LINEスタンプ制作代行サービス・LINEスタンプの作り方!

お電話でのお問い合わせ:03-6869-8600

stampfactory大百科事典

十和田観光電鉄線

十和田観光電鉄線(とわだかんこうでんてつせん)は、青森県三沢市の三沢駅から十和田市の十和田市駅までを結んでいた十和田観光電鉄の鉄道路線である。2012年(平成24年)4月1日付けで廃線となった。路線は大曲駅から十和田市駅までほぼ稲生川に沿うように敷設されていたが、建設時に三本木開墾株式会社より線路用地として堤防上の提供を受けたことによる。駅は十和田市駅と三沢駅以外は無人駅で、無人駅には出札・改札がなくホームがあるのみであった。列車はワンマン運転を行っていたため、無人駅から乗車する際は路線バス同様に乗車時に整理券を受け取って、降車時に整理券と運賃を支払うようになっていた。十和田市駅・三沢駅から乗車する場合は乗車券を購入して改札を通り、降車時に切符を回収する(集札)。無人駅での集札は1両目の運転士席から近い進行方向一番前の出口で運賃箱を用いて行う。このため、混雑時をのぞいて十和田市駅・三沢駅以外では進行方向一番前のドアしか開かなかった(ただし、定期券利用客以外は混雑時にすべてのドアが開くときでも一番前のドアから乗降しなければならない)。ちなみに、かつて三沢駅に停車していた東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線(現:青い森鉄道線)の特急列車で十和田観光電鉄線への乗り換えを案内する英語の自動放送は車両(所有会社)によって異なり、JR東日本のE751系電車の自動放送では「Towada-Kanko Line」と放送されていたが、北海道旅客鉄道(JR北海道)の789系電車の自動放送では「Towada-Sightseeing-Electric-Railway Local-Line」と放送されていた。柳沢駅と七百駅との間で、地下を通る東北新幹線と交差するがどちらの路線にも駅は設置されていなかった。1970年(昭和45年)度に年間165万人が利用してピークとなったがその後は乗客が減少し、2010年(平成22年)12月4日に東北新幹線・七戸十和田駅が開業すると、十和田湖周辺への観光客を中心に乗客減に拍車がかかり同年度は年間46万人にまで低下した。さらに2011年(平成23年)3月11日に発災した東日本大震災の影響で、鉄道事業の赤字を補っていた同社のホテルやバス事業の収入も減ったため、同社は沿線の三沢市、六戸町、十和田市に今後10年間で約5億円の資金援助を要請したが、自治体側は10月上旬に「経営改善が見込めない」と要請を拒否した。そのため、10月7日の十和田観光電鉄の臨時取締役会にて2012年(平成24年)3月末をもって廃線にし、バス転換する方針が決定、10月11日に十和田観光鉄道活性化協議会の臨時総会で発表された。2012年1月24日に、十和田観光電鉄は国土交通省(東北運輸局)に対し十和田市駅が4月以降使用不能になる(詳細は「十和田市駅#駅ビル再開発計画」を参照)ことを理由とした休止及び採算性悪化や前記設備更新の費用調達困難を理由に2013年1月31日を以て廃線とする廃止の届出が東北運輸局にされた。これを受けて東北運輸局が同年2月20日に地元2市1町に対し実施した意見聴取に於いて、廃止日を2012年4月1日に繰り上げても支障なしとの判断がされた。このため十和田観光電鉄は休止届を取り下げるとともに廃止日を2012年4月1日とする廃止日繰り上げの届出を行った。廃止日の前日である3月31日の運行で営業を終了した。4月1日より同社により鉄道代替バス十和田三沢線(三高正門前 - 十和田中央 - 三沢駅 - 三沢高校前)が運行されている(本記事の「鉄道廃止代替バスについて」の節も参照)。2011年5月21日のダイヤ改正以降、平日は1日17往復、土曜日・休日は1日12往復が運転されていた。旅客列車は全列車三沢 - 十和田市間の全区間を運転する各駅停車で、途中駅を始発・終着とする列車や優等列車は運転されていなかった。2012年3月17日以降の土曜日・休日には、営業終了に伴う需要増を想定し、3往復の臨時列車が運行された。最終日である2012年3月31日は臨時ダイヤが組まれ、15往復および十和田市発三沢着の1本が各駅停車で運転された。途中駅を始発・終着とする列車はない。最終便は十和田市19時55分発、三沢20時26分着と、三沢20時30分発、十和田市21時01分着。これらの他に「鉄道営業最終列車」と銘打たれた列車も運転された。乗車には乗車券の他、事前配布の「乗車整理券」を持参した上での受付が必要であった。これは三沢21時00分発、十和田市21時31分着で、途中駅には停車しない。この1本を含めると、16往復運転されたことになる。十和田観光電鉄線の近年の輸送実績を下表に記す。1970年代以降輸送量は一貫して減少傾向にあった。表中、輸送人員の単位は万人。輸送人員は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。鉄道統計年報(国土交通省鉄道局監修)より抜粋十和田観光電鉄線の近年の収入実績を下表に記す。表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。鉄道統計年報(国土交通省鉄道局監修)より抜粋十和田観光電鉄線の近年の営業成績を下表に記す。表中、収入の単位は千円。数値は年度での値。表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。鉄道統計年報(国土交通省鉄道局監修)より抜粋

全駅青森県に所在。三沢駅 - 大曲駅間に、沿線に造成された住宅地「小松ケ丘ニュータウン」へのアクセスとして新駅「小松ケ丘駅」(十和田市駅起点12.670キロ)を設置する計画があった。しかし、駅予定地がニュータウンから離れていることから、ニュータウンへの交通はニュータウン内に同社のバス車庫(三沢営業所)を設置して、そこから発着する路線バスによって確保することになったため駅新設は見送られている。2009年10月に発行された「第16回鉄道の日記念 十和田観光電鉄線全駅入場券セット」には、未開業となった小松ケ丘駅の入場券と幻となった新駅計画について記されている。7200・7700系導入以前の十和田観光電鉄の車両形式番号は、電車は自社発注車は木造車に1400番台を、鋼製車に2400番台を充て新造順に1000番刻みで付番している。譲受車は原則として前所属鉄道会社での形式を使用。電気機関車は「動輪数」+「自重」による『仙鉄式』を採用。さらに電車・電気機関車は末尾を連番として付番していた。貨車は入線順に100番刻みで形式を付番している。廃線時点で電車10両、電気機関車2両、貨車2両が在籍。電車のうちモハ3400形・モハ3600形は現在では数少ない吊り掛け駆動方式の車両で、2002年に一般営業運転を終了した後もイベント用車両として稼働していた。廃線時点に在籍していた車両は前節参照。ここではそれ以前の在籍車両を挙げる。注記なき物は1951年6月の改軌時に廃車。廃車後は全て解体された。いずれの気動車もガソリンカーである。いずれの蒸気機関車も車軸配置Cのタンク機関車である。1949年に形式記号が一斉に変更されている(表記は変更後のもの)。客車同様、1949年に形式記号が一斉に変更されている(表記は変更後のもの)。荷重は全て6t。2012年4月1日より、十和田市駅 - 三沢駅間を十和田観光電鉄の路線バスが代替交通機関として運行されている。代替バスは十和田市駅・三沢駅からそれぞれ各市の中心部まで運行され、それまで鉄道・バスの乗り換えが必要だった区間を一本で結んでいる。これに伴い、同区間を鉄道とバスで乗り継ぐより運賃が値下がりした区間も存在する。なお、朝夕の通学時間帯は通学需要にあわせ、三農校前 - 三沢間を七百バイパス経由で運行する(古里・七百・柳沢・大曲は経由しないため、事実上の通過)路線や、青森県立三本木高等学校・附属中学校への通学需要も考慮し、同校の正門前を発着する路線が存在する。また、「北里大学前駅」は「北里大学通」、「大曲駅」は「大曲試験場」がそれぞれ代替の停留所になっている。なお、鉄道線の終点だった「十和田市駅」のバス停留所は2016年3月26日のダイヤ改正で廃止されている。

出典:wikipedia

LINEスタンプ制作に興味がある場合は、
下記よりスタンプファクトリーのホームページをご覧ください。