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ビックリマン

ビックリマンは、1977年から発売されているロッテのチョコレート菓子。おまけとしてシールが封入されており、特に「悪魔VS天使」シリーズは1980年代から1990年代初頭にかけて大ブームを起こし、アニメなど様々な関連商品を生み出した。本体となる「ビックリマンチョコ」は、チョコレートをウエハースではさんだもの。1970年代生まれを中心とした世代には、チョコ内にピーナッツが入っていたイメージが強いが、時代によって適宜変更されている。本体価格も発売当初は30円だったが、50円、60円と値上げされ、2005年以降80円に。タイアップ商品での定価はその都度異なっている。1977年に発売された際には「ドッキリシール」という使って悪戯を行えるというコンセプトシールが封入されていた。背景が透明で、本物らしく似せたコンセント、キスマークなどの写真がシールになっており、壁などに貼って遊ぶことが推奨されていた。その後1985年までは「立体ドッキリシール」「ウッシッシール」「マンギャシール」「まじゃりんこシール」などとマイナーチェンジを繰り返していた。直接のシリーズ関連はないものの、コンセプト的には同じくロッテより発売されていたはりはり仮面シリーズを前身とする。ブームとなった「悪魔VS天使」シールは1985年から発売開始された。シールの種類は天使と悪魔とお守りの3枚1組で各12種ずつあって、2ヶ月ごとにバージョンチェンジがなされていった。悪魔は寒色系の地味な色合い、お守りは透明なシール、天使はキラキラと光っており、悪魔の4分の1の割合しか封入されていない希少度の高いシールだった。また、1箱(40個入り)に1・2枚しか入っていない更に貴重なヘッドというレアシールが存在した(通常ならば1個に1枚のオマケシールだが、極稀に2枚入っている事もあった)。ビックリマンシールは発売された翌年から小学生を中心に大ブームを引き起こし、毎月の販売数は1300万個にのぼり、出荷金額は1000億円を超えた。カネボウフーズの「ラーメンばあ」や「ガムラツイスト」、明治製菓の「仰天人間バトシーラー」など、他の幾つかのメーカーからも類似品が多数販売されたが、追随を許さなかった。ヒットの要因は、シールにストーリー性とゲーム性を取り入れたことにある。一見駄洒落ばかりに見えるキャラクターの名前と、神話の創世記を匂わす密度の高いストーリーが魅力的であった。シリーズが進むにつれてキャラクターがパワーアップするという手法も、ユーザーのコレクター魂を引き起こすのには十分であった。また、シールの裏にはさまざまな文章が書かれており、アニメや漫画などの原作が無いにも拘らず、お菓子の中だけで独自のストーリーが展開されていった。これは前例の無かったことである。たまに暗号めいたものがあったりと、シール1つで、まるで読書のように行間を読ませる手法も、人気の大きな要素であった。ビックリマンは、まず講談社の『コミックボンボン』が1つの話題として取り上げ、翌月に小学館の漫画雑誌『月刊コロコロコミック』で話題を取り上げた。このビックリマン人気にいち早く目を付けたのが、小学館であった。その後『コロコロ』と同社から発行している『小学三年生』でビックリマンの特集を組み、漫画の連載も始めるようになった。そこでビックリマンシールの開発者反後四郎(現・ロッテ商品開発部部長)がマントと角帽という学者風の姿をした「ビックリマン博士(タンゴマン)」に扮して子供たちからの様々な質問に答えるという、ゲーム界で言うところの高橋名人のようなキャラクターも登場した。それからというもの、ゲーム化、アニメ化、映画化、アイスキャンデー化などとマルチな展開を見せ、ビックリマンワールドは発展していった。1988年の夏休みに発売した『コロコロコミックビックリマン臨時増刊号』は、20万部が即日完売という記録を作った。目当てのシールだけを抜き出し、チョコレート菓子を捨てる事例、あるいは、大量に買い込んだ為に食べ切れなくなったチョコレート菓子を捨てる事例が多発し、食べ物を粗末にする行為が多く報告され、全国的に社会問題となった。菓子の購入資金が裕福な年齢層による大人買いと呼ばれる大量購入行為により、品薄になる地域が発生し、社会問題に拍車を掛けた。それに伴い、一部地域では1人あたりに対する販売個数を制限し(店に入荷した箱数、1箱なら2つまで・2箱なら3つまで)、レジカウンターでの対面販売といった販売対策も取られた。また、箱の前から3番目か4番目と8番目が希少価値の高い「ヘッド」が当たりやすいというような、根拠の無いデマも流れた。他にも、希少度の高いシールを金銭(1000 - 2000円程度)で取引するといった問題も発生した。これらの問題を踏まえ、販売元のロッテは「ビックリマン憲章」なる規定を作り、という上記の3ヶ条を推奨した。シールの盗難もかなりあったようで、2005年にオンエアされた深夜ラジオ『伊集院光 深夜の馬鹿力』の中の1コーナーで、「盗んだり盗まれたり」という表題でリスナーから体験談を募ったところ、大半がビックリマンチョコの話題だった。類似品、模倣品も多数出現し、その最たるものとして玩具メーカー「コスモス」によるシールの偽物(「ロッテ」の部分を「ロッチ」と改変して販売)は、1987年にロッテ側から訴訟を起こすに至る騒動となった。このほか、「ドッキリマンチョコ」といった、明らかにビックリマンを意識したものもあった。このブームが衰え始めた原因は、公正取引委員会による勧告と見られている。公正取引委員会は1988年、ロッテに対してシールの価格差を無くす、種類毎の混入率を均一にする、特定のシールに価値が出るような広告をしない、という3つの自粛案を出した。ロッテはこの指導に従い今までキラキラと光っていたホログラム仕様のヘッドは地味なシールとなり、ヘッドが当たる確率は悪魔と同じ割合にまで引き上げられた。結果として、レアカードであったヘッド、ひいてはカード全体の価値が暴落し、一気にファンが離反するという事態となった。公正取引委員会は「おまけで釣るのではなく品質本位のフェアな競争を行ってほしい」という意図で勧告を出しているが、ロッテ広報担当は「シール規制はアメリカからの圧力が原因」との見解を示している。これに類した事例はペプシツイスト(後のペプシネックスゼロ)のおまけでも起きた。詳しくはペプシコーラを参照のこと。第19弾をもって「悪魔VS天使」のストーリーが一応の完結、新たなる「次代」のキャラクターが登場する新シリーズがスタートした(ほぼ同時期にアニメも『新ビックリマン』へと移行)。一度は下降した人気も、アニメ人気やプリズムシールの復活によってある程度持ち直した。1991年には『スーパービックリマン』も併売され、シールもチョコも一回り大きくなって値段も1個50円と値上がりした。こちらは旧シリーズをリメイクしたキャラクターたちが登場し、プリズムやホログラムのほかCGもふんだんに使われた意欲的な商品といえる。これらの展開により、ビックリマンシリーズは今一度の盛り上がりを見せていた。しかし、長きに渡る販売商品ゆえの消費者側の疲弊やブームの沈静化は否定できないものになっており、アニメ『新ビックリマン』の終了(アニメは『スーパービックリマン』へと移行)とともに、メディア面での露出は縮小の一途を辿り、「悪魔VS天使シリーズ」はシール独自の展開へと移行する。最盛期の売り上げは100億円を超えていたが、そのころには40億円にまで落ち込んでいたといわれた。そして1992年には、悪魔VS天使シールを礎とする一連のシリーズの商品は展開を終了。翌1993年にアニメ『スーパービックリマン』も終了した。こうして、約10年近くに渡るビックリマンシリーズのブームは終焉を迎えた。ビックリマンシール、特にマニアが多い「悪魔VS天使」シリーズのシールには後々にも高額で取引されたものも少なくない。ヘッドと呼ばれるプリズム処理を施されたシールは入手率が低く、当時から希少価値が高かった。また一般発売されなかった商品のシールも非常に高額で取引されることもある。特に「スーパーオリオンシリーズ」と呼ばれる1988年にロッテオリオンズの本拠地川崎球場でファンのみに配布されたものは、希少価値が高い。当時の有藤道世監督の他、牛島和彦、村田兆治、荘勝雄、上川誠二、愛甲猛、横田真之、古川慎一、西村徳文、水上善雄の9人の選手がキャラクターのモデルとなった。「パート1」と「パート2」のヴァージョン違いがあり、市販はされていない。その次に貴重な「福袋版」は、正月の一時期限定で販売されたものであり、マニアの間で1枚数万円 - 数十万円で売買されている。3番目に人気があるのは「アイス版」と呼ばれる、アイスの中に入っていたシールである。基本的なデザインはチョコ版のデザインとほぼ同様であるが、色合いなどが違っている。アイス版の中でも特に人気があるのは、12弾・15弾のヘッドである。この時期はビックリマンシールの人気がやや低迷しており、アイス版のシールが少ししか現存していない。チョコ版はアイス版より人気がないが、一部のシールは現在でも高い人気を博している。特に人気があるものは、ブラックゼウスホログラム、ヘラクライスト赤、ヘラクライスト緑、魔肖ネロ、ヘッドロココ・後半27弾以降のヘッドなどである。どのくらいの値段がつくかは、シール自体のレア度だけでなく、シールの状態、バージョン裏紙の色違い、プリズムの向きの違い(たとえばブラックゼウスはすべての版でレアなわけではない)などが関係する。特に古いシールは状態のいいものが少ないことから、状態のいいシールはかなりの高値で売買される。男児向け作品であるビックリマンだが、女児においても人気を誇っていた。そういった人気に応える為にブーム当時、少女向け児童漫画誌『ぴょんぴょん』に藤井みどり作の「ビックリマン 愛の戦士ヘッドロココ」が掲載された。物語は次界探しをする初代ビックリマン世界観を元に、天使ヘッドロココと悪魔マリアの恋愛を書いた冒険物語。ポニーキャニオンからイメージアルバムも発売されており、収録曲の中には、チャゲ&飛鳥(現:CHAGE and ASKA)のASKAが旧名・飛鳥涼名義で作曲している(別名義につき、公式サイトには表記されていない)。基本的ストーリーは初代ビックリマンと同じだが、以下の設定が大きく変わっている。特にストーリー構造上において、漫画オリジナルのキャラクターが作られ、既成キャラクターの多くが降板されている(スーパーゼウスの孫という設定の為、そのまま行けば祖父母にあたる超聖神と大叔父にあたるブラックゼウスが未登場。逆に本編では話題を避けていたサタンマリアの父親が登場)。『ぴょんぴょん』連載時はビックリマンの少女版として話題となり、かなりの上位人気をキープしていたが、1992年に同誌が休刊し、『ちゃお』に移動したものの、読者層の違いから、数ヶ月で連載終了となる。単行本はてんとう虫コミックスから全7巻が発行。現在はブッキングから全3巻が購入可能。また、イメージアルバム内部でのキャスティングで、ヘッドロココ、ワンダーマリア、愛然かぐや、魔胎伝ノア、ヤマト神帝、アリババ神帝、神帝ピーターの声優が設定されており、「ビックリマンシリーズ」ではなく「ビックリマンの作品」という枠で見れば、イメージアルバムのキャストが2代目声優となる。1993年には、「ドッキリダービーシリーズ」という新たなシリーズが開始され、その後もいくつかのシリーズのシールができたが、「悪魔VS天使」時代のようなブームをもたらすことはできなかった。この時期には女児向けチョコの「ビックリコ」も発売されているが、長続きしなかった。「悪魔VS天使」シリーズの復活を求める声もあり、1999年には世界観を一新した「バグ悪魔とギガ天使シリーズ」が開始され、2000年には『ビックリマン2000』としてテレビアニメ化された。「悪魔VS天使」20周年となる2006年には「悪魔VS天使シール ひかり伝」と題し、「悪魔VS天使」と同じ世界観を持つ新シリーズが開始され、その後も継続されている。2012年からは「ビックリマン伝説」と題した「悪魔VS天使」の復刻シールが封入された商品シリーズが発売されている。2014年3月には、当シリーズ30周年記念としてファン投票で選ばれた42種類を復刻、地域限定で販売された。また千葉ロッテマリーンズの里崎智也が「ビックリマンPR大使」に就任した。ビックリマンのアニメ、漫画などの展開が行われたのは「悪魔VS天使シール」、11代目「スーパービックリマン」、14代目「ビックリマン2000」、そして2006年以降の「ビックリマンひかり伝」シリーズなどである。悪魔VS天使シール、スーパービックリマン、およびビックリマン2000を元にして『月刊コロコロコミック』に連載された漫画、およびその単行本のほか、悪魔VS天使シールに主な登場人物、登場地域を依拠しつつ、大幅にデフォルメを施した少女漫画『愛の戦士ヘッドロココ』が存在する。シール、アニメ、漫画でストーリーが多かれ少なかれ異なっていることが多い。『コロコロ』では主にコミカライズを竹村よしひこが担当。学年誌ではそれぞれ学年、時期によって複数の異なる漫画家が執筆している。おちよしひこのスーパービックリマンの漫画は、非常にシリアス(アニメ版も従来に比べれば非常にシリアスではあるが)な重い内容で、小学生以上の層でも一部人気となったが打ち切りになる。2000年代に入ると「悪魔VS天使」シリーズをモチーフとし、続々と他作品や団体とコラボレーションしたビックリマンチョコが発売されている。ここでは、シールがビックリマンと同一規格のものを紹介する。1988年に韓国ロッテが、ビックリマンと同様におまけとしてシールが封入された『スリスリ風船ガム』()を販売していた。2010年にまんだらけ出版から、『まんだらけさん家のシール図鑑VOL.01 韓流ビックリマンシール【スリスリ】編』が発売された。

出典:wikipedia

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