大阪上本町駅(おおさかうえほんまちえき)は、大阪府大阪市天王寺区上本町六丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)の駅。駅長配置駅である。第3回近畿の駅百選に選定されている。奈良線の駅番号はA03、大阪線の駅番号はD03である。大阪線の始発駅で、近鉄の直系母体である大阪電気軌道(大軌)開業時からのターミナル駅。天王寺区上本町六丁目に所在し、(市電→)市バスの停留場名が「上本町六丁目」であることから「上六」とも呼ばれる。1970年の難波線開業によって、奈良線列車や一部の大阪線特急は大阪難波駅(2009年3月19日以前は近鉄難波駅)を起終点とするようになったが、その後も大阪線列車の大半は地上の頭端式ホームから発着し、ターミナル駅としての機能を維持している。利用者数では、近鉄の大阪方主要駅という括りで見ると、大阪阿部野橋駅、鶴橋駅、大阪難波駅に次ぐ4番目となる。当駅の駅長は、近鉄の他の駅長と異なり、当駅のみを管理する。「大阪上本町駅」に改称されたのは、2009年3月20日の阪神なんば線開業時であるが、大阪側のターミナルであることを強調するため、それ以前から「大阪上本町」と呼称されることがあった。線路名称上は、当駅を通る路線は大阪線・難波線である(上本町 - 布施の複々線は大阪線に属しており、奈良線は布施が起点である)。詳細は各路線の記事および鉄道路線の名称等を参照されたい。このほか、地下通路により大阪市営地下鉄谷町九丁目駅と接続されており、地下通路は同駅と通番になった出口番号が付与されている(谷町九丁目駅は1-8号、大阪上本町駅は8-14号が付与されている)。このうち、地下ホームにつながる出入口(8号・11号・12号)には近鉄と地下鉄をあわせた案内表記がなされている。なお、地下鉄千日前線との乗換えの場合、相互駅間の移動距離は先の大阪難波駅・近鉄日本橋駅、または手前の鶴橋駅の方が短い。大阪線の列車が発着する行き止まりの櫛形7面6線の地上ホーム(1階)と、奈良線の列車と一部の大阪線特急列車が発着する相対式2面2線の地下ホーム(地下3階)に分かれている。地上ホームと地下ホームは改札内で階段を通じて結ばれている。改札口は地上に1箇所、地下に3箇所ある(うち1箇所は近鉄百貨店上本町店の地下2階と直結している)。特急券・定期券ともに発売窓口と自動発売機で即時購入可能。有効長は全ホーム10両。地上ホームの並びは北から、3番線降車ホーム(片面のみ)、3・4番のりば、4・5番線降車ホーム、5・6番のりば、6・7番線降車ホーム、7・8番のりば、9番のりば(片面のみ)の順。近鉄の他の頭端式ターミナル駅(大阪阿部野橋駅・京都駅・近鉄名古屋駅など)と異なり、種別毎のホーム区別はなされていない(近鉄奈良駅も類似の状況)。以前は地上ホームから発着する名古屋行き特急が平日朝の1本(土休日は大阪難波始発)のみあったが、2016年3月19日ダイヤ変更時に大阪難波発に変更され消滅した。地下ホームの鶴橋寄りには両渡りの非常渡り線が設置されている。なお、8番のりばと9番のりばは同じ線路を共有しており、特急とそれ以外の種別で使用ホームを分けている(特急到着時は8番のりばを降車、9番のりばを乗車用として使う。それ以外の種別到着時はこの逆)。この他の特徴として、当駅はホーム幅が狭いことから、乗客が溢れることのないように、発車時刻よりもかなり早い時刻より電車が入線している。近鉄の他の駅では、大阪阿部野橋駅でも夕方ラッシュ時に、帰宅する通勤客でホームが溢れないように同様の措置が取られている。開業時の駅は現在よりも北にあった。駅前には大阪市電が走り、上本町六丁目電停から九条高津線で大阪ミナミの繁華街へ、上本町線で四天王寺、さらには大手前上本町線で大坂城や大阪府庁へと、大阪市街の東玄関として抜群の立地を誇っていた。1926(大正15)年、駅前の道路拡張に伴い上本町駅は南側に移転する。この時に武田五一・片岡安の設計による日本初の駅ビルが建設され、大阪市内の一大ランドマークとなった。当初は食堂や貸店舗・本社事務所などが入居していたが、1931(昭和6)年には増改築の上、ここに大軌百貨店をオープンさせた。これはのちに近鉄百貨店上本町店となり、現在まで営業を続けている。駅ビルは戦後、難波線建設に伴う駅改装工事により建て替えられた。難波線開業に伴い上本町駅の地位は相対的に低下、2004年には近鉄劇場が閉鎖している。そこで近鉄は、難波にあった新歌舞伎座を近鉄劇場跡に誘致し、2010年8月に新歌舞伎座・商業施設とオフィスからなる複合ビル「上本町YUFURA(ユフラ)」を建設してテコ入れを図っている。開業時は発着線2本をホーム3面が挟むシンプルな構成で、中央を乗車ホーム、両側を降車ホームとしていた。1926(大正15)年の移転時に完成した駅は、出発線と到着線が立体交差しており、出発列車と到着列車の相互支障が生じないよう工夫されていた。櫛形ホーム手前には降車ホームがあり、ここで乗客を降ろしたあと乗車ホームに入線していた。1930(昭和5)年には、参宮急行電鉄(大軌の子会社で直通運転先)が山田駅まで開通するのに備え、三両編成用の発着線を2線新設した。1933年にはそのうち一線を6両編成分まで延長、紀元二千六百年記念行事を目前に控えた1939(昭和14)年には、新たに6両編成分の発着線を駅南端に増設した。これらのホームを発着する4両編成以上の列車は、配線上直接上り線に合流することができず、下り線をしばらく逆走したのち、当駅と鶴橋駅との間にある渡り線を使って上り線に合流するという、非効率な運転を余儀なくされた。戦時中の統合政策により近鉄が発足し、迎えた戦後1956(昭和31)年には、大阪線と奈良線を分離し、線路別複々線とする工事が行われた。これに伴い、上本町駅も改造が行われ、降車ホームと立体交差を廃止、櫛形ホーム9面8線となり、奈良線と大阪線がそれぞれ4線ずつ使用した。1970年3月1日には、難波線完成に伴い奈良線ホームが地下に移転。この時点では難波線内は営業運転を行わず、難波まで習熟運転として往復し、再び上本町から客扱いを行った。同月21日には晴れて営業運転となり、この時から地上6線は大阪線専用となった。1985年10月には、大阪線の10両編成化に伴いホームを延長、1993年には引上線を新設している。2015年11月10日の1日乗降人員は74,928人である。近年の1日乗降・乗車人員は下表のとおりである。駅周辺は、「上本町」「上六(うえろく)」と呼ばれる繁華街となっている。以下のバス停が最寄りである。上六交差点の北側(上町筋)、東側(千日前通東行き)、西側(千日前通西行き)に「上本町六丁目」バス停がある(交差点北の近鉄北ビル前にAのりば、その向かい側にDのりば、交差点東のパチンコ屋前にBのりば、交差点西のハイハイタウン北面にCのりば)。上町筋上には、近鉄百貨店前とその向かいのハイハイタウン前に62号系統の「上本町六丁目南」バス停、上本町7北交差点の南側に62号系統北行きの「上本町七丁目北」バス停もある。千日前通上には、社会福祉センター前に18号系統・22号系統・73号系統東行きの「上本町六丁目東」バス停もある。2014年3月31日まではこれら全ての停留所が上本町六丁目を名乗っていた。バス停は上本町六丁目Aのりばを「上六A」、Bのりばを「上六B」、Cのりばを「上六C」、Dのりばを「上六D」、上本町六丁目南を「上六南」、上本町六丁目東を「上六東」、上本町七丁目北を「上七北」と示す。かつては堺東駅前、鶴町四丁目、布施三ノ瀬まで至る系統が運転されていた事があった。あべの橋発で上町筋・上本町六丁目経由だった時代の22号系統諏訪神社前行きは上六交差点を挟んで上町筋で2ヶ所・千日前通で2ヶ所、計4ヶ所の上本町六丁目停留所に停車していた。2013年6月13日より、近鉄バスが「あべの・上本町循環バス」を運行開始。この循環バスが関西空港行きリムジンバスのりばに発着している。大阪国際空港行きは、もとは関西空港行きと同じのりばであった。その後現在のバスセンターに移転している。駅2階バスセンターには、かつて九州・本州各都市への夜行便を中心とした近鉄バスの路線や井笠鉄道(のち中国バス)の「カブトガニ号」が発着していたが、2013年3月16日以降、当バスセンターでは予約・発券などの窓口業務のみおこなっており、高速バスは発着していない。なお2013年3月現在、近鉄バスや中国バスの高速バスが発着する当バスセンター・駅から最も近い場所は、大阪難波駅(当駅より電車3分)から徒歩連絡のOCATビル(JR難波駅直上)もしくは、あべの橋バスステーション(大阪阿部野橋駅・天王寺駅)。大阪バスが運行する高速バスが2013年12月1日より上六交差点西側のハイハイタウン前(市バスなんば方面行きのりばの西側)に停車するようになった。近鉄バスが運行する大阪市内定期観光バス『OSAKA SKY VISTA』が上本町バスセンターに発着する。乗車は当停留所のみ(降車も可能)。なお、降車はあべの橋駅(あべのハルカス)でも可能。大阪城、中之島、御堂筋、道頓堀、でんでんタウン、通天閣、四天王寺、あべのハルカスなどを車窓から眺めるコースとなっている。水曜を除く毎日運行。かつては近鉄観光バスの営業拠点もバスセンター内にあったが廃止されて布施観光営業所を拠点としている。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。