛んなため、本シリーズもパック売りや、カジリオンでカードが販売され、カード付のフィギュアなども展開された。本シリーズを放送している国は2006年の段階では65ヶ国、2011年の段階では100ヶ国を越え、玩具展開を行っている国は約60ヶ国以上にわたる。サバン・ブランドによるシリーズ買収以降、本シリーズの国際配給はマービスタ・エンターテイメントが行っている。フランスをはじめとするヨーロッパの国々ではかつて、日本の戦隊シリーズをそのまま現地語に吹き替え、と称して放送していたが、本シリーズが誕生してからはそちらを放送するようになった。2001年以降、フランスにおいて本シリーズの人気は低迷していたが、2010年以降は盛り返している。ノルウェーでは1993年に発生したパワーレンジャーごっこをしていた子供が他の子供の腹を蹴って死なせると言う事件を受けて放送禁止となり、デンマーク、スウェーデンでも放送が打ち切られた。1994年にドイツで放送が開始。1995年にはフィンランドで放送が開始。他にイギリス、イタリア、ベネルクス(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)などでも放送。ブラジルなどでは過去にスーパー戦隊シリーズの現地語吹替版が放送されていたが、本シリーズの放送が開始されてからはそちらを放送している。1999年以降、中南米における本シリーズの玩具展開はマテルが行っており、2014年から本シリーズを放送しているカートゥーン ネットワーク・ラテンアメリカは中南米における本シリーズのマーチャンダイジング・エージェントも兼ねている。東南アジアなどでは日本版の戦隊シリーズをそのまま放送している国が多い。マレーシアではスーパー戦隊シリーズと本シリーズが平行して放送されている。英語が公用語であるシンガポールでは本シリーズを英語版のオリジナルのまま放送している。韓国でもかつて本シリーズの放送が行われていたが、2004年に『爆竜戦隊アバレンジャー』が『』のタイトルで放送されて以降、原則として前年に日本で放送されたスーパー戦隊の吹き替え版を『パワーレンジャー』のタイトルで放送している。他にインドなどでも放送。1995年から1996年に原作であるスーパー戦隊を放送しているテレビ朝日にて、第1作のシーズン1途中まで放送された後、1998年から2003年にかけてスーパーチャンネルで第1作から『ライトスピードレスキュー』まで放送された(第2シーズン終盤と第3シーズン、『ジオ』を除く)。2011年より東映による「パワーレンジャー日本語吹替版プロジェクト」が始動。東映チャンネルにて2011年に『S.P.D.』、2012年に『ミスティックフォース』と続けて放送された後、『オペレーション・オーバードライブ』から『RPM』までの作品を飛ばし、2013年より『サムライ』、2014年には続けて『スーパーサムライ』が放送された。本シリーズの日本語吹替版において、原作であるスーパー戦隊シリーズに出演した俳優が起用されていることがあるが、小川輝晃は「純粋に作品を楽しんで欲しい、自分達の顔をイメージすると作品が見えなくなってしまう」と述べている。イスラエルでは最も愛されているテレビ番組に選出されている。他にはドバイなどでも放送されている。カナダではYTVで放送されているが、ノルウェーでの事件を受けて一度放送禁止となっている。『ニンジャストーム』以降、撮影地となっているニュージーランドでは1993年に放送が開始されたが、ノルウェーでの事件を受けて、暴力番組として同年中に打ち切られ、その後『パワーレンジャー・サムライ』から放送を再開している。他にはオーストラリア、南アフリカ共和国などでも放送。人気を得ると同時に敵と戦うという内容から「暴力的である」という批判が行われており、ノルウェー、デンマーク・カナダ・ニュージーランドでは前述の通り、暴力番組として一度打ち切られている。アメリカにおいても暴力的な番組として政府から批判され、放送中止を要求されたこともあったが、人気の高さと経済的な影響の大きさから打ち切りを免れている。アメリカの教育者ダイアン・レヴィンとナンシー・カールソンは「実写番組であるため漫画と違い、子供が現実とファンタジーの区別がつかなくなる」と問題視しており、スウェーデンの哲学者シセラ・ボクは「パワーレンジャーは子供を攻撃的にし、暴力に対して鈍感にさせている」と述べている。アメリカにおいては新番組は秋から放送されることが通例だが、本シリーズは『ジオ』以降春からの放送となっている。これは玩具の企画スケジュールなどの関係でバンダイから要望されたものである。本シリーズの成功を受けて、同様に日本の特撮部分と現地のドラマ部分を組み合わせる方式のスピンオフ作品が制作された。これらの作品群が作られた理由としてトニー・オリバーは「(パワーレンジャーの)模倣番組が作られる前に自分たちの手で作った」と述べている。『パワーレンジャー・ターボ』の時期に脇役のバルクとスカルを主役としたテレビシリーズの制作が予定されていたが、中止となっている。★はリーダー、◆はサブリーダー、☆は女戦士括弧内は原作での名称
出典:wikipedia
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