十和田観光電鉄株式会社(とわだかんこうでんてつ)は、青森県南東部を中心にバス事業を運営している会社である。2012年(平成24年)3月31日までは鉄道路線(十和田観光電鉄線)も運営していた。そのため、社名に「電鉄」の名称が入っている。愛称は十鉄(とうてつ)。バスは十鉄バスと呼ばれることも多いが、会社コマーシャルでは十和田観光バス(とわだかんこうバス)と称している。1913年(大正2年)8月に遠藤忠次右衛門など9名が軌道特許を取得し、古間木 - 三本木間の鉄道の開設を目的とした十和田軌道(資本金10万円)を1914年(大正3年)6月に設立したのが始まりである。元々は地元資本による会社だったが、1968年(昭和43年)の十勝沖地震からの復旧に多額の資金を要したことなどから、1969年(昭和44年)10月に国際興業(現・国際興業グループ)の傘下に入った。2008年(平成20年)3月1日、経営悪化によりいわゆる新旧分離方式での事業再建を図るため、すべての事業を新会社に譲渡した(#新会社への事業譲渡の経緯を参照)。新旧2つの会社は、法人としては別の存在であるが、会社名称(商号)や事業としては継承関係にあるため、本記事においては一括して取り扱う。十鉄の電車・バス事業に対する利用客の減少や近年の燃料費の高騰に加え、直営のスーパー事業からの撤退の影響が響き、これ以上の経営継続が困難となったことなどから経営を抜本的に立て直すため、親会社である国際興業から支援を受けて2007年11月16日に事業譲渡を目的とした新会社「とうてつ」を設立させた。2008年3月1日付けで、すべての事業を新会社に譲渡した上で「(新)十和田観光電鉄」に商号変更し、新たなスタートを切った。これと同時に、関連会社である十和田富士屋ホテルの事業も新会社へ譲渡された。譲渡後の「(旧)十和田観光電鉄」は「十和田管理」、「(旧)十和田富士屋ホテル」は「みちのく管理」にそれぞれ社名変更の後、同年3月19日開催の株主総会で解散を決議、3月25日に青森地方裁判所より特別清算開始決定を受けて清算手続きに入っている。十和田市、三沢市、八戸市、上北郡の各町村を中心として路線がある。前乗り前降りを基本とする。車椅子利用者は後部ドアから乗降することになっている。過去に導入された車両はオリジナルの塗装を施されているが、コスト削減のため、近年路線車両の新車及び中古車投入の際には、親会社の国際興業と同じく、緑を基調としたものが導入されている(「国際興業バス#廃車車両の譲渡」も参照)。ただし、鉄道代替バス専用車両については、オリジナルの塗装を施している。(2012年4月1日現在)普通回数券(10枚分の金額で11枚綴り)・通学回数券(10枚分の金額で13枚綴り)・特殊回数券(5枚分の金額で6枚綴り・片道運賃が1,000円以上の区間のみ発売)の3種類を発売している。また、以下の指定された鉄道駅からバス一丁目停留所間(十和田市駅からバス140円区間)を利用できる電車・バス乗り継ぎ回数券が11枚綴りで発売されていた。発売日から3か月間有効。鉄道線廃止に伴い、販売を終了した。十和田観光電鉄の鉄道・バスの定期券所有者および同行する家族を対象に土日祝日・年末年始(12月30日 - 1月3日)・お盆休み(8月13日 - 8月16日)限定で鉄道・バス(一部系統をのぞく)に自由に乗り降りできるフリー乗車券を発売している。2010年9月16日 - 2011年6月30日の期間でコロプラ「日本縦断!花いっぱい位置ゲーの旅」とコラボレーションした鉄道線の一日乗車券を発売している。こちらは平日でも利用可能。なお、定期券を所有していない一般客に対する一日乗車券類は通年では発売されていない。※かつては十和田湖観光汽船との共同運航であった(十和田湖観光汽船を参照)。2012年3月31日まで鉄道事業も行っていた。以下の記事を参照。「とうてつ」として、駅ビル店・三沢店(ビートルプラザ)の2店舗でスーパーマーケットを経営していた。かつてはダイエーとのフランチャイズ契約を結び「ダイエーとうてつ」として営業していた。ダイエーとうてつ時代のキャッチコピーは「くらし一新!快適ショッピング」。取り壊し前の十和田市駅のバスターミナルにはこのキャッチコピーが残されていた。ダイエーとうてつ駅ビルでは1990年代に青森放送(RABラジオ)の公開生放送番組『月刊ラジオ わくわくサンデー』が開催されていた(放送は最終日曜日の16:00-17:00、番組表での表記は『サンデースペシャル』)。ゲストを迎えてのコンサートやトークを中心に構成していた。ダイエーの経営再建に伴い、2003年(平成15年)からは商品供給契約に変更され、2005年(平成17年)末にはダイエーとの契約を産業再生機構の支援による経営の見直しの一環として解消を通告。2006年(平成18年)3月をもってダイエーとの商品供給契約を解消された。ダイエーとの契約解消後は他のスーパーマーケットとのフランチャイズ契約を行わずに「とうてつ」として営業を続けたが、さらなる競争激化により2006年10月2日にスーパーマーケット事業からの撤退を発表し、三沢店を2006年(平成18年)12月31日に、駅ビル店を2007年(平成19年)3月31日にそれぞれ閉店した。このうち三沢店では、当店以外のテナント15店舗の経営者で組織する協同組合「三沢ショッピングセンター」は営業を継続し、店舗跡には、2007(平成19年)年3月22日に地場衣料品チェーン店のトマト衣料館が開店し、同月31日にドラッグストアチェーンの横浜ファーマシーが運営する食品も扱う『スーパーシティアサヒ ビートルプラザ店』が開店して取扱品目面も含めた後継店舗となった。一方、駅ビル店は、サンシティが同駅舎を兼ねた現在の建物を解体・更地にした後に、駅舎を含んだ複合型ショッピングセンターを建設するなどの再開発を計画していたが、十鉄の親会社である国際興業やアメリカの投資ファンドであるサーベラスの意向もあって交渉が難航。2007年(平成19年)3月30日にサンシティは土地・建物の価格面で折り合いが付かず、再開発計画を断念した。しかし、当社直営のスーパーが閉店したことからほとんどのテナントに対して撤退を余儀なくされ、駅やターミナル機能以外では銀行と郵便局など一部のみが営業する状況となった。その後同年10月30日には新たな再開発構想が浮上し、十鉄の親会社である国際興業が新たな開発業者として大和システム(大阪府大阪市)と交渉し土地と建物の売却契約を結ばれて同社に譲渡された。大和システムは2008年(平成20年)末開業の予定で新たな複合型ショッピングセンターを建設する構想を進めていたが、テナント募集が進まなかったことから開業予定を一旦2009年(平成21年)下半期に先送りし、その後2010年(平成22年)下半期に再度先送りすることを十和田市側に申し入れたのち、2009年(平成21年)5月15日に再開発計画を凍結する方針を固めたことが表面化した。そして、2010年(平成22年)10月に大和システムが民事再生法の適用を申請してその手続きに入ったことから、この再開計画は事実上白紙撤回された。そこで、地元の不動産業者が受け皿となる不動産開発会社を設立して、2011年(平成23年)3月までに買収交渉を終えて取得し、地場資本による再開発を行う構想を発表した。そして、2012年(平成24年)1月にスーパーマーケットを核店舗として物販・飲食や銀行などのテナントが入居する約8,000m²の商業施設にアートやイベントなどで活用できる公益的機能を持たせた約1,000m²の広場を併設した新たな複合商業施設を建設する構想が浮上した。ところが、この不動産開発会社は建物の解体を行ったものの新たな施設を建設する前の段階に留まった状態で、2014年(平成26年)4月までにスーパーマーケットをチェーン展開しているユニバースに会社ごと売却されたため、同社に開発の主体が移る形となった。2009年秋には十鉄主催のイベントでとうてつ店舗跡が会場として使用され、2010年、2011年の同イベントも同じ会場で開催された(同イベントはそのほかに、十鉄に関連した施設を中心に開催している)。
出典:wikipedia
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