酒井 若菜(さかい わかな、1980年9月9日 - )は、日本の女優、作家、元グラビアアイドル。本名および旧芸名、酒井 美幸(さかい みゆき)。栃木県下都賀郡野木町出身。ムーン・ザ・チャイルドを経てエーチーム所属。左利き。1995年7月デビュー。本名の酒井美幸でデビューしたが、同時期に同音異字の酒井美雪がデビューしたため、芸名を酒井若菜に変更した。「若菜」は、当時プロフィールの写真撮影を担当したカメラマンの妻の名前が由来である。当初はグラビアをメインに活動していた。1997年に第8回ヤングジャンプ女子高生制服コレクション準グランプリ、1999年に日テレジェニック'99に選ばれ、グラビアの登場、出版した写真集共に非常に多く、グラビアアイドルとしては一定の知名度を得た。グラビアアイドル時代は栃木の実家から「通勤」していた。1997年に『サイコメトラーEIJI』で女優としてデビュー。2002年頃から女優業をメインに活動し、特に『木更津キャッツアイ』のモー子、『恋の門』の証恋乃など特異なキャラクターにおいて演技力を発揮して、数々のドラマ(特に『木更津キャッツアイ』以降の宮藤官九郎作品において)やテレビCM(東京ガス「女の小野妹子」編)にて高い評価を得ている。サスペンスでのシリアスな役もこなせる演技派である。2000年4月から公式サイトで月替わり有料コンテンツ「酒井若菜診断室」を提供していた。グラビアアイドル時代はロケ撮影による100枚程度の画像や映像、掲示板があり、女優に転身した後はオフショットや本人のエッセイなど、継続利用特典として本人のトークを提供していた。所属事務所の公式サイトリニューアルに伴い、2006年8月を最後に有料コンテンツの提供は休止された。2005年6月には、抜擢が決まっていたゴールデンタイムの連続ドラマ初主演を蹴ってまで出演を決めた初舞台となる大人計画『キレイ〜神様と待ち合わせした女〜』を本番直前にして急遽降板、急性胃腸炎による体調不良が原因と報じられた。闘病のためとして、約1年間にわたり芸能活動を休業することとなった。休業からの復帰後は脇役ばかりで仕事に恵まれず、後に「地獄のような日々」だったと振り返るように女優業は低迷、一方で女優業と並行して小説、エッセー集を発表するなど文筆業にも力を入れるようになった。2009年2月にエーチームへ移籍。同年11月11日、久しぶりのグラビア復帰で写真集『月刊 酒井若菜』を発売した。公式ブログで「久々の写真集です。たぶん数年ぶりにして最後の写真集になるから、お見逃しなく」と綴っていた。2013年9月8日には約10年ぶりとなるグラビア写真集『I LOVE YOU』を発売し、発売記念イベントにおいて「前回も最後の写真集と言っておきながら、出しちゃったからもしかしたらまたあるかも」と語っている。2010年には念願叶ってNHK大河ドラマ『龍馬伝』に近藤長次郎の妻・お徳役で出演、2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』や2015年の連続テレビ小説『マッサン』などにも出演した。一方で、2013年3月には作・演出の鈴木おさむ直々のオファーにより鈴木おさむ劇場 第2回公演『イケナイコトカイ?』で8年半振りの初舞台出演を果たした。2016年のフジテレビ系『火の粉』にゲスト出演した際には、役作りのために前歯を1本抜歯する「女優魂」を見せて話題となった。2016年2月25日発売の対談・エッセー本『酒井若菜と8人の男たち』の中で、膠原病の闘病中であることを明らかにした。2008年6月20日に小説『こぼれる』を発売し作家としてデビュー、22日に握手会が開催された。これはブログ本を出版する話が転じて執筆を始めたものである。小説『こぼれる』の装画は実姉が描いている。2012年5月12日にエッセイ『心がおぼつかない夜に』を発売した。公式ブログで「眠れない夜、悲しい夜、寂しい夜、不安な夜。とにかく夜に読む専用の本。」と綴っている。帯文は水道橋博士が人生のスローガンのお裾分けとして書いている。2013年1月25日より、BOOKSTAND(ブックスタンド)配信の有料メールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』にて、コラム「酒井若菜の『くよくよしたって始まる!』」を連載中。2016年2月25日には芸能界で親交のある男性8人との対談をまとめたエッセー集『酒井若菜と8人の男たち』を発売した。文章を書くことについて「自分の中で欠落している部分を補う絆創膏のようなもの。書くことによってバランスを取っているのだと思う」と語り、「執筆活動との相乗効果で女優業が伸びていってくれれば」と、女優業との両立を目指している。
出典:wikipedia
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