『トラック野郎』(トラックやろう)は、1975年から1979年にかけて東映の製作・配給で公開された、日本映画のシリーズ。全10作。本シリーズの大ヒットにより、車体を電飾で飾り、ペイントを施して走るアートトラック(デコトラ)が増加した。また、菅原文太演ずる本シリーズの主人公・星桃次郎が乗るトラック「一番星号」を模したプラモデルが子供たちの間にも大ヒットする等、映画の枠を超えた社会現象となった(プラモデル、玩具についてを参照)。主演は菅原文太、愛川欽也。煌びやかな電飾と極彩画に飾られた長距離トラック(デコトラ)の運転手、一番星桃次郎(菅原)とヤモメのジョナサン(愛川)が巻き起こす、アクション・メロドラマ・お色気・下ネタ・笑い・人情が渾然一体となった大衆娯楽活劇である。監督は奇才かつヒットメーカーで、菅原とは無名時代からの友人でもある鈴木則文。『仁義なき戦い』シリーズなど、これまでシリアスなやくざ役のイメージが一般的には定着していた菅原文太だが、コメディタッチのやくざ映画『まむしの兄弟』シリーズでの喜劇的演技が好評を博し、本作は本格的に喜劇作品に挑戦した作品ともいえる。『トラック野郎』誕生のきっかけは、ジョナサン役の愛川欽也が吹き替えを担当していたアメリカCBSテレビのテレビドラマ『ルート66』の様なロードムービーを作りたいという構想を抱き、自ら東映に企画を持ち込んだのが始まり。『ルート66』は、「若者二人がスポーツカーを駆ってアメリカ大陸を旅をする」という内容であったため、当時40歳になる自分がそのままやるのでは無理があると考えていた時、NHKのドキュメンタリー番組内で、東名高速をイルミネーションを点けたトラックが走っている映像を観て、「これならイケるんじゃないか?」と閃き、当時、愛川が司会を務めていた情報バラエティ番組『リブ・ヤング!』にゲスト出演して知り合った菅原文太に「何とか映画にならないものか」と相談を持ち掛け、二人で「東映の岡田茂社長(当時)に企画を持ち込み直談判した所、すんなり企画が通った」、「東映は岡田社長の鶴の一声で決まるから」と愛川は証言している。「トラック野郎」という題名はプロデューサーの天尾完次による命名。シリーズ全10作の監督を務めた鈴木則文は、東映入社後、助監督時代から専属だった東映京都撮影所から東映東京撮影所に移って2年程経ち、この間、『聖獣学園』など3作品を演出、『女必殺拳シリーズ』など2作品の脚本を手掛けていた。当時の東映の看板路線だった実録やくざ映画の人気が下火になりつつあった時期にこの企画を持ち込まれ、やくざ映画に変わる新たな娯楽作を送り出そうと制作に意欲を示していたが、本社の企画会議で岡田から「バカヤロー! トラックの運ちゃんの映画なんて誰が見るんだ!」と一蹴され、一旦ボツになったが、「当初予定していた別の作品が俳優の都合で頓挫し、岡田社長から「それでいいから作れ」と、急遽、穴埋めとして製作されることになった」、と幸田清元東映東京撮影所長らは話している。宣伝部の福永邦昭は電飾トラックを紹介する雑誌記事を集め、横浜の電飾取り付け工場を取材。さらには電飾トラックを扱ったNHKのドキュメンタリー番組を見つけ出すと「持ち出し禁止のフィルムを奥の手で借り受けて」、5月中旬には社内試写を行い、岡田から承認を得ていた。鈴木は「わたしの映画人生の大恩人、岡田茂はヒットすると自分の企画案のように大絶賛していた」と話している。企画から下準備、撮影を含めた製作期間は2か月、クランク・アップは封切り日の1週間前であった。シリーズ化の予定はなく、単発作品としての公開だった。こうして、過密な撮影スケジュールと低予算で製作された『トラック野郎・御意見無用』は1975年8月30日に公開された。ところが、いざ蓋を開けてみると、オールスターキャストの大作ことから、岡田社長は「正月映画はトラックでいけ」、「トラ(寅さん)喰う野郎やで」、「(2作目の)題名は爆走一番星や!」と即座にシリーズ化を決定した。東映の興行の基盤となるドル箱シリーズとして1979年末まで盆と正月の年2回公開されていた。愛川曰くライバル映画の松竹『男はつらいよ』と常に同時期の公開だったことから、「トラトラ対決」(「トラック野郎」と「寅さん」の対決の意)と呼ばれていた。内容は菅原自身も後に語っているように、ライバル映画であった松竹の『男はつらいよ』のスタイルを踏襲している。毎回マドンナが現れ、惚れては失恋するところは、『男はつらいよ』のそれに似ているが、寅さんが「静・雅」なら桃さんは「動・俗」と対極をなしている。物語の中核を担うのは寅さんではありえない「下ネタ」「殴り合いの喧嘩」「派手なカーアクション」で、とりわけ下ネタのシーンは屋外での排泄行為やソープランド)、走行しながらの性行為など、現在の視点から見るとかなり過激な描写も多い。なお、本作の人気が高まるにつれ、未成年者のファンも増加したため、ソープランドの場面はそれらの観客への配慮もあり、シリーズ後半以降はほとんど描かれなくなり、テレビで放送される際には時間の関係もありその辺りのシーンをカットの対象とされることが多かった。青森ねぶた祭りや唐津くんちなど、全国各地の有名な祭りの場面が登場するのも、このシリーズの特色である(シリーズ一覧参照)。また、由利徹をはじめ、せんだみつお、笑福亭鶴光、湯原昌幸、桂歌丸、松鶴家千とせ、ばってん荒川、ラビット関根など、当時人気のコメディアンや落語家がキャスティングされていることも特徴で、それぞれ一世を風靡した持ちネタや喜劇的演技を披露していた。喧嘩のシーンはシリアスなものではなく、必ずギャグが入る。また、カーアクションは、毎回クライマックスで一番星号が暴走する一方、多くの回(クライマックスの爆走参照)で追跡する白バイやパトカーが横転、大破するなど、警察をコケにした代物である。劇中に登場するトラックに関しては、第1作目で使用された一番星号(三菱ふそう・T951型)とジョナサン号(同・T650前期型)は廃車両を譲り受けたものだったが、続編の製作決定を期に共に新車(正確には北海道・室蘭で東映が購入した新古車、車種は一番星号が三菱ふそう・FU型で、ジョナサン号は同・T652型)に代替され、最終作の『故郷特急便』まで使用された。三番星号は三菱ふそう・キャンターT200型が使用された。また、撮影にあたり、「哥麿会」などのデコレーション・トラックグループが全面協力。実在のトラックも多数登場している。日本全国津々浦々を走る長距離トラック(白ナンバー)運転手、一番星こと星桃次郎(菅原文太)が主人公。やもめのジョナサンこと松下金造(愛川欽也)は子沢山の相棒。この二人が各地で起こす珍道中を描く。シリーズ全10作に通ずる基本的なストーリーは、桃次郎が目の前に現われたマドンナに(たいてい便所や情けない姿をしている時に遭遇)一目惚れをし、相手の趣味や嗜好に合わせて(見当違いの)付け焼刃の知識で積極的にアタックしていく。また、個性の強いライバルトラッカーが現われ、ワッパ勝負(トラック運転での勝負)や一対一の殴り合いの大喧嘩を展開する。そして、「母ちゃん」こと松下君江(春川ますみ)を始めとするジョナサン一家、女トラッカー、ドライブインに集う多くのトラック野郎達等を絡ませ、人情味あふれるキャラクター・桃次郎を中心に、様々な人間模様が綴られてゆく。結局、恋は成就せず物語はクライマックスへ。天下御免のトラック野郎に戻った桃次郎は、時間が足りない悪条件の仕事を引き受け、愛車・一番星号に荷(時には人も)を載せてひたすら目的地に向けて愛車のトラックで突っ走る。その走りぶりはアクセルを踏み込んだ時の加速力(メーターの上がり方)からしてもうかがえる。追っ手の警察を蹴散らし、強化された検問を突破し、トラック野郎達の応援・協力を得て、道なき道を走り一番星号を満身創痍にしながらも(劇中に障害物で行灯が割れたり、泥水でトラックが汚れるなどの描写がある)時間内に無事送り届け、修理を終えた一番星号とジョナサン号が走り去る…というシーンで終わりを迎える(第1作のエンディングは一番星号がジョナサン号を牽引し、第3作ではジョナサン号が一番星号を牽引した。これは、激走の代償として自走不能となってしまったため)。全10作に登場するキャラクターは、星桃次郎(一番星)、松下金造(やもめのジョナサン)のみである。次点は松下君江(母ちゃん)の8作。松下家の子供たちも同じであるが、途中で俳優が入れ替わっているため、子役の最多出演数は5作となってる。なお、本業の俳優ではないが、デコトラグループ哥麿会の初代会長の宮崎靖男が、哥麿(うたまろ)役(運転手役)で第3作以降全作に登場している(第1作には「運転手」役で、第2作では「宮崎」役で出演)。星 桃次郎(ほし ももじろう、演:菅原文太)、主人公。独身。オープニングでのクレジットは「一番星桃次郎」。ジョナサンや松下君江(母ちゃん)からは「桃さん」と呼ばれている。初期は、仲間のトラック野郎からは「一番星」、女性(ドライブインのウエイトレスなど)からは「桃さん」と呼ばれていた。徐々に男性からも「桃さん」と呼ばれるようになる(マドンナ基本的に「桃次郎さん」と呼んでいる)。性格は短気で血の気も多いが、情に厚く真っ直ぐで、卑怯な真似を嫌う。普段は粗野だが根は純情。酒好き、女好きで大食漢。トラック仲間からの人望が厚い。相棒のジョナサンとは、時には大喧嘩するものの、その時も心の中では親友と思っている。普段着や腹巻、ライターには必ず「☆」マークが入っている(プロポーズ時の正装等は例外)。このほか、右肩には「☆一番星」の刺青がある。夏の衣装はダボシャツに腹巻、雪駄もしくはブーツ。冬は上はタートルネックやコート、足元はブーツになるが、腹巻は服の上からしている(夏冬とも)。第1作や第2作ではツナギ姿も見られた。腹が弱く、運転中によく便意を催し、耐え切れない時は野外で脱糞をすることもある。住所不定のため、手紙はいきつけの川崎のソープランド「ふるさと」宛に届けられる。自ら「心の故郷」と言うほどのソープランド好きで、千人以上抱いていると称している。無類の女好きで、ジャリパン(路上売春婦)とセックスしながら運転する事もあった(第8作のオープニングのラスト)。マドンナに自己紹介する時は「学者」(第6作)、「運輸省関係」(第3作)など職業を偽る(あるいは見栄を張る)クセがある。一人称も「僕」に変わる(普段は「俺」)。マドンナの前でトイレ、ソープなどのネタが振られた場合、「下品な!」と一蹴しており、普段の性格とまるっきり反対の行動となっている。マドンナにはほぼ毎回一目惚れしている(第9作のみ例外)が、ほぼ毎回振られている(第5作のみ例外)。振られる原因は、桃次郎自身の言動や行動が、マドンナの想いを後押ししている場合がある。振られることがハッキリした時は、マドンナと恋人の仲を取り持つ方に回ることもある。この他、第2作では杉本千秋(演:加茂さくら)と赤塚周平(演:なべおさみ)をジョナサンと共に取り持っている。また、ライバルとの喧嘩の結果、第3作では浜村涼子(演:土田早苗)と大熊田太郎次郎左衛門(演:梅宮辰夫)の、第5作では江波マヤ(演:夏樹陽子)新村譲治(演:千葉真一)の橋渡し役ともなっている。東北の寒村の生まれだが、小学生の時にダム建設のため一家は村を追われ、父親の知り合いを頼って青森県下北半島へ移る。にわか漁師となった父親は、下北へ移って間もなく海難事故で死亡。その後、母親と妹と3人で極貧の中生き抜いてきたが、母親もその後病死している。妹は生死不明で、劇中でも殆ど語られる事はなかった。上記は第8作で語られたものだが、第2作では「母親がいない」という父子家庭だったと語っている(兄弟については説明なし)。自分の生まれ故郷がダムの湖底に沈んで無くなってしまった為か、「故郷」というものに対する想いは人一倍強い。性格に似合わず、泳げない(いわゆるカナヅチ)ばかりか、犬(特に土佐犬)や馬も苦手である。松下 金造(まつした きんぞう、演:愛川欽也)。桃次郎の相棒。妻帯者で子沢山。行灯は「やもめのジョナサン」(当時ヒットした映画「かもめのジョナサン」のパロディ)。クレジットの定位置はトメ(最後)となっているが、ライバル俳優がトメに回る場合(第5作の千葉真一と第6作の若山富三郎)は2番目にクレジットされている。クレジットは「ヤモメのジョナサン」とカタカナの場合がある(第2・6-8作)。性格は温厚で明るく人情家。津軽出身。元警察官で、かつては鬼代官ならぬ「花巻の鬼台貫(だいかん)」と恐れられた。パトカーの酔っ払い運転で懲戒免職になり、トラック野郎になる。運転手仲間やウエイトレスなど、ある程度親しい男女からは「ジョナサン」と呼ばれることがほとんどで、「ジョナサン"さん"」とは呼ばれない。玉三郎を除き、本名(苗字)で呼ぶことは稀である(第4作の序盤での運賃の支払い場面や、第8作の金融会社、第9作の上松運送のシーンなど、改まった場面のみ)。家族からは「父ちゃん」と呼ばれている。苗字の「松下」は、愛川が出演した松下電器産業(現:パナソニック)のラジカセのCM内でのセリフ「あんた、松下さん?」にちなむ命名で、(当時の)日本一の金持ちである松下幸之助にあやかっている。第3作以降、松下電器のツナギを着用している場面もあるが、「電器」の文字にそれぞれ「×」で消し「運送」と書き込んでいる。また、第7作では松下運送の社歌を歌ったが、松下電器の社歌の替え歌である(車体にも書き込んでいた)。普段の衣装は虎縞の腹巻が定番(帽子は第2作から)。男女の仲を取り持つのが得意だが、桃次郎とマドンナの仲は取り持てていない。仲を取り持った例は、以下の通り。この他、第2作では杉本千秋(演:加茂さくら)と赤塚周平(演:なべおさみ)を、桃次郎と共に取り持っている。また、第3作では浜村涼子(演:土田早苗)と大熊田太郎次郎左衛門(演:梅宮辰夫)の仲を取り持つきっかけも作った。行灯は「やもめ~」(寡夫)だが、家族からは文句がついたことがない(川崎の自宅前に駐車する他、何度も家族旅行で使用している)。のみならず「花嫁募集中」の行灯まで存在する。マドンナや意中の女性の前では「妻とは死別」、「妻は出て行った。原因は子供が出来なかったこと」などと寡夫と称して口説こうとする場面がある。トラック「やもめのジョナサン号」は公称4トン半の積載量である。デコトラとしての特徴としては、車体側面に大きく一万円札が描かれていることが挙げられる。運転席の背面にも一万円札ならぬ一億円札を何枚も印刷したデザインのカーテンが引かれている(第2作まではヌードパネルだった。回転式であり、自宅に留める際は背面の家族写真にひっくり返している)。行灯にも「聖徳」、「太子」(当時の一万円札に使用されていた)があるほか、「現金輸送車」、「日本銀行御用達」なども設置されていた(無論、荷は魚か野菜、果物ばかりで、現金を輸送するシーンはない。日本銀行とも無縁だった)。企画は1作目のみ単独、以後は連名。脚本は全作共同脚本(連名)である。予告編でのキャッチコピーは以下の通り。桃次郎・ジョナサンの地元である川崎市は、『突撃一番星』を除いた全ての作品に登場するため一覧からは除外した。また、第10作のみダブルマドンナである。1980年(昭和55年)に放送された特撮テレビドラマ『電子戦隊デンジマン』第8話「白骨都市の大魔王」は、東映大泉撮影所そのものをロケ場所にしており、第10作「故郷特急便」(1979年12月公開)仕様の一番星号が資材置き場に放置されているシーンが視聴できる。一番星号はレストア(復旧のための修理)が行われ現存している。2007年には、第9作『熱風5000キロ』仕様の一番星号のレプリカ車が製作された。一方、ジョナサン号は所在を転々とした後、何者かによる解体(盗難とも)で車両は現存しない(1994年頃までは荷台箱のみ現存していたが、2000年代に入る前に処分されている)。2010年に群馬県にあるトラックパーツショップ「トラックパーツ歌麿」の手によって一から製作したジョナサン号(第9作仕様)が復活し、公式ウェブサイトでは『カミオン』誌に掲載した紙面とともに掲載された。ゲスト車両では、第10作で垣内竜次の運転したトラックのコンテナが、後年フジテレビの『西村雅彦のさよなら20世紀』の企画で爆破された。東映は、1981年に新しいトラック野郎に黒沢年男を起用して『ダンプ渡り鳥』を公開するが、本作と比較すると興行は芳しいものとは言えなかった。1990年代に『新トラック野郎』としてシリーズを復活させるという企画が持ち上がり、『トラック野郎』第6作から第9作の脚本を担当した掛札昌裕が脚本を書いた。「主役は桃次郎ではないが二人組。トラックとよくすれ違う、60代の男が運転する謎の自家用車が出てきて、実はそれがもう余命いくばくかもない奥さんに日本全国を見せるために走っている事だっていうのが最後に分かる」という話。これを岡田茂に見せたところ、「お前、気が狂ったんじゃないか?」と一喝され却下されたという。後に掛札はジョニー大倉が主演のオリジナルビデオ『爆走トラッカー軍団』シリーズ(ケイエスエス)の全作で脚本を手がけている。1978年12月に、シリーズ初のテレビ放送が行われた。第1作『御意見無用』が「土曜ワイド劇場」の特別篇として2時間拡大版として放送された(当時は1時間半枠)。翌年に第2作から第4作までが、ゴールデンタイムに順次放送されていった。当時は、東映がテレビ朝日の筆頭株主だった(現在は2位株主)関係で、1980年代の中期ぐらいまでは、よく放送されており、特に年末年始は必ずといっていいほど放送があった。また、1990年代初頭まではTBS土曜午後の映画枠(『土曜映画招待席』)の常連でもあった。2014年9月以降よりBS-TBSにて定期的に放送されている。近年の地上波ではほとんど放送されていない。ただし、2010年代に入って本作の主人公である桃次郎とジョナサンを演じた菅原文太と愛川欽也が鬼籍に入った後は、その追悼として放送された(シリーズ終了後の話題(2000年代以降)参照)。玩具メーカーのバンダイ(現:バンダイ・ホビー事業部)が版権を獲得し、発売した模型(1/48スケール)も月に10万台も売れる大ヒットとなった。モーターライズで、プラモデル初心者にも作りやすいキットだったが、2010年代は店頭で見ることが稀になってしまったぐらいの貴重品である。『天下御免』のオープニングでは、これで遊ぶ子供たちが登場している。またそのバンダイの関連会社で、後にバンダイに吸収されるポピーのミニカー玩具「ポピニカ」から、『爆走一番星』・『天下御免』・『度胸一番星』にそれぞれ登場した桃次郎のトラックをキット化して発売した。いずれも乾電池によりキャビンとコンテナが光るギミックが搭載されている。この他にも、ポピーの関連会社「ロビン」から、ポピーの主力商品「超合金」と同じ素材で作られたダイキャスト製バッジ「超合金バッジ」にも、本作のトラックを象ったバッジが発売された。また、1978年には、ポピーがスポンサーとなったテレビアニメ『闘将ダイモス』(トレーラーが巨大ロボットに変形する)が放送され、玩具も販売された。1980年代に全長約55センチという1/20スケールの超大型モデルも登場し、映画が終了して30年近く経つ現在2000年代でも販売されているロングセラー商品となっているが、後述のアオシマから1/32スケールのモデルで発売された2009年以降店頭に並ぶことは皆無に等しい。トラック野郎の版権を持つことが出来なかった青島文化教材社(以下アオシマ)は、「デコトラ」(商標を持つ)のシリーズ名でコンスタントにアートトラックの模型を発売しており、2009年には一番星号(『故郷特急便』版)が1/32スケールのキットとして初モデル化された。その後、『熱風5000キロ』版、『突撃一番星』版、『男一匹桃次郎』版、『天下御免』版、『一番星北へ帰る』版、5作目の『度胸一番星』版がモデル化されている(2015年現在)。他にも当時の映出車であるコリーダ丸(2007年及び2012年)、龍馬号(2007年)や、6作目のライバル車両である「袴田運送」(ただし一部実車とは異なる)などがモデル化されている。さらに、その他、チョロQや光るRCカー(1/32スケール)が新たに発売されており、2010年代もなお根強い人気を保っている。
出典:wikipedia
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