後藤 久美子(ごとう くみこ、1974年3月26日 - )は、日本のモデル、タレント、元女優。愛称はゴクミ。東京都杉並区出身。スイス・ジュネーブ在住。オスカープロモーション所属。くまの幼稚園、区立大宮小学校、区立大宮中学校、多摩大学附属聖ヶ丘高等学校卒業。小学校5年生のときからモデルを始め、1986年、NHKの『テレビの国のアリス』のヒロイン役で女優デビューする。第24回ゴールデンアロー賞 放送・新人賞を受賞。以降、「国民的美少女」を謳い文句に、世に言う美少女ブームを巻き起こした。映画出演作に『男はつらいよ』(松竹)、『ラブストーリーを君に』、『ガラスの中の少女』、『シティーハンター』などがある。1995年にフランス人F1レーサーのジャン・アレジと交際を始める。当時アレジには既に妻子があったが離婚調停中であり、その後前妻とは離婚が成立。96年には渡仏しアレジと同居を始める。現在もアレジとの婚姻手続きはとっておらず、「事実婚」の夫婦であるがヨーロッパでは比較的事実婚の夫婦が多い。ジャン・アレジは前妻との間に1人、後藤との間に3人の実子がいる。渡仏後は妻としてまた子育てを重視しており、年に1〜2本のCM出演や女性ファッション誌の表紙モデルなどを中心に活動している。女優として映画やドラマでの復帰は無いとしている。現在はスイス・ジュネーヴにある歴史的な城を改築し在住しているが、パリやニューヨーク、モナコなどにも邸宅を所有している。クルマ好きでも知られ、かつてはクーペ・フィアットを自ら運転し、自身の20歳の誕生日には、150台のみ生産され現在は極めて希少価値が高いディーノ206GTを購入した。2012年1月には事務所の後輩である武井咲と対面し話題を呼んだ(なお、武井自身はこの対面を“夢の対面”と感じたという)。愛称の「ゴクミ」は1987年の新語・流行語大賞の流行語部門で銅賞に選ばれる。サバサバした性格で落ち着きがあり、少女時代からハッキリとものを言うタイプであり、当時の記者会見などでも笑顔をみせず素っ気なく答える姿が、たびたびバッシングの的にされてしまっていた。時折マスコミに対する発言で物議を醸すことも多かった。「ゴクミ語録」という書籍も出版されている。本人曰く「協調性がない分、孤独でも順応性が高い」。中学生当時はその協調性のなさから、共演者との軋轢や批判を生んだようだが、現在はそれが外国生活に活かされているとのこと。芸歴は長く、前出のとおり小学校の頃からモデル活動を行っていた。同時期から活躍していたのは宮沢りえで、同学年ということもあって仲が良く、また良きライバル関係でもあった。りえとは11歳の頃、キットカットのCMで共演歴がある。順調に芸歴を重ね、このままオスカープロの看板女優になると思われた矢先、妻子のあるアレジと交際が発覚した。以後の芸能活動は、散発的にグラビアやCMに出演する程度となっている。なお、アレジの出場するレースには必ず寄り添っており、隠し立てのないオープンな交際ぶりは注目を集めた。その後、アレジとは実質的に結婚した。フランスで同居し、3人の子供を儲けた。アレジのウェブサイトでは、二人が仲良く寄り添う写真が公開されている。小麦色の肌と引き締まったスレンダーな体格を特長にしており、かつては「国民的美少女」と呼ばれていた。子役から10代前半のブレイク時は少女体型で華奢であったが、『週刊プレイボーイ』ではセミヌードを披露。「たかの友梨ビューティクリニック」のCMで披露した小麦色の肢体は、若い女性の注目を集めた。清純派の女性をイメージするような格好をすることが多いが、1986年9月に刊行された『CAPA』ではだぶだぶのスーツにサスペンダーを着用するなど男性風の格好を披露している(撮影は篠山紀信)。また、1991年の大河ドラマ『太平記』では大河ドラマでは初めて、常時男装での出演となった。2012年にはキャリア初となる化粧品ブランド資生堂マキアージュのイメージキャラクターとしてCMに登場し、後藤久美子を知らない若い世代から「あの綺麗な女性は誰なのか?」と問い合わせが相次ぐなど、その変わらぬ美貌が注目された)。レコードデビューも果たしている。デビュー曲の「teardrop」はオリコン最高3位を記録するが、程なく女優業に専念することになった。1987年4月の「ザ・ベストテン延長戦」でランキングに登場するが、労働基準法(15歳未満の就労時間の問題)の関係で出演出来なかった。所属事務所のオスカープロモーションは、彼女による美少女ブームを受けて、「第2の後藤久美子」を探せというコンセプトによるオーディション「全日本国民的美少女コンテスト」を1987年から開催した。したがって彼女自身はこのオーディション出身者ではない。。。。中学生の時に著したエッセイ集「ゴクミ語録」には、スポーツ万能で父親に似て力が強く、腕相撲では同級生の男子や母親にも負けないと記述されている。チェリストの大藤桂子とは従姉妹にあたる。交友関係としては桃井かおり、宮沢りえ、中山美穂、沢口靖子、吉岡秀隆、津川雅彦と朝丘雪路の娘真由子、工藤静香などアレジとの結婚後(事実婚)の生活の拠点としてフランス・パリやスイス・ジュネーブで家族と暮らしている。夫・長女・長男・次男。またアレジと共にぶどう園の経営もしておりワインの生産も行っている。住居は歴史的な城などを改築するなどして、暮らしている。家には使用人(家事や庭の掃除人、運転手、門番や警備員など)が十数人が在宅しており、後藤は家事の一切をしないという生活をしている。夫は世界的に有名な元F1レーサー・実業家・資産家のジャン・アレジ、長男のジュリアーノ・アレジは2015年、FIA F4に参戦することが鈴鹿モータースポーツファン感謝デー『HondaF1復活祭』の満員のグランドスタンド前で紹介され、父親と同じレーサーの道を進むことになった。また、ジュリアーノは2016年には、GP3にステップアップを果たすことも決定した。フランス人の夫と日本人である後藤の間に生まれた子供たちはハーフであり、その外見を考慮し、外見を気にしないでのびのびと生活出来る環境を作ってあげたいということでスイス・ジュネーブに豪邸を建築し移住した。また子供の教育には非常に熱心であり厳しい面もある。子供達にはいち早くどんな職業に将来就きたいかの意志を尊重し、それぞれにあった教育をしている。また子供たちはフランス語、英語、イタリア語、日本語と4ヵ国語を話すことができる。ちなみに長女は映画監督になりたいという夢を持っており、現在ロンドンの大学に通っている。次男は父親と同じドライビングレーサーの道に進みたいと言っていたが、その次男は2015年にレーサーとしてデビューする事が公式にアナウンスされた。一時期(約一年間)、アイドル歌手としても活躍していた。全て日本コロムビアより発売。
出典:wikipedia
LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。