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板橋駅

板橋駅(いたばしえき)は、東京都板橋区板橋1丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。駅番号はJA13。線路名称上の当駅を通る路線は赤羽線であるが、運行系統上は埼京線として案内される。特定都区市内制度における「東京都区内」に属する。正式な所在地を板橋区内に置く、唯一のJRの駅である。北区滝野川・板橋区板橋・豊島区上池袋の境に存在し、西口(板橋口)が板橋区に、東口(滝野川口)が北区に、ホームの大半は豊島区にある。島式ホーム1面2線を有する地上駅。指定席券売機(営業時間は5時30分から23時)、自動改札機が設置されている。ホームと改札階を結ぶ階段は十条側の1ヶ所にしかないため、当駅利用客の乗車位置が均等にならない傾向があることから、埼京線で最も混雑の激しい1号車(大宮・川越寄り先頭車)のさらなる混雑に拍車をかけている。また、池袋方面の最後尾とホームは、広く開いている。これは、少しだけカーブしているためである。駅は盛土構造になっており周辺市街地を分断しているが、ホームの十条側に地下通路が、また改札外のホーム中ほどにはトンネル状の自由通路があり、駅の東西をつないでいる。当駅は隣駅の十条駅と共に「通過禁止駅」に指定されている。(出典:JR東日本:駅構内図)西口コンコースと大宮方面線路の間には「板橋訓練所」があり、レール、警報機、信号機が設置されている。1999年までは日本貨物鉄道(JR貨物)の貨物駅でもあった。貨物取扱が行われており、当駅を起点とした列車の設定もあった。当駅の池袋側、豊島区上池袋4-30(現在のソフトバンクテレコム新東京センター)、4-31(同、プラウドシティ上池袋)には1990年代後半まで住友セメントの工場があり、当駅からの引き込み線 (0.3km) を介してセメントや砕石の輸送が行われていた。駅のホームからは、列車に使用される機関車(EF65形・DE10形)や、東武鉄道と西武鉄道から乗り入れる貨車などを見ることができた。東武鉄道は葛生駅と高坂駅。西武鉄道は所沢駅・吾野駅・東横瀬駅へ輸送されていた。東武向けの場合、下板橋連絡線が廃止されると高坂方面が隅田川駅に発着変更のため消滅。葛生方面が最後まで残っていた。なおこれらの列車は国鉄車の他トキ1形無蓋車で乗り入れていた。西武向けでは同社保有トム形と国鉄トラ55000形で運転されていて、池袋で西武池袋線へ直通し所沢・吾野・東横瀬へと運転されていたが、武蔵野線が開業すると間もなく中継が池袋と国分寺を新秋津集約(秋津 - 新秋津間の連絡線経由へ変更)したことで発着が中央線酒折に変更して消滅した。1970年代前半まで、板橋付近と東武東上線下板橋駅間の連絡線が存在し国鉄と東武の貨物中継のほかに当時の車両メーカーより回送された新車の受け渡し(車輛受領)がここでも行われていた。東上線車が対象で、ここから東武電気機関車との付け替えで当時の川越電車区(現在は工場)まで牽引輸送していた。旧型電車から東武8000系電車非冷房車までがこれに当たり、熊谷貨物ターミナルへ集約されるまでは川越駅とここで受け渡しをしていた。これらの点で東武鉄道向け新車が少なからずも現在の埼京線に当たる区間で走っていたことになる。1996年の工場閉鎖に伴い貨物取扱が廃止され、赤羽線を走行する貨物列車が消滅した。折しも、隣の池袋駅では列車増発のための線形改良事業が構想されていたが、貨物列車の運転終了により同線の勾配に関する制約が緩和されたことから、当初は池袋駅の南側で当線と山手貨物線が立体交差する構想を、同駅の北側で交差する構造に変更した。この事業の完了にともない、両線の平面交差支障解消および、埼京線と湘南新宿ラインの同一方向同一ホーム化が実現した。"※線形改良の詳細は、池袋駅#日本鉄道・国鉄・JR線ホームの変遷を参照。貨物列車が発着していた2番線隣接部は、貨物取扱廃止後に大半のレールが撤去されたが、クロッシングポイントの一部と入換用の表示機など設備の一部が残っている(2012年2月現在)。2015年度の1日平均乗車人員は33,056人である。近年の推移は下記のとおり。JR貨物の貨物取扱停止までの推移は下記のとおり。以下の駅が徒歩圏内にあり、乗り換えが可能である。連絡乗車券は発売されていないが、2010年3月13日現在、当駅と新板橋駅を介する連絡定期券が発売されている。

出典:wikipedia

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