フランク人またはフランク族(, , , )は、ゲルマン人の1支族で、サリー族(サリー・フランク族)と(リプアリー・フランク族)に大別される。前者は西ヨーロッパにおいてフランク王国を建国した事で知られる部族集団である。語義は「自由な人」「勇敢な人」を意味すると言われ、英語で率直な性格を表す「フランク」の語源ともなった。また彼らの持つ独特の武器(フランキスカ)が民族名の元となったという説もある。西ローマ亡き後の西ヨーロッパを支配する王国を建設したことから、東方の東ローマ帝国やイスラム諸国では一時、西ヨーロッパ人全般を指す言葉として用いられた事もあった。彼らを一つのエスニックグループとして捉えるかどうかについては長年に亘って議論が続けられている。近年の歴史学では「フランク」ないし「フランク人」という民族が存在したのではなく、ゲルマン系、イラン系、ケルト系、ラテン系の諸部族・諸集団の離合集散によって形成されていた一種の連合政権(同様の例にフン族がある)であったとする考えが主流になりつつある。フランクは、紀元前1世紀の「ガリア戦記」や1世紀の「ゲルマニア」に記録されたような他の古い勢力と違い、その存在は3世紀半ばになってから歴史上に現れる。しかも、他のゲルマニアの民族(部族)名が特定の集団を指したのに対し、「フランク人」は、ライン川とウェーザー川の間の地域に居住したカマウィ人やブルクテリ人といった複数の民族の総称として用いられた。こうした異なる背景を持つ複数の民族の連合体として生じたフランクは、髪型や武装を統一する事を帰属概念の指標としたことが知られており、王族が長髪を切らずにたなびかせた一方、一般戦士の男性は後頭部を剃りあげた。またフランキスカと呼ばれる投げ斧やという投槍を共通武装とした。そして彼らはその出自や民族を問わず、これら共通の髪型と武装をし、共に戦う者は皆同じフランク人であると見なしていた。358年にローマ帝国の皇帝ユリアヌスは現在のオランダ南部に当たる地域から現在のベルギー北西部に当たるトクサンドリアにサリー(Salii)と呼ばれるフランクの一派を移住させ、帝国軍への奉仕軍隊(laeti, ラエティ)とさせた。この「サリー」という集団はバタウィ人、シャマーヴィ人、フリース人などから構成されており、トクサンドリアでは先住のシカンブリ人とも融合した。さらにこの集団は政治的地位を高めてローマ帝国の同盟者(foederati, フォエデラティ)の地位を獲得し、同じ地位を持つゲルマン系のサクソン人やフリース人、イラン系のサルマティア人、更にはラテン系・ケルト系の地元住民すら同胞として迎え入れていった。この共同の軍役を条件にローマ帝国から付与された居留地をテラ・サリカ(terra Salica)と呼び、ともにこの土地に入植し、軍役を果たす兵士はサリー・フランク人と呼ばれるようになった。このサリー・フランク人の間で形成された文化が残したと考えられているのが、4世紀の後半に北ガリアに出現する行列墓と呼ばれる遺跡で、頭部を東に向けて遺体を埋葬した墓穴が整然と列をなしている。この文化によって新たな文明が誕生したとみなした考古学者のヴェルナーは、1950年に「行列墓文明(Reihengräberzivilisation)」という概念を提唱した。この行列墓では遺体は、盛装した上で武器を副葬するというゲルマン的伝統に繋がる方法で、ローマ的伝統に繋がる石棺に埋葬された。5世紀末、このサリー・フランクに属していたシカンブリ族の王族であるクロヴィス1世が、全てのフランク勢力を統一してメロヴィング朝フランク王国を建設した。フランク王国は5世紀末に成立し、キリスト教に改宗した。732年に、トゥール・ポワティエ間の戦いでフランク王国がイベリア半島から侵入したムスリムを撃退。800年にカール大帝がローマ教皇から皇帝の帝冠を授けられる。これをカール大帝の戴冠と呼ぶ(名目上の西ローマ帝国の再興)。緩やかな連合体として機能していたフランクはゲルマン系やラテン系、ケルト系など異なる文化圏に属する諸民族をスムーズに糾合したが、一方でそれ故に王権は弱く各地方はそれぞれの有力者の手で独自の変化を遂げていった。本拠ガリアにおいてすら、南部と中部と北部で大きな文化的差異が生じたとされる。9世紀半ばになるとフランク王国は分裂し、二度の分割によって西フランク王国、東フランク王国、中フランク王国に分裂した。これらは後にフランス王国と神聖ローマ帝国の母胎の一つとなり、中世・近世を通して大きな影響力を保持した。だがフランクに属した人々はそれぞれガリア、イタリアではガリア人、ラテン人に同化され、ドイツでもザクセン人、アレマン人など土着のゲルマン人と同一化し、フランクとしての帰属意識は失われた。
出典:wikipedia
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