朝鮮労働党(ちょうせんろうどうとう)は、朝鮮民主主義人民共和国の執権政党である。朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法第11条には「朝鮮民主主義人民共和国は、朝鮮労働党の指導の下にすべての活動を行う」と規定されており、朝鮮労働党は国家の行政機構より上位にあって、事実上の一党独裁制を堅持している。朝鮮労働党の指導性を認めている衛星政党として、朝鮮社会民主党と天道教青友党がある。朝鮮労働党の党員は約300万人と推定されている。朝鮮労働党の党員数は、北朝鮮の人口約2200万人のおよそ7分の1を占める。北朝鮮では、公職や企業・団体において要職につくためには党員であることが必要とされる。朝鮮語表記では「」(チョソンロドンダン、公式な漢字表記はないが漢字では「」と表記)。大韓民国では「北韓労働党」(「」()、プッカンノドンダン)と呼ばれている。なお、「労働党」部分の読みに南北間で違いがあるのは南北で頭音法則が適用されているかどうかの違いによるものである。英語名称について朝鮮労働党はWorkers' Party of Korea(WPK)という表記法を使用する。しかしCNN、BBC、CIAなど欧米諸国のメディア・機関はKorean Workers' Party(KWP)を使用することが多く、日本の英字新聞などもこれに倣うことが多い。1945年10月10日、朝鮮共産党北部朝鮮分局として発足(党創設記念日)。1946年8月、朝鮮新民党を吸収し北朝鮮労働党となる(第1回党大会)。1949年6月30日に南朝鮮労働党(南労党)と合併し、金日成を党中央委員会委員長に選出、「朝鮮労働党」となる。もともと朝鮮労働党は共産主義者系独立運動の連合体の性格があったが、1953年には領袖の朴憲永を始めとして南労党派の主要な構成員が「アメリカのスパイ」などの容疑をかけられて逮捕され、粛清された。また、1956年には8月宗派事件が起こり、ソ連派や金枓奉らの延安派(中国派)が粛清され壊滅した。金日成のライバルの粛清と並行して金日成に対する個人崇拝が強化されていった。1966年10月の第2回党代表者会で自主路線を定式化してイデオロギー的にソビエト連邦・中華人民共和国から自由であることを謳い、1967年5月の第4期党中央委員会第15回総会では唯一思想体系の確立が強調された。すなわち、唯一思想体系とは党を創建し指導する首領の思想であり、党内には唯一思想体系以外の思想は存在しないというものである。この場合、首領とは革命のリーダーを意味し、金日成を指す。同年6月の第4期党中央委員会第16回総会では首領論が提唱されて、革命のリーダーである首領が指導政党である朝鮮労働党の上位に位置づけられ、朝鮮労働党は首領に従属する存在とされた。その後、金日成指導部は北朝鮮独自の主体思想(チュチェ思想)を掲げ、「首領は脳髄、党は神経、人民は細胞」という有機的国家論を唱えた。国内パルチザン派とも呼ばれた甲山派は1967年8月に領袖の朴金喆が反党・反革命分子として批判を受けて抗議のため自殺を図るなどし、多くの構成員は粛清され壊滅し、金日成を領袖とする国外パルチザン派とも呼ばれた満州派が党内の主導権を確立していった。そうしたなか、1930年代に金日成が行った抗日パルチザン闘争のみが朝鮮の革命運動で唯一正当な闘争であるという「革命伝統」が主張され、それ以外の革命の歴史は否定された。革命伝統のなかでとりわけ強調されたのが、抗日パルチザンの首領である金日成への「無限の忠誠心」であり、首領の指示を最後まで貫徹する「革命的規律」であった。そして、首領の革命伝統を継承することこそが後継者の条件であるとされ、一方で革命伝統を金日成の家系に遡及し、金日成の家族に対する崇拝が強調される。かくして1970年代に入ると、息子の金正日への権力継承が始まる。金日成は1994年7月に死去し、党の最高職である中央委員会総書記(1966年10月の第2回党代表者会で党機構の改組が行われ、党中央委員会委員長に代わって設置。金日成が総書記に就任していた)はしばらく空席だったが、1997年9月に金正日が党総書記に就任する。党大会は、金日成時代の1980年10月10日以降、2016年5月6日の第7回党大会まで36年間開かれなかった。6ヶ月に1度開かれることになっている中央委員会総会の開催も、近年は公表されなくなるなど、支配組織としての形骸化が指摘される。これは「先軍政治」(軍事優先政策)を掲げる金正日がもはや党ではなく、朝鮮人民軍のみを信頼の対象にしているからだとされる。主体思想を打ち出すようになってからも、他の社会主義国の執権政党と同様、マルクス・レーニン主義を指導理念として掲げ、主体思想はそれを発展させたものであるという解釈をしていた。しかしソ連や東欧で社会主義政権が相次いで崩壊すると、主体思想の独自性の強調が強まった。そして、金正日が総書記に就任した1997年頃から「先軍政治」をかかげるようになり、一般的なマルクス・レーニン主義では前衛党が社会主義建設を指導するにも関わらず、軍を社会主義建設の主力とみなし、正当化するための理論構築を始めた。2010年9月28日の第3回党代表者会で採択された党規約では「社会主義」や「マルクス・レーニン主義」は残されたものの、「共産主義」は削除され、「先軍政治」が新たに明記された。2011年に金正日が死去した後、後継者となった金正恩が総書記の地位を継ぐと見られたが、金正恩は2012年4月11日に開催された第4回党代表者会において新たに党の最高職として設けられた第一書記に就任し、金正日は「永遠の総書記」として位置づけられた。2016年5月に開催された第7回党大会において、党第一書記に代わる役職として「党委員長」が設けられ、金正恩が党委員長に就任した。この党大会で改正された規約では「マルクス・レーニン主義の革命的原則の堅持」「社会主義計画経済」が明記されるなど金正恩体制は金日成時代への回帰を目指してるとされる。朝鮮労働党の諜報機関は、互いに似た名称で、活動の発覚後はしばしば名称を変更するため正確な把握が難しい。2016年時点では、統一戦線部が党の情報・諜報機関として確認されている。かつて党の情報・諜報機関として、作戦部、統一戦線部、対外情報調査部、対外連絡部が存在しており、庁舎が平壌特別市牡丹峰区域戦洞労働党3号庁舎に位置するため、総称として「3号庁舎」と呼ばれていたが、2009年の情報機関改革で、作戦部と対外情報調査部は軍総参謀部偵察局と統合されて朝鮮人民軍偵察総局として拡大改編された。また対外連絡部は内閣所属の第225部に格下げされた後、統一戦線部の傘下機関として党の所属に復帰している。党規約2条に「朝鮮公民として党の唯一思想体系と唯一的領導体系を堅く支持し、党と首領、祖国と人民のために献身的に闘争し、党規約を遵守しようとする勤労者」が入党することができると定められている。運用としては、原則18歳以上の共和国公民(国民)に加え、北朝鮮国籍を選択するか旧朝鮮籍を有しなおかつ朝鮮総聯会員である在日朝鮮人も、共和国公民の扱いを受けるため入党の資格を有する。他国の共産党と同様に、入党を希望する者は2年以上の党歴を持つ党員2名の推薦を受けて党細胞(末端組織)に申し込む。ただし、金日成社会主義青年同盟に参加している者は、地元の市・郡の青年同盟委員会の保証書を提出すれば、推薦党員は1名で済む。組織がそれを受理すると、原則として1年間党員候補として扱われる。党員候補期間を経過すると再び審査を受けて、通過すれば、党細胞総会において正式に入党が決定される。なお、1年間の党員候補期間中に受け入れ態勢が整わなかった場合は最大2年まで候補期間を延長でき、申し込みから2年経過しても入党を決定できなかった者は除名される。逆に、祖国帰還事業で北朝鮮に渡った元日本共産党員などのように、特殊な事情がある場合は党員候補期間を経ずに直接党員となる可能性もある。実際には10代で入党申し込みができる人は極めて稀で、20代前半でも金日成総合大学、金日成軍事大学で優秀な成績を収めた政府・軍の幹部候補生や現幹部の子息などに限られ、一般市民の多くが入党できるのは、兵役を終わる20代後半以降になる。10代で党員になった者としては、金正日が金日成総合大学1年在学中だった19歳の時に入党を認められた例がある。毎日新聞OBの重村智計は著書で「労働党員になれることは特権集団に仲間入りすることを意味する。また、北朝鮮における出世の第一歩である。党員になると、食糧の配給量から住宅、医療施設、休暇や旅行証の発行などで特別の扱いを受ける。北朝鮮ではいかに早く党員になれるかで人生が決まる」と指摘する。また重村は、「出身成分の悪い人はまず党員申請もできない。核心層以外は党員になるのはまず難しい」とも指摘している。党員は、毎月の収入の2%に相当する額を党費として納めなければならない。2010年9月28日の第3回党代表者会および中央委員会総会で選出された幹部は以下の通り。2012年4月11日の第4回党代表者会で選出および再選された幹部は以下の通り。第4回党代表者会以降にその人物の役職の変更が確認された場合、若しくは新たな人物が就任した場合は、その内容を注釈に記述した。2016年5月の第7回党大会で選出された幹部は以下の通り。日本の最大野党であった日本社会党(現在の社会民主党)とは、長年に渡り友好政党として親しい関係を保っており、党首を含む多くの日本社会党議員が北朝鮮を訪問し親交を温めていた。また、日本の教員・学校職員による労働組合の連合体である日教組は、支持政党の日本社会党が朝鮮労働党との関係を強化した1970年代から北朝鮮との連帯を強調した時期があり、訪朝団の派遣や北朝鮮の指導者に対する賛美を行った。
出典:wikipedia
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