近鉄16000系電車(きんてつ16000けいでんしゃ)は、近畿日本鉄道の特急形車両。本項では増備車の16010系電車および大井川鐵道16000系電車についても述べる。解説の便宜上、本項では大阪阿部野橋向きの先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として記述する(例:モ16001以下2両編成=16001F)。また、近鉄16000系の解説に使用する写真については、大井川鐵道16000系の写真も適宜使用する。狭軌線の南大阪線・吉野線向けとして設計された最初の特急用車両で、1965年3月18日から大阪阿部野橋 - 吉野間で営業運転を開始した。それまで観光シーズンに運用されていたモ5820形による「かもしか号」の代替としての位置づけである。電算記号(編成記号)は、2・4両編成ともにYを使用する。第8編成のみY08とY51で構成される。1947年の有料特急運行開始以来、名阪特急を基軸に整備されてきた近鉄の特急運行戦略は、1964年の東海道新幹線開業に伴い、大きな方向転換を強いられることになった。名阪間を最短距離で結ぶ高規格の高速電気鉄道として建設され、所要時間・輸送力などの点で圧倒的優位に立つことになった東海道新幹線の運行開始により、近鉄名阪特急の乗客数激減が見込まれたためである。この問題に対して近鉄は、従来の日本国有鉄道(国鉄)東海道本線・関西本線競合としての名阪特急重視からの、大きな政策転換を決断した。自社線を独立した名阪連絡路線として機能させる形から、東海道新幹線の培養線として機能させる形へと特急ネットワークを再構築するという着想である。つまり、新幹線で遠隔地から大阪・京都・名古屋の各都市に到達した人々を、それらの各駅で接続する自社線のサービスエリアに点在する観光地へ誘致し、自社の名阪特急にとっては強力極まるライバルである新幹線を、自社線の輸送需要喚起に役立てようというものであった。もっとも、この方針転換については近鉄自身も十分な成算を持って行ったとは言い難い面があった。東海道新幹線開業と同日に近鉄が実施した1964年10月1日ダイヤ改正では、上本町(現・大阪上本町)・近畿日本名古屋(現・近鉄名古屋)の両ターミナルと伊勢神宮最寄り駅である宇治山田をそれぞれ結ぶ阪伊・名伊の両特急の増発と、旧奈良電気鉄道承継車からの改造による間に合わせの特急車(680系)を起用し京都 - 橿原神宮駅(現・橿原神宮前)間を結ぶ京橿特急の半ば試行的な新設を実施して、新幹線に対する近鉄特急によるフィーダーネットワークの構築を開始した。だが、その一方で従来の方針を踏襲して名阪甲特急(ノンストップ特急)の増発も実施し、その利便性を強化するなど、この時点での近鉄特急ネットワークについての近鉄本社の運営方針はやや統一性を欠いていた。この、特急ネットワークの再構築と名阪特急の強化、という2つの相反する方針の成否は、程なく明らかになった。当初6往復、それもアンバランスなダイヤ設定でスタートした京都発着特急は、わずか2か月後の同年12月には京橿特急の間合いを利用した京都 - 近畿日本奈良(現・近鉄奈良)間を結ぶ京奈特急5往復の設定が乗客の強い要望によって開始され、さらには検査時予備として準備されていた予備特急車までをも定期特急運用に充当することで京奈特急を1往復増発、京橿・京奈特急が交互に1時間間隔で京都を発着する体制が整えられるほどの活況を呈した。一方、名阪特急の営業成績は東海道新幹線の開業で甚大な影響を被った。名阪間ノンストップの名阪甲特急と主要駅停車の名阪乙両特急を合わせて1964年前半には約70パーセントを占めていた名阪間鉄道輸送シェアが、同年後半には36.8パーセント、1966年には年間を通じて19パーセントと激減し、壊滅に近い状況となったのである。このような観光需要の喚起策の成功と名阪特急のシェア急減を背景として、近鉄は自社特急網の新幹線接続重視への再編を本格化させる。その過程で、橿原神宮駅にて橿原線と接続する狭軌線の南大阪線と吉野線についても、京都線・橿原線と同様の有料特急の定期運行が強く求められるようになった。従来、軌間の相違で他路線からの直通不能な南大阪・吉野線系統については、両線を所轄する天王寺営業局の独自施策として1959年8月からの一般車による快速「かもしか」の設定、1960年2月15日の旧伊勢電気鉄道車の改造による専用車(モ5820形)を用いた同列車の観光シーズンを中心とした不定期有料特急「かもしか」への格上げ、さらに翌1961年9月21日には「かもしか」の快速への格下げと増発の同時実施など、大阪阿部野橋 - 吉野間を直結する優等列車の運行が模索されてきた。そこで近鉄本社は、この「かもしか」の実績を基本にしつつ、橿原神宮駅での京橿特急との接続を基本としたダイヤ編成とすることで古都京都を訪れた観光客を吉野地区へ誘致し、また橿原神宮前での京橿特急との、そして京橿特急の大和八木での大阪線阪伊特急との接続をそれぞれ利用して南大阪地区からの観光客を京都・奈良・伊勢の各地区へ誘致する、定期有料特急(吉野特急)を新設し、回遊型の観光客誘致政策を本格化させる構想を立てた。この構想に基づき、南大阪線・吉野線用として大阪線特急車に準じた接客設備を備える本格的な特急車の新造が決定された。当時の大阪線特急車の基幹系列であった11400系「新エースカー」の各部寸法を南大阪線系統の事情に合わせて手直しした車体に、当時量産が進められつつあった南大阪線用通勤車である6900系(のちの6000系)用主電動機、それに専用の制御器や台車を組み合わせた狭軌線専用特急車が新たに設計され、まず1965年3月18日の吉野特急新設に備え、1965年2月7日竣工として以下の2形式4両2編成が新造された。これにより、定期3往復、不定期3往復での吉野特急の運行がスタートした。なお、その設定経緯から不定期を含む6往復全列車が橿原神宮駅で京橿特急6往復と1:1で接続するダイヤ編成であった。この吉野特急も京橿特急同様に利用が多いことから、不定期特急の定期特急への格上げや増発が求められるようになった。このため、京都線系統の特急と同様に、既存の2編成をそのまま充当することで不定期特急の定期特急格上げが実施され、予備車として「かもしか」号に用いられていたモ5820形を起用するという策が講じられた。もっとも、旧式かつ低性能な吊り掛け駆動車であったモ5820形は16000系と同じダイヤで走ることができず、さらに同形式は非冷房で接客設備面でも極端な格差があったことから、早急な増備車の投入が要請された。そこで、予備車確保のため京橿特急増発用の18000系第2編成とともに1966年3月31日竣工として以下の1編成2両が増備された。この第3編成の竣工で検査時の予備車が確保され、さらに多客時の増結による4両編成化が可能となった。こうして吉野特急は同年4月1日のダイヤ改正で1往復が増発され、定期7往復体制となった。その後も特急の増発や増結が実施されたことから、16000系は1977年までに以下の4形式14両が順次増備されて9編成20両の陣容となり、1日6往復体制でスタートした吉野特急は26000系「さくらライナー」竣工直前の段階で1日25往復体制にまで強化されることとなった。本系列は全車とも近鉄の関連会社である近畿車輛が製造を担当している。車種構成は以下の4形式よりなる。編成はモ16000形とク16100形を組み合わせた2両編成8本とその間にサ16150形とモ16050形を挿入した4両編成1本があり、必要に応じて南大阪線では2・4・6・8両編成で、吉野線では各特急停車駅のプラットホーム有効長の制約から2・4両編成で、それぞれ運用される。なお、編成に当たっては16000系のほか、26000系以外の南大阪線・吉野線用特急車各系列も混用される。このため、例えば大阪阿部野橋を6両編成で出発した吉野行特急は、橿原神宮前で2両を切り離し4両編成として吉野へ向かい、4両で吉野から橿原神宮前へ到着した大阪阿部野橋行特急は、必要に応じ同駅で2両ないしは4両を増結し大阪阿部野橋へ向かうこととなる。上述の通り、大阪線11400系を基本としつつ、南大阪・吉野線の車両限界に合わせて最大幅を2,740mmに縮小、側窓幅を20mm拡大して1,620mmとし、屋根高さをやや低く変更したため窓高さも50mm縮小して700mmとし、さらに妻面貫通扉窓の上下寸法を拡大した、専用設計の20m級鋼製車体を備える。窓配置はモ16000形とク16100形がdD8D1(d:乗務員扉、D:客用扉、数字:窓数)、モ16150形がD9D、サ16150形が1D9Dで、客用扉は当時の近鉄特急車の標準であった750mm幅の2枚折戸を備える。また、モ16000形とク16100形およびサ16150形の車端部客用扉の外に置かれた側窓1枚分のスペースは、モ16000形が車内販売準備室、ク16100形とサ16150形が洗面所・トイレにそれぞれ割り当てられている。なお、サ16150形については吉野寄り客用扉に隣接したスペースに補助席を4名分設けている。座席は11400系と同様、シートピッチ935mmの回転クロスシートで、1977年竣工の第9編成のみは当時淘汰が始まっていた10100系「新ビスタカー」からの廃車発生品を流用している。なお、新造時には全車とも車端部にデッキは設置されておらず、直接客用扉から客室へ入る構成となっている。特急標識は逆三角形の大型(1977年竣工の第9編成のみはホームベース型、後述)のものを備え、塗装はオレンジと紺の近鉄特急車標準色である。冷房装置は11400系と同様、冷凍能力4,500kcal/hの東芝RPU-1103ユニットクーラーを各車6基ずつ屋根上に搭載している。特急車であるが、主電動機については通勤車である6900系(のちの6000系)と同一のものを使用しており、歯数比も同一である。このため、走行性能はMT比1:1の6000系と同等であり、起動加速度2.3km/h/s、平坦線釣合速度は125km/h、33‰勾配時の釣合速度は71km/hである。主電動機は設計当時狭軌用WNドライブ対応電動機として最強を称した三菱電機MB-3082-A(端子電圧340V時1時間定格出力135kW)を電動車に4基ずつ搭載する。低回転・強トルク特性ながら、高回転時の電機子反作用を界磁に付加した補償巻線で打ち消すことで弱め界磁制御による安定した高速特性を実現した、汎用性の高い電動機である。なお、端子電圧は340V設定であるため、架線電圧を4等分した端子電圧375V設定で換算すると実質的な出力は約150kW相当となる。歯数比は92:15 (6.13) である。動輪径が910mmのため、一般的な860mmに換算すると約5.79相当となる。主制御器は日立製作所MMC-HTB-10F電動カム軸式自動加速制御器を電動車に搭載する。電動車が1両単位となり、また特急用で起動加速時の粘着性能が特に重視されないことなどを考慮し、磁気増幅器を用いたバーニア制御は省略され、主回路接続が直列制御(減流1段、抵抗18段、界磁制御5段)のみとされるなど回路構成が簡略化される一方で、山岳線である吉野線で特急運用を実施することから、南大阪線用車両では初採用となる抑速発電ブレーキ(減流1段、抵抗18段)付きとしている。台車は全て近畿車輛製のシュリーレン式空気ばね台車である。第1編成から第3編成まではベローズ式空気ばねに長リンク式揺れ枕を組み合わせたKD-52(モ16000形)・KD-52A(ク16100形)、第4編成から第6編成までは台車直結ダイヤフラム式空気ばねによるKD-69(モ16000形)・KD-69A(ク16100形)、そして第7編成以降はKD-69・KD-69Aの軸距を2,300mm(KD-52系も同一)から2,200mmに短縮したKD-69B(モ16000形・モ16050形)・KD-69C(ク16100形・サ16150形)をそれぞれ装着する。設計当時標準のHSC-D電空併用電磁直通ブレーキを搭載する。パンタグラフはモ16000形およびモ16050形の吉野寄りにそれぞれ1基を搭載する。このため2両編成の場合は1基しか設けられず、一編成で最低2基が標準装備の近鉄特急車の中にあって異彩を放っている(後述の16010系も1基のみ)。第1編成から第3編成までは三菱電機S-534-Aを搭載して竣工したが、以後は東洋電機製造PT-4206に変更されている。運転台寄りは柴田式密着連結器、連結面寄りは棒連結器を備えている。ただし、運転台寄りについては1970年の第7編成以降、大阪線特急車と歩調を合わせて電気連結器付きの新型密着連結器に変更され、これは既存編成にも波及している。1977年より、特急標識が増解結時に支障を来さない小ぶりなホームベース型の電照標識に取り替えられた。またこれに併せて、前面帯の下辺も一直線から12000系に合わせた形状となった。第1編成が竣工から20年を経過した1985年以降、内装を中心とした車体更新工事が開始され、化粧板の交換や座席の一斉自動転換式リクライニングシートへの交換、デッキの新設が順次施工された。ただし、標準軌間各線区で運用されている12200系更新車のような室内灯の間接照明化と正面・側面行先表示器の設置は実施されていない。2007年から2010年にかけて、第7編成以降の3編成8両にB更新が施工された。主な内容は車体外装や内装材の新品交換、連結面転落防止幌設置が中心となっている。同時期にB更新が施工されていた12200系では一部のB更新車両に座席をバケット式リクライニングシートへ交換した車両が存在するが、本形式ではB更新後も従来の簡易リクライニングシートで存置されている。2015年12月から2016年8月にかけて16007Fク16107 - 16009Fク16109に喫煙室設置工事が行われている。喫煙室設置により、当該部分反対側の窓は埋められているが、行先表示器の取付や座席の交換は行われていない。近鉄では、22000系の車体更新を皮切りに、2016年以降に保有する全ての汎用特急車両の塗装変更を発表しているため、本形式でも2015年11月時点で在籍する8両が塗装変更の対象とされているが、2016年10月に検査出場した16009Fから順次塗装変更が行なわれている。吉野特急での車内販売廃止後は自動販売機が設置されていたが、のちに撤去されている。2013年までに12両の除籍車両(内6両は近鉄で、2両は譲渡先で廃車解体)が発生している。1997年に後継車となる16400系が製造された際に、第1・第2編成の2両編成4両が代替廃車となり、これらは大井川鐵道へ譲渡された(後述)。2002年に第3編成が廃車され、第1・2編成同様大井川鐵道に譲渡された。2005年1月には第4編成が廃車となったが他社への譲渡はされず、廃車後は16000系で初めて解体された。さらに、2013年11月24日をもって第5・第6編成の2両編成4両が引退し、翌12月までに解体された。なお、引退当日は両編成を使用したラストラン・撮影会が開催された。2016年4月現在、2両編成2本 (16007F・16009F) 4両と4両編成1本 (16008F・16051F) の合計8両が在籍し、古市検車区に配置されている。1981年に16000系の増備車として、2両編成1本のみ(モ16011-ク16111)が製造された。時代背景を考慮して車体形状などマイナーチェンジを行ったため、新系列となった。車体と前面は30000系「ビスタカーIII世」、12410系に類似する。配置は古市検車区。Y11を使用する。車体デザインは当時製造されていた30000系・12410系に準じており、前面貫通幌にカバーを装着し、標識灯の形状や前面行先表示器も同一のものとしたが、側面行先表示器は設置されていない。塗り分けは、16000系と併結した場合の見た目の調和を考慮し、同系と同一とした。車体幅は標準軌系特急車の2,800mmに対し、2,740mmと狭くなっている。また、16000系よりも屋根を高くした。屋上は12400系と同様の連続冷房装置キセ(カバー)が採用されている。車内設備は、内装色や荷棚こそ30000系などに準じたものが採用されたが、座席は乗車時間の短さを考慮し、16000系第9編成と同様に10100系の廃車発生品を流用した回転クロスシートがモケットを張り替えた上で配置され、シートピッチも16000系と共通で運用することから同系と同じ935mm、乗降口のデッキも当時の16000系と同様に省略されている。主制御器は日立製作所MMC-HTB-10F電動カム軸式自動加速制御器、主電動機は三菱電機MB-3082-Aを搭載し、いずれも16000系と同一である。台車は新設計のKD-89 (A) 形が採用され、パンタグラフは下枠交差式のPT-4811形を1台設置している。その後、1997年に座席を11400系の廃車発生品を流用したリクライニングシートに交換され、2001年12月にはデッキの設置と車内販売基地の撤去などの車体更新工事が施工され、それに伴う定員の変更が行われた。ただし、客室内間接照明と側面行先表示器は設置されていない。2014年8月にB更新が施工された。B更新により、ク16111の運転室側後方に喫煙室を設置し、それに伴う座席の全面禁煙化や荷物置場の移設、喫煙室とは反対側の側面窓封鎖が行われたが、側面行先表示器設置と前面方向幕のLED化、座席の交換は行われていない。近鉄では、22000系の車体更新を皮切りに、2016年以降に保有する全ての汎用特急車両の塗装変更を発表しているため、本形式でも塗装変更の対象とされているが、本系列では2016年9月の検査時に新塗装化された。塗装塗り分けは先に塗装変更された12410系12413Fや30000系30209Fに準拠しているが、行先方向幕は従来の白幕で存置された。1981年5月23日、橿原神宮前 - 吉野間で16011-16111+16008-16108の4両で組成されたお召し列車が運転され、第32回全国植樹祭に出席する昭和天皇と皇后が16111号車に乗車した。お召し列車運転に先立ち、御座所の設置や、運転台窓ガラスならびに一部客室窓ガラスの防弾ガラスへの交換など、必要な改造が施された。これが16000系・16010系唯一のお召し列車運転の事例である。近鉄で廃車になった初期製造グループのうち、1997年に第1・第2編成、2002年に第3編成の計3編成が譲渡された。形式記号以外は近鉄時代の番号で大井川鐵道16000系電車として大井川本線の普通列車に使用されている。近鉄時代は「特急」表示のあった電照式表示器部分に「金谷-千頭」との行先を表示しており、ワンマン運転対応改造に伴う最前部1列の座席の撤去とトイレ・洗面所・車販準備室の封鎖を実施した以外は、塗色をはじめ内外装ともほぼ近鉄時代そのものの状態で運用されている。第1・2編成はリクライニングしない回転式シートで、第3編成は座席のリクライニング機構もそのまま残っている。譲渡当初は急行列車に積極的に使用され、2003年の急行廃止後は普通列車の主力として活躍している。2014年3月のダイヤ改正により普通列車が減便され、同年9月頃から第1編成が運用を離脱。新金谷車両区に留置された後、十和田観光電鉄から譲渡された7200系と代替になるため2015年1月に大代側線で解体された。
出典:wikipedia
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