EF64形は、日本国有鉄道(国鉄)が1964年に開発した、勾配線区用向け直流電気機関車である。1960年に国鉄の大型電気機関車としては最初の近代化形であるEF60形が完成して以後、本線の列車牽引用としては東海道・山陽本線向けのEF61形と信越本線用のEF62形・EF63形が開発されていた。EF60形・EF61形は平坦路線牽引用、またEF62形は信越本線横川駅 - 軽井沢駅間の国鉄最急勾配に対応した本務機、EF63形は碓氷峠用補機という特殊設計となっており、他の一般勾配路線では、EF62形・EF63形が備える急勾配用の装置は必要としなかった。しかし一方で、奥羽本線の板谷峠(1949年に直流電化、1968年に交流化し当形式は撤退)越え区間や、中央本線など、20パーミルから33パーミル程度の中勾配区間に対応する発電ブレーキ搭載の新型F級電気機関車が必要とされる直流電化路線も多く、これに対応するために開発され1964年に登場したのが本形式である。1964年から1976年の間に基本番台(1 - 79)が79両、1980年から1982年の間に大幅な設計変更を行った1000番台(1001 - 1053)が53両の計132両が製造された。※全車に共通的な事柄のみ記す。重連運転を行うことからEF62形・EF63形と同様の前面貫通形となっているが、前面窓部分の傾斜をなくしているためEF62形・EF63形とは若干印象の異なる前面形状となった。また本形式では車体塗装をぶどう色2号(茶色)ではなく、青15号に前面下半部のみクリーム1号の新塗装としている。従来は寝台特急列車牽引用のEF60形500番台のみが青色とクリーム色のツートンカラーであったが、本形式以降、直流新形電気機関車はすべてこの塗装が採用されることとなった。EF62形をベースに、軸配置を2軸ボギー3台車の一般的な配置「Bo - Bo - Bo」に戻し、併せて歯車比をEF62形の16:71=1:4.44から高速性能をやや重視した18:69=1:3.83に変更した。制御方式は、直列・直並列・並列の3段組み合わせ弱め制御である。制御装置として、電動カム軸式抵抗制御器(CS22)、電動カム軸式転換・バーニア制御器(CS23)、電動カム軸式界磁制御器(CS24)を搭載する。勾配区間での空転・滑走対策としてはEF62形を基にした主回路の橋絡渡り接続、ノッチ細分化や軸重補償が採用された。主電動機は設計当時の国鉄電気機関車で標準的に採用されていた直流直巻整流子電動機のMT52(端子電圧750V時1時間定格定格出力425kW)を6基搭載する。総定格出力は2,550kWである。重連運転を想定し、重連総括制御装置と正面貫通扉を備え、また下り坂での安全対策のため発電ブレーキを搭載する。発電ブレーキの特性上、本形式の逆転器は界磁電流の向きを変える界磁転換方式ではなく、電機子電流の向きを変えるという電機子転換方式を採用した。発電ブレーキはあくまで66.7パーミルでの運用を前提としたEF62形に対し、25 - 35パーミル前後の勾配で運用することを基本に編成重量に応じた均衡速度を選択できるものとなり、EF62・EF63形で採用した主電動機回路を短絡させる非常ブレーキ等、急勾配対策の特殊装備は省略されている。客車列車に使用するため電気暖房装置(EG)を搭載した車両と、未搭載の貨物列車専用機が存在する。勾配線用で発電ブレーキを常用する設計であることから、抵抗器の放熱を効率よく行うため、車体側面のエアフィルタ部の開口面積を大きく設計してあるのが特徴である。79両が製造された。台車は、同じ軸配置B-B-BかつMT52系電動機搭載のEF70形用をベースとした、DT120A(両端台車)およびDT121A(中間台車)を装着する。制御器用電源として、MH81B-DM44B二相交流式電動発電機を搭載する。交流60Hz、5kVAの容量を備え、交流24V、交流50V、交流100Vのほか、整流器を介して直流100Vを供給する。加えて、EG搭載機にはMH107A-DM69A電動発電機を搭載する。空気ブレーキなどで使用される圧縮空気を供給する電動空気圧縮機は、架線からの直流1,500Vを電源としたシロッコファン式の MH92B-C3000 を1基搭載する。冷却用の電動送風機は架線からの直流1,500Vを電源とし、主電動機用として MH91I-FK102 を2基、主抵抗器用として MH110-FK77 を6基搭載する。また、当初の投入区間が豪雪地帯である板谷峠であったことから、EF16形を参考に寒冷地対策も重視され汽笛はAW2形とAW5形の二種類を装備、台車の砂撒き管には凍結対策のヒーターを備えたほか、運転室前面窓上にはツララ切り、窓周囲には防護柵(プロテクター)取り付け用のボルトが備えられた。。なお、各製造次別の製造メーカー・EG搭載・新製配置・名目は下記表を参照。1000番台は1970年代末期に開発された国鉄最後の直流電気機関車である。上越線や高崎線で当時使われていたEF58形・EF15形・EF16形の置き換え用に1980年より投入された。ラストナンバーは1053号機である。性能は基本番台とほぼ同様であるが、各部仕様は基礎から再検討がなされたため、基本番台との差異は大きい。計画にあっては形式の変更もあり得たが、労働組合との間で新型機関車導入に関わる難しい折衝を行う必要があるので在来機のマイナーチェンジ(新規番台区分)扱いとした。主な投入予定線区である上越線の沿線が国内有数の豪雪地帯であったことから、雪害対策を特に重視し、車内機器配置方法は大きく変更された。車体側面の一端に大型のブロアールーバーがあり、ここが第2機器室、その前後が第1機器室、第3機器室と3分割にされた。主抵抗器とその送風機や主電動機送風機など冷却空気の必要な機器を第2機器室に集中して配置し、主抵抗器の排熱風をルーバーとその内側のフィルタの間に還流することで防雪対策としているほか、運転室の防音にも配慮している。第1機器室と第3機器室には発熱の少ない機器が配置されているが、主電動機送風機で室内をわずかに与圧することで粉雪や塵埃の侵入を抑止し、防雪・防塵対策としている。この結果、他の国鉄電機では見られない側面左右非対称の車体になった。耐雪装備を大幅に強化し、本形式基本番台やEF65形の一部、EF81形の一部に搭載されている発熱体付きの砂管は、通常の塗装では熱により塗膜が劣化、剥離するため、アルミ粉が含まれた耐熱塗料で塗装されている。制御装置は基本番台最終増備車に準じたCS22D抵抗制御器・CS23Dバーニア制御器・CS24C界磁制御器を搭載しており、1000番台・基本番台双方との重連総括運転が可能である。制御器および補機の動作用電源として、電動発電機はDM104ブラシレス直流電動機を採用してブラシレス化を行い、電気暖房用電源(EG)はサイリスタを使用したSC14静止形インバータとした。主抵抗器は基本番台のMR74では発電ブレーキ時の容量が不足することから新設計のMR146に、主電動機は電機子軸径とブラシ保持器改良などを図ったMT52Bに、集電装置はPS22B下枠交差式パンタグラフとなった。車体が長くなった結果、基本番台の台車では両端台車の首振り角および中間台車の左右動幅が不足するため、EF81形にて実績のある揺れ枕省略形のDT138・DT139に勾配途中での長時間停車時に使用するブレーキシリンダロック装置を追加した、DT138A(両端台車)/DT139A(中間台車)とした。空気ブレーキなどで使用される圧縮空気を供給する電動空気圧縮機は、MH3064A-C3000形を1基搭載する。これはEF66形0番台2次車と同様のものである。電動機などの冷却に使用する電動送風機は、主電動機用としてMH3084-FK144を、抵抗器用としてMH3085-FK145を、それぞれ1基ずつ搭載する。なお、2次車からは集電装置がPS22Cに変更され、上越線水上 - 石打間補機運用に充当する際、深夜に重連総括制御用ジャンパ連結器などを着脱する際の照明の設置が求められたことから、正面ジャンパ連結器上部に斜め下向きの作業灯が追加設置されている。2016年3月1日現在2015年4月1日現在このうち、37号機は実働する唯一の0番台である。2015年度までに64両(基本番台57両・1000番台7両)が廃車された。"※この書体は更新施工車"1964年から1965年にかけて落成した最初の12両は直流電化区間だった奥羽本線板谷峠越え(福島 - 米沢間)のEF16形置換え用として福島機関区に配置され、試運転を経て1965年10月からEF16形に代わり本格的な運用を開始、急行「津軽」に代表される客車列車、貨物列車の牽引だけでなく、同区間を通る気動車特急であった「つばさ」「やまばと」の前補機も務めたが、これらは1968年の同線交流化に伴い、全機が稲沢第二機関区に転出した。1966年から製造された基本番台増備車は甲府機関区・長野運転所・篠ノ井機関区・稲沢第二機関区などに配置され、主に中央本線・篠ノ井線で運用された。上越線への1000番台投入の前には乗務員訓練・営業運転などで、基本番台5両が長岡運転所に転出し上野 - 長岡間で急行「能登」や寝台特急「北陸」などを牽引するなど1000番台と共用されたが、計画両数が出揃った後に再び転配された。1000番台53両は落成時点では全車が長岡運転所に配置され、増備車が落成すると一部は高崎第二機関区(現・高崎機関区)に転出したが、いずれも上越線で使用された。1980年には伯備線電化に備え、基本番台の一部が岡山機関区に転出したほか、1987年には長岡運転所から1000番台も転出した。また1984年に青梅線・南武線の貨物列車で使用していたED16形の取替えのため基本番台・1000番台の一部が八王子機関区(現・八王子総合鉄道部)に転出した。58は1978年10月に長野県で開催されたやまびこ国体、77は1986年10月に山梨県で開催されたかいじ国体の際にそれぞれお召し列車を牽引した。お召し予備機の62とあわせて供奉車との電話用栓受けが設置されている。塗装は58は連結器および解放テコ・手すりなどが銀色に装飾されただけなのに対し、77は車体側面に白線が追加されているが、後の更新でJR貨物標準色となり、お召し機としての特徴を失った。1987年の国鉄分割民営化では本形式は基本番台・1000番台とも製造された全車がJRに承継された。貨物列車牽引用に使用されていた車両が多く日本貨物鉄道(JR貨物)に全体の85%に及ぶ113両(基本番台68両・1000番台45両)が、東日本旅客鉄道(JR東日本)に14両(基本番台6両・1000番台8両)が、東海旅客鉄道(JR東海)に基本番台3両が、西日本旅客鉄道(JR西日本)に基本番台2両がそれぞれ承継された。現在は定期運用を持たず、臨時列車・ジョイフルトレイン・工臨・配給列車(#電車牽引用特殊装備の設置も参照)で運用される。以前は寝台特急牽引の定期運用があった。運用区間はいずれも上野駅 - 長岡駅間で、民営化時は「北陸」と「出羽」を担当。1990年9月からは「鳥海」が加わり3往復体制になるが、「出羽」・「鳥海」は1997年3月までに廃止。本運用は1000番台が充当されていたが、2009年3月14日から冬季定時性確保のため「あけぼの」がEF81形より振り替えられ、翌2010年3月12日の「北陸」廃止までの1年間だけ0番台(37・38)も運用に投入された。その後37・38は高崎車両センターへ戻り、1000番台が2014年3月14日の「あけぼの」の廃止まで担当した。2015年には、1052・1053が長岡車両センターから高崎車両センターへ転属、老朽化の進んでいる38・39を置き換えた。ジョイフルトレイン「ユーロライナー」の牽引や工臨に充当された。民営化時は名古屋車両所に配置されていたが、後に静岡車両区に転属した。2005年の「ユーロライナー」消滅後は、もっぱら工臨運用に充当されるケースが多かったが、2008年にレール輸送用キヤ97系が登場。本形式による工臨運用も置換えられ、2009年1月16日付で2が廃車されJR東海所有の本形式は消滅した。民営化時には下関運転所に配置されていたが、後に岡山電車区に転属した。稼動状態にあったのは9のみで山陽本線・伯備線・山陰本線などで臨時列車や工臨運用のほか、JR貨物岡山機関区の代走運用にも投入された。2009年までに2両とも廃車となり、JR西日本所有の本形式は消滅した。後継形式開発遅れのため基本番台初期車には製造後35年以上の経年車が存在するものの1000番台とともに2002年まで廃車は発生していなかった。しかし、2003年に後継機であるEH200形が開発されたことから初の廃車が発生した。基本番台はその後もEH200形の増備進展に伴い淘汰が進行しており、2007年3月18日のダイヤ改正では、塩尻機関区篠ノ井派出が担当する中央東線運用の大半をEH200形で代替した。さらに2008年3月15日のダイヤ改正では篠ノ井派出の運用が消滅。同派出所属で全般検査期限に余裕がある更新機と高崎機関区所属の1000番台4両が愛知機関区へ転出した。2010年3月のダイヤ改正では、上越線での定期運用が終了。岡山機関区・高崎機関区所属車が愛知機関区に転出し集中配置となった。2011年3月からJR東海管内でATS-PTが運用開始されたため、中央西線・篠ノ井線運用が1000番台に置換えられた。2012年3月ダイヤ改正以降の運用線区は、東北本線(黒磯以南)・高崎線・東海道本線・成田線・鹿島線・中央西線・篠ノ井線・伯備線である。2013年現在、重連運用は東海道本線(稲沢 – 名古屋)・中央西線・篠ノ井線のみである。0番台は3月末で全機運用を離脱した。2014年3月ダイヤ改正では、中央東線での運用が復活した。2013年度から2014年度にかけ、1000番台の未更新機1040・1048・1050が愛知機関区構内で解体された。保留車となっていた0番台は2015年3月1日時点で全車除籍済みとなっており、愛知機関区構内で解体が進められている。本形式の老朽化による故障防止と修繕費用の低減および設備投資抑制の観点から更新工事が施工された。0番台に対しては1995年から、1000番台に関しては2003年から施工された。更新A工事の施工内容は以下のとおりである。更新工事を施工した機関車は未施工機と区別する必要性から車体塗装が変更された。ライトパープルをベースにディープブルーとスカイブルーで塗り分け(3色更新色)、乗務員扉はからし色とされた。広島車両所施工車は、塗装工程簡略化の観点から貫通扉もからし色のままで鎧戸はディープブルー一色とされた。大宮車両所施行車に関しても塗装工程簡略化を考慮し、1997年よりライトパープルとディープブルー(2色更新色)になっている。最初に竣工した1015の車体塗装はEF65形・EF66形などと共通のJR貨物標準色であったが、遠目にEF65 1000番台と区別が付かないと現場には不評であり、識別を容易にするため2003年夏以降に更新された1009以降は青を基調に白の斜めストライプを配した大宮車両所独自のデザインに変更された。岡山機関区配置機は、1047が2006年7月に、1049が同年11月に、1046が2007年2月に広島車両所で施工された。塗装は大宮車両所施工車と異なる独自デザインとされたが、1047は2012年全般検査の際、大宮式更新塗色に変更された。1049は2013年5月・1046は2013年10月に大宮車両所で全般検査を受けたが、広島車両所デザインを踏襲した塗色で出場した。更新工事の施工車は、2009年4月現在、次のとおりである。総合車両製作所新津事業所(旧・JR東日本新津車両製作所)では、JR東日本の首都圏向け通勤形・一般形電車を製造しているが、同所で落成した車両を首都圏へ配給回送するため、電車牽引用装備を長岡車両センター配置の1030・1031・1032が装備する。また、廃車車両の解体作業が従来の大宮総合車両センターから長野総合車両センターに移管されたために長野までの牽引回送、各総合車両センターで改造落成した車両の配給回送でも運用される。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。