はまかぜは、西日本旅客鉄道(JR西日本)が大阪駅 - 香住駅・浜坂駅・鳥取駅間を東海道本線・山陽本線(JR神戸線)・播但線・山陰本線経由で運転されている北近畿ビッグXネットワークを形成する特急列車。播但線経由で運転されていた優等列車の沿革についてもここで記述する。主に兵庫県の但馬地方と県西部の姫路市、神戸市や大阪市を結ぶ役割を持つ列車である。福知山線経由の特急「まつかぜ」の補充列車および、姫路駅での新幹線連絡も兼ねて、1972年に新大阪駅・大阪駅 - 鳥取駅・倉吉駅間を播但線経由で運転を開始した。特急「はまかぜ」以前には房総地区の臨時列車に「浜風」が設定されていた。2006年3月18日の寝台特急「出雲」の廃止後、余部橋梁を通過する特急列車はこの「はまかぜ」のみとなった。列車名は、1955年に国の天然記念物に指定され、日本最大の砂丘である鳥取砂丘に吹き付ける「浜風」から採られている。2016年3月26日現在の運行概況は以下の通り。大阪駅 - 香住駅間(3・6号)・大阪駅 - 浜坂駅間(1・4号)・大阪駅 - 鳥取駅間(2・5号)でそれぞれ1往復、合計3往復運転されている。このうち、3・6号は多客時は浜坂駅まで延長運転されている。また、大阪駅 - 浜坂駅間で臨時列車として1往復(81・82号)設定されている。2005年の4月26日から6月18日まではJR福知山線脱線事故の影響で新大阪駅 - 福知山駅間の特急列車が運休となり、振替輸送が必要となったため、臨時列車が新大阪駅 - 香住駅間で1往復(88・89号)運行されていた。キハ189系の投入と並行し、プラットホーム・信号機器など地上設備の整備事業が沿線自治体の負担で行われていたが、地上設備の改良工事の一部が完了したことにより、2012年3月17日のダイヤ改正からスピードアップを行い、所要時間が最大15分短縮された。列車番号は号数+Dで、大阪発が下り列車として奇数の番号を使用しており、列車番号は全区間で同じである。2016年3月25日まで、気動車列車で 1D の列車番号を付与される列車は「はまかぜ」1号が唯一であった。3・6号の延長区間(香住駅 - 浜坂駅間)は8000番台の列車番号を付与している。臨時列車の88・89号は9000番台の列車番号を付与し、88号が9058D、89号が9059Dとなっている。大阪駅 - 三ノ宮駅 - 神戸駅 - 明石駅 - 姫路駅 - 福崎駅 - 寺前駅 - 生野駅 - (竹田駅) - 和田山駅 - 八鹿駅 - 江原駅 - 豊岡駅 - 城崎温泉駅 - 竹野駅 - 香住駅 - 浜坂駅 - 岩美駅 - 鳥取駅2010年11月7日から京都総合運転所(2012年6月に吹田総合車両所京都支所に改組)に所属するキハ189系気動車が使用されている。グリーン車はなく、普通車のみの3両編成での運転を基本とし、そのうち1両または2両が指定席である。多客時には2編成を連結した6両で運転される。運転を開始した1972年から1982年まではキハ80系気動車が使用され、1975年までは倉吉駅発着列車には食堂車(キシ80形)も連結されていた。1982年からは、キハ181系気動車が使用されていたが、長期使用により老朽化が進み、2010年11月6日を最後に、キハ189系に置き換えられた。これによりキハ181系気動車による定期運用は消滅した。下記に詳述するほか、急行「味めぐり浜坂」「味めぐり但馬カニスキ」も1998年度まで運転されていた。また、シュプール号(「シュプール神鍋・鉢伏」)やマリン列車として「但馬ビーチ」「マリンはまかぜ」(大阪駅 - 鳥取駅間)も運転されていたことがあった。カニのシーズンを迎える11月から3月にかけて、JR西日本から発売されている駅長おすすめ駅プラン「かにカニ日帰りエクスプレス」期間中は、特急列車の利用が多く見込まれるため、1999年から期間中の土曜・休日を中心に定期列車の補充として、1999年から「かにカニはまかぜ」が大阪駅 - 浜坂駅(2009年度までは香住駅)間で1往復運転されている。当初は展望室があるエーデル車両(キハ65形気動車)を使用し、2000年からキハ181系が使用されていたが、キハ181系による運転は2010年12月23日で終了し、2011年1月からはキハ189系で運転されている。「かにカニエクスプレス」では現在でも唯一運転されている列車である。2010年度から運転区間が浜坂駅まで延長された。以前から地元から延長の要望があったものの、余部橋りょうで強風による運行規制が頻発していたため、「安定的に運行できない」との理由で実現していなかったが、2010年8月に余部橋りょうがコンクリート製の新橋に架け替えられたことにより解消し、浜坂駅まで延長運行が行われるようになった。停車駅は基本的に浜坂駅発着の「はまかぜ」と同じで、「はまかぜ」が冬季のみ臨時停車する加古川駅・佐津駅にも停車するが、生野駅・八鹿駅・江原駅は上下とも停車しない。「カニスキ号」として運転されていた列車を1991年度から名称が変更され、急行「味めぐり但馬」として運転を開始、1999年度から2004年度まで「かにカニ但馬」として、大阪駅 - 浜坂駅間で運転されていた。使用車両は、1999年度は14系200番台客車(リゾート&シュプール車両、展望室付き)、2000年度はキハ65形のリゾート車両が充当された。2002年度からは特急列車化された。営業上の特例として、大阪駅・尼崎駅 - 和田山駅間を途中下車しなければ播但線経由で乗車しても福知山線経由の運賃・料金が適用される列車特定区間が適用される。これは、もともと「はまかぜ」・「但馬」が「まつかぜ」・「だいせん」・「丹波」の補完目的で設定されたことに由来している。1986年11月1日に「まつかぜ」などが廃止され、「北近畿」→「こうのとり」に移行してからは、制度本来の主旨とは異なるものの、ほかの大阪・神戸と但馬地方・鳥取県東部の直通特急列車が1989年3月11日の「エーデル鳥取」設定まで一旦失われたことへの救済という性格を持つことになった(和田山駅 - 城崎温泉駅間に限れば、対大阪で福知山線経由の列車と当列車の両方を引き続き利用でき、また、1989年3月10日まで大阪〜鳥取間で姫新・因美線経由の急行「みささ」が利用できた)。しかし、1994年12月3日に智頭急行線が開業して「はくと」「スーパーはくと」が運行を開始すると阪神地方と鳥取県東部との間の往来はもっぱらそちらに移り、当該区間の旅客への便宜という意義は本制度からはほぼ失われた。ただし、但馬地方(特に城崎温泉以西)と大阪方面の往来客にとっては本制度はいまだ有用である。兵庫県南部(大阪湾側)の神戸市と、北部日本海側の豊岡市を結ぶ快速列車として1952年に運転を開始。京都駅や大阪駅から北近畿方面に準急列車が運転されるようになると、1960年に準急列車化された。「但馬」は準急化にあわせて蒸気機関車牽引の客車から気動車の運転に変わり、神戸駅 - 豊岡駅間では2時間台で結ぶようになった。1965年に同一経路で運転されていた準急「ゆあみ」を統合することにより、1966年には4往復で運転されるようになった。この本数のまま、1966年に急行列車化されるが、1972年に特急「はまかぜ」の運転開始にあわせて、2往復にグリーン車が連結されるようになるが、一部列車の一部区間で普通列車として運転されるようになった。利用客の減少によって、1989年3月11日には姫路駅 - 豊岡駅・鳥取駅間の運転に短縮され(この時にグリーン車の連結は取り止め)、1996年3月15日に廃止された。城崎温泉への観光客輸送列車として1953年に大阪駅 - 城崎駅(現在の城崎温泉駅)間で快速列車として運転を開始し、阪神間からの利用が便利であることとから大好評であった。1958年に準急列車化されるも、「たじま」と同一経路であることから1965年に「但馬」に統合されて廃止された。1971年には大阪駅 - 鳥取駅間(播但線経由)で臨時特急が運転された際には「ゆあみ」の列車名で運転された。「はまかぜ」の運転開始前の慣らし運転的意味あいも兼ねていたとされる。列車名は、「入浴」の雅語的な表現が由来となっている。
出典:wikipedia
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