三菱重工業株式会社(みつびしじゅうこうぎょう、)は、三菱金曜会及び三菱広報委員会に属する日本の企業。日本最大の機械メーカーであり、三菱東京UFJ銀行・三菱商事と並ぶ三菱グループ御三家の一角。その製品数は700を超え、「機械のデパート」とも呼ばれる。主力製品は、船舶・エネルギー関連機器・産業機械・航空機・ロケットなど。また、鉄道車両(リニア・電気機関車・懸垂型モノレール・新交通システム・LRVなど)の製造、さらにエアコンや事業所向け大型冷凍機、産業向け工作機械、ターボチャージャー、ETCシステムの製造でも知られ、過去には「シルバーピジョン」というスクーターも製造していた。なお、エアコン・ETCシステム・加湿器は三菱グループ内で三菱電機と競合している(単に「三菱パッケージエアコン」「三菱ルームエアコン」といった場合、通常は三菱電機の製品を指す)。コーポレートステートメントは『「この星に、たしかな未来を」(日本語 CI ステートメント) "Our Technologies, Your Tomorrow"(英語 CI ステートメント)』。社名は「三菱重工」とも表記される。三菱重工業は伝統的に「三菱は国家なり」という意識を持ち、お国への所期奉公を社是としている。三菱重工業の社長、会長を歴任した飯田庸太郎は「防衛産業で日本のお役に立てなければ、三菱が存在する意味はない。もうかるからやる、もうからないからやらないではなく、もって生まれた宿命と思っています」と語っている。兵器製造の分野では旧防衛庁(2016年現在は防衛省)への納入実績第一位の企業であり、世界では21位・日本ではトップの軍需企業とされ、戦闘機・ヘリコプター・イージス艦を含む護衛艦・潜水艦・戦車・ミサイルなどを製造している。一方2015年度には防衛調達額で初めて二位となるなど、近年は経営合理化の面から利益の少ない(若しくは赤字である)防衛産業を忌避する動きも見られる。三菱財閥二代目の岩崎弥之助が創業する。1884年(明治17年)に工部省長崎造船局の払い下げを受けて長崎造船所として始まり、1917年(大正6年)に三菱合資会社から独立して三菱造船株式会社(初代、以下省略)となった。後に業務多角化に伴い三菱電機、三菱航空機(初代、以下省略)などを分社化するが、何れも収支不振連続から経営合理化のために三菱財閥4代目岩崎小弥太が「造船」と「航空機」の合併を決断し、1934年(昭和9年)に三菱造船と三菱航空機が合併して三菱重工業(初代)が創設される。「重工業」の語句は英文の「Heavy Industries」から小弥太が発案した造語であると語られている。日本の軍事力強化に伴い兵器(艦船、航空機)製造の中心として発展し、日本海軍超弩級戦艦武蔵の建造や零式艦上戦闘機(ゼロ戦)を設計、製造するなどして軍艦建造トン数は10倍以上、戦車の製造台数は200倍以上、資本金は20倍以上に成長する。1945年(昭和20年)大戦終結後、GHQの財閥解体により東日本重工業(後の三菱日本重工業)、中日本重工業(後の新三菱重工業)、西日本重工業(後の三菱造船(2代目))の3社に分割される。当初は3社製品で棲み分けるも、線引きが曖昧になり製品群の重複が多数発生した。高度成長にあたり3社の再統合を計画に際し「財閥の再来」など非難も挙がるも、他の三菱グループと協力しながら1964年(昭和39年)に3社は再統合し(法手続上の存続会社は新三菱重工業)、社名を再び三菱重工業(2代目)にする。三菱グループは重化学工業関連企業が多く高度経済成長期に大きく発展する中で、戦後に中核を担い日本最大規模の重工業メーカーとして復興する。丸の内の旧本社ビルは文部科学省の仮庁舎となっていた。2016年(平成28年)現在は、丸の内地区の再開発事業に伴うテナントの仮移転先になっている。社内には9つの事業本部、13の主な生産拠点が存在し、事業本部は受注品事業本部と中量産品事業本部に大別される。この受注品事業本部の所管する製品の生産は各事業所に振り分けられ生産を行われる。例えば、船舶・海洋事業本部の製品は長崎造船所、神戸造船所、下関造船所、横浜製作所などで生産しているが、長崎造船所では原動機事業本部の製品である蒸気タービンや風力タービン、ボイラなどの生産も行っている。このように受注品事業では事業本部と事業所のマトリックス構造をなしている。中量産品事業本部の生産はそれぞれの事業本部で生産を集約している。日本国内では最大規模、世界でも有数のシェアと技術レベルを誇る、同社発祥の部門。主に長崎造船所、神戸造船所、下関造船所、横浜製作所で製作される。主に横浜製作所、高砂製作所、長崎造船所で生産を行う。なお火力発電事業については、2014年2月1日付けで、日立製作所との合弁会社「三菱日立パワーシステムズ」に移管された。主に神戸造船所内と品川本社で設計開発、神戸造船所で生産、高砂製作所で生産や試験研究を行う。設計部門の技術者は、原子力、化学、機械、電気、建築、土木などの専攻を卒業したエンジニアで構成され、燃料、系統、電気、配置、機器、配管、建物などの設計を行う。主に神戸造船所、横浜製作所、機械事業部(広島)、プラント交通システム事業センターで生産を行っている。詳しくは、三菱重工印刷紙工機械へ主に名古屋航空宇宙システム製作所、名古屋誘導推進システム製作所で生産を行っている。神奈川県相模原市中央区の本工場、愛知県名古屋市の岩塚工場、北海道千歳市の千歳工場で生産される。(元々は航空機エンジン用の開発から始まったもの)愛知県清須市の枇杷島本工場、三重県松阪市の松阪工場のほか、大型冷凍機部が高砂製作所内に駐在している。工作機械、常温ウェーハ接合装置、精密切削工具、自動車部品は滋賀県栗東市の本工場で、パワートランスミッション製品は愛知県名古屋市の岩塚工場で生産される。また、航空機主翼を始めとして社内製品そのものの工作機械も手がける。これらの医療機関は、企業立病院であるが、三菱重工業関係者以外も利用可能。2011年9月19日に、読売新聞が朝刊の一面で、三菱重工の社内のシステムが広範囲にわたってコンピューターウイルスに感染していた事を報道し、同日16時過ぎに三菱重工はこれを認めるプレスリリースを発表した。感染は本社、工場、研究所等の国内11拠点のサーバー45台と職員のパソコン38台で、造船、防衛、航空宇宙、発電プラント、鉄道等の情報が狙われていた。。2012年11月30日に三菱重工は、同月27日に名古屋航空宇宙システム製作所の宇宙関連業務に使うコンピューター4台が新型のウイルスの感染していたことが判明した事をプレスリリースで発表した。同30日には宇宙航空研究開発機構もイプシロンロケットの情報が外部に漏洩した可能性があることを発表していた。
出典:wikipedia
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