北上線(きたかみせん)は、岩手県北上市にある北上駅と秋田県横手市にある横手駅を結ぶ、東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(地方交通線)である。北上駅 - ゆだ高原駅間は東日本旅客鉄道盛岡支社、黒沢駅 - 横手駅間は東日本旅客鉄道秋田支社の管轄である。各年度の平均通過人員(人/日)は以下の通り全列車普通列車でキハ100系気動車によるワンマン運転を行っている。北上駅 - 横手駅間の列車のほかに、北上駅 - ほっとゆだ駅間の列車が朝の上り始発と下り最終列車のほか夜に1往復の計2往復、北上駅 - 藤根駅間の列車が平日・土曜日の朝に1往復運転されている。2014年3月15日のダイヤ改正で、東北本線直通の横手発一ノ関行きが1本設定されたほか、夜21時台の北上発横手行き下り最終列車がほっとゆだ行きに変更された。さらに、2016年3月26日ダイヤ改正で、夜17時台の北上発横手行きがほっとゆだ行きに短縮され、夜18時台発の横手発北上行きもほっとゆだ始発に変更された。早朝5時台の北上発下り始発列車は柳原駅・江釣子駅・立川目駅を通過する。この列車はほっとゆだ駅で切り離され折り返し先述の上り始発列車となる車両を併結している。夜の北上発ほっとゆだ行きは終点のほっとゆだ駅に到着後、回送列車となる。また、夜間に1往復、貨物列車が存在しており、辛うじて幹線的機能も果たしていたが、2010年3月14日のダイヤ改正により運行休止となった。岩手・秋田県際交流事業実行委員会の主催で、2002年から2004年までの秋に蒸気機関車D51 498牽引で「SL錦秋湖号」が運転された。また、2006年には「びゅうコースター風っこ」を使用したトロッコ列車も運転された。運転実績西横黒軽便線・東横黒軽便線として開業し、1924年11月15日の全線開業の際に横黒線(おうこくせん)となった。「横黒」は、横手と黒沢尻(現在の北上)の頭文字を取ったものである。黒沢尻駅は1954年3月25日に北上駅に改称されたが、横黒線が北上線に改称されたのは1966年10月20日であった。1962年には、沿線で湯田ダムが建設されるのに伴い、岩沢 - 陸中川尻間の15kmほどでルート変更を行っている(ダム完成は1964年)。この際に大荒沢駅のみは信号場に変更となり、駅は廃止された。現在でも旧線の遺構は和賀仙人駅周辺や湯田ダムのダム湖である錦秋湖の湖底に残っており、錦秋湖の渇水期にはトンネルやロックシェードなどが湖面に現れることもある。現在は地域輸送が需要の中心となっているが、東北新幹線開業前は、仙台 - 秋田間の最短ルートとして広域輸送を担い、特急「あおば」、急行「きたかみ」といった優等列車も運転されていた。また、東北新幹線開業後にも秋田新幹線工事による田沢湖線運休時に特急「秋田リレー号」が運転されていた。東北本線と奥羽本線を結ぶ路線の中でも線形が良く、陸羽東線や電化前の田沢湖線と異なりD60形やDD51形といった大型の機関車が入線できたことから、災害時などには優等列車、特に夜行列車の迂回経路として用いられることも多く、過去には主として特急「あけぼの」に代表される奥羽本線経由の列車が横手以南の不通時に通過したほか、東北本線の全線電化前には特急「はくつる」・「ゆうづる」といった東北本線経由の列車を通したこともあった。また、山形新幹線の工事が始まった1990年以降は臨時夜行急行「おが」が当線を経由する形で1994年まで運転された。その後の秋田新幹線開業(1997年)や山形新幹線の新庄延伸(1999年)によって仙山線や田沢湖線経由での直通迂回運転が不可能になる中で、北上線の重要性は益々高まっている。2011年8月10日 - 12日には、平成23年7月新潟・福島豪雨によって運休となっていた特急「あけぼの」が、東北本線・北上線経由にて迂回運転されている。
出典:wikipedia
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