阪急田園バス株式会社(はんきゅうでんえんバス)は、兵庫県で路線バスを運営しているバス事業者である。旧社名は西谷自動車株式会社(通称『西谷バス』)で、現在は阪急バスの完全子会社である。宝塚市北部の大原野西谷地区を中心に、宝塚駅や武田尾駅、三田駅を結ぶ路線を運行している。一部の区間では、親会社の阪急バスや神姫バスと相互運行している。地盤となる西谷地区(1955年4月の宝塚市への編入までは、川辺郡西谷村)は長年交通の便が悪く、最寄りの鉄道駅である武田尾駅からは10km以上離れている。1924年2月、この事情を鑑みた当時の西谷村村長・長坊多三郎が中心となって、村の発展のために武田尾駅へとアクセスする乗合自動車路線の申請を行い、同年6月の事業免許取得を経て、同年7月に西谷自動車株式会社が創立した。出資は各集落への割当拠出によるもので、村営バスとしての性格が濃いものであった。創立から程なくして太平洋戦争が激化すると、戦時統制で自動車関係の物資が欠乏したことから運営はほぼ壊滅状態となり、1944年には止むなく大阪公益社へ事業譲渡した。しかし終戦後は再び村が自ら運営するべきという声が強まり、1946年8月に再び村民の手によって買い戻された。戦後の経済復興と共に利用客が増す一方、事業の発展に連れて人件費や整備などにかかる投資が大きな負担となり、健全な運営を保つためにも大手バス会社への事業譲渡が望ましいとの声が増え始める。そのため、1960年には地理的関係や今後の地域開発において、阪急バスへの意向打診が行われた。同社が選ばれたのは、かつて同社が買収した北摂自動車が猪名川町紫合(ゆうだ)から西谷地区の波豆までの路線を運行していた実績があったことによる。交渉は成立し、同年11月には株式のほとんどを阪急バスへ譲渡し、旧西谷自動車の従業員は新規採用として全員引き継いだ上で、新生・西谷自動車が発足した。そして、1995年には阪急バスの完全子会社となり、1997年には社名を現在の「阪急田園バス」に変更した。また能勢支社を皮切りに、阪急バスの一部の営業所に支社を置き、運転士の人事などの運行管理を受託する業務も行っている。詳細は「阪急バス#営業所一覧」を参照のこと。停留所・運賃・ダイヤなどは阪急バス公式サイトを参照。1967年より運行。西谷地区と宝塚駅を結ぶ路線で、路線全体で1日5往復ほど運行している。もとは生瀬を経由して宝塚市民会館(現在の御殿山二丁目)・宝塚駅へ向かうルートを取っていたが、1999年のダイヤ改正で現在のすみれガ丘経由に変わった。武田尾線と接続が考慮された便も設定されている。詳しくは、宝塚駅前案内所や阪急田園バス本社などで配布されている時刻表を参考のこと。上記の「十万辻・大宝塚ゴルフ場」は、往復共に「(前停留所)→十万辻→大宝塚ゴルフ場→(次停留所)」の順に停車する。西谷地区と武田尾駅を結ぶ路線。前述した通り、創立当初からの阪急田園バスの主力路線で、路線全体で毎時1 - 2本運行されている。宝塚線と接続が考慮された便も設定されている。1957年より運行。神姫バスとの共同運行で、阪急田園バスは午前の3本を受け持ち、午後の1本は神姫バスが担当する。2010年4月以降、神姫バスによる運行は平日のみとなり、土日は阪急田園バスによる午前の便のみとなる。1972年より運行。宝塚市営長尾山霊園の墓参バスとして、毎月第4日曜日に4.5往復運行。彼岸・盆時期には増便する(宝塚市の広報誌に随時掲載)。「阪急スクールパス」以外の企画乗車券等は使用できない。宝塚市営宝塚すみれ墓苑の墓参バスとして、2月から12月の毎月第1日曜日と12月30日に1往復運行。彼岸・盆時期には阪急バス宝塚営業所が運行し、2往復に増便する。彼岸・盆時期の運行日は、宝塚すみれ墓苑の公式サイトなどで公開される。運賃は現金のみで支払い可能で、定期券や企画乗車券等は使用できない。神鉄バスの道場線を継承した路線。毎年1月18・19日の2日間のみ、1日21往復運行。時刻表は塩田八幡宮の公式ウェブサイトにて、年末に公開される。道場線と重複していた三田線(有馬 - 三田)の区間は2002年に阪急バス山口営業所に移管された。
出典:wikipedia
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