株式会社エフエム大阪(エフエムおおさか、"FM OSAKA Co., Ltd.")は、大阪府を放送対象地域としてFM(周波数変調)による超短波放送(ラジオ放送)を行う特定地上基幹放送事業者である。略称はfmoである(かつては公式略称としてFMOが使用されていた時期もあった)。通常表記はFM大阪、もしくはFM OSAKA(2008年3月までの表記はfm osaka)、FO(エフオー)。企業・団体は当時の名称。出典:1989年のFM802(JFL)開局以来、聴取率で802の後塵を拝することになる。そこで平日の帯番組をリニューアルして巻き返しを図る。キャッチコピー「EASY851」(イージーはちごーいち)を採用し、FM802に対抗し、さらには在阪AM局(ABCラジオ・MBSラジオ・ラジオ大阪)から若年層のリスナーを奪うこととなる。特徴的な番組としては、学生をターゲットにした早朝の『ミック宮川のASA-REN 5』、女性リスナーへ向けた『若宮テイ子のBREAKFAST CLUB』や『JAC851』、帰宅時間に放送する梅田マルビル内タワーレコード梅田店から公開生放送『Jay-Land Shuffle』、金曜日午後の『COUNT DOWN KANSAI TOP100』、洋楽専門『GETSU-MOKU19』が挙げられる。1990年代後半は一貫してスペシャルウィーク(聴取率調査週間)は『Hit Parade』として展開した。新事業としてラジオショッピング『ラジマート』、DJ養成スクール(FM Osaka DJアカデミー)を立ち上げた。特にDJ養成スクールでは自局をはじめ、地方局の番組で活躍しているDJを多数輩出している。選曲ではFM802が一切流さないアイドル(ジャニーズなど)の楽曲を積極的に流したほか、ブレイク前からシャ乱QやJUDY AND MARYを強くプッシュしていた。また1990年代後半の声優ブームの時には椎名へきるもプッシュしていた。こうして、802との差別化を図り、さらにはAM局の深夜番組を苦戦に追いやっている。また、1989年度春季の編成でそれまで平日の放送は長年6:00開始、翌朝3:45終了(週末は終了時刻が変則)だったものを、日曜深夜~月曜未明を除いて5:00を1日の基点とした24時間放送に移行した。大阪府を拠点とするFMラジオ局ではNHK、民放を通して初めての終夜放送となった。FM802とは選曲の傾向や番組の色合いが大きく違っていたため、ある意味でリスナーの棲み分けがあった。その例の一つが小室ファミリーの楽曲である。エフエム大阪は早くから積極的に取り上げる一方、FM802が小室楽曲の締め出しを決める。その直後は聴取率で802に接近するが、首位の座を奪還するには至らなかった。1990年代、月曜日から木曜日の夕方に放送されていたJポップ専門番組『Jay-Land Shuffle』内のミニ番組「BRAND NEW COMMER」ではDJ KOOと小室哲哉が出演し、まだ小室ブームが起こる前のプロデューサー黎明期にEUROGROOVEやANISS、大谷健吾など多くの新曲を披露し、リリース情報を積極的に伝えた。FM802の堅調や国内で数少ない独自路線を貫いているα-Stationの台頭に加え、本社移転後に行った大改編以降、聴取率の下落が顕著になる。また、移転以前と比べて頻繁に番組編成を変更するようになり、極めて厳しい状況に立たされる。2006年度決算で、売上高が前年度比18.4%のマイナス、純損失4億円で5期連続の赤字となった。事態打開を図るため、系列キー局のTOKYO FMへ経営支援を要請した。結果、同社の関連会社であるジャパンエフエムネットワーク(JFNC)からの経営支援を受けることとなり、前田一社長をはじめとする常勤役員が総退陣。エフエム大阪出身のJFNC専務・原田久夫が新社長に就任した。2007年8月から9月にかけて、全曜日で放送していた早朝の生放送を廃止し朝の全国ネット番組のネットを開始。夜間ではこれまでネットされていなかった『やまだひさしのラジアンリミテッドDX』などJFNCからの供給番組の増加などが起こった。これにより2007年10月に、FM福岡に「JFN系地方局で最も自社制作番組の多いFMラジオ局」の座を譲ることになった。その後、ある程度経営の安定化に成功したのか、2009年4月改編で平日早朝の自社制作帯番組が復活している。また、2009年・2010年のキャッチコピーは「Link Your Next!」(直訳すると「隣の人とつながろう」)だった。逆に在阪AM各局に対しては年々優位さが増している。その要因として、FM802の番組路線や、前述の「選曲規制」を敬遠するリスナーが少なくないことや昼間時間帯に若年層をターゲットにした番組編成にしていることが挙げられる。平日夜間はJFNネット番組の比率は高まるものの、AM局と比べると聴取率が安定している。若年層のシェアだけに限ればFM802開局後、『MBSヤングタウン』(平日枠)、『ABCミュージックパラダイス』など若者向けの番組が次々打ち切られ、平日夜間の番組路線の変動が激しいことなどから証明するように在阪AM各局でのシェアは急激に低下している。またFM802開局当時から聴き続けているリスナー(主に30代後半以降)がなかなかAMに戻らない現状もある。2011年3月31日から、4月1日にかけて、特別番組『West for East 〜POWER OF MUSIC〜』が放送された。2009年4月1日、『PEACE!』の放送が始まる。前述のように、経営がある程度安定したことが原因とみられるが、これまでの『SKY from OSAKA』『クロノス from OSAKA』という、5:00 - 8:20のJFN A/Bラインのうち、東京ローカル部分のみの差し替え放送をやめ、再び大阪ローカル番組の中にAライン番組を内包させる構成となった。また、2010年秋には『スカッシュ!』を立ち上げ。約4年ぶりに平日の帯番組が5時スタートとなった。2011年5月には、平日は5:00 - 22:00にかけて自社制作中心の編成を行い、深夜4時台は依然としてファイル配信番組で編成。平日深夜は『扉-TO VILLA-』をJFNから放送し、水曜は大阪制作だったが、『扉』の終了で再びネット受けを取りやめ、大阪ローカルに戻った。水曜日は『扉』を担当していたRIOが続投している。このほか、早朝に10分間の全国ネット番組『Love in Action!』を制作したり、土曜の自社制作早朝ワイド『気分は、バーディラッシュ!』を岡山・香川・滋賀・徳島にネットするなど、新規の番組販売も行った。また、週末を中心にTOKYO FM制作番組の「大阪のみ」へのネット開始を行っている(後述)。なお、2011年10月からは土曜朝の番組である『サタ☆スポ』は大阪発の全国放送となった(一部地域除く。長らく東京でも放送されていなかったが2016年10月より6時台の55分間をネットする)。2012年3月をもって『スカッシュ!』が終了し、2012年4月から、5時台はJFNC制作のファイル配信番組、6時台はJFN Bラインのネット受け(この時点では『中西哲生のクロノス』)が再開され、平日早朝の自社制作帯番組が姿を消した。これにより、平日の自社帯番組のスタートは8:20と大幅に繰り下げられた。2014年4月より朝のワイド番組『OSAKA MORNING VIEW』(金曜は『Precious.』)の放送開始時刻が6:00に再度繰り上がり『中西哲生のクロノス』はAラインのみの放送となった。その後2016年4月より朝のワイド番組『GOOD MORNING OSAKA』の放送開始時刻を7:30に再度繰り下げ、月~木に限り『中西哲生のクロノス』のB2+Aラインの放送となる(Bラインネット受けの復活、一部差し替えあり。金曜の『速水健朗のクロノス・フライデー』はAラインのみネット)など、短いスパンでBラインのネット受けと取りやめが繰り返されている不安定さである。
また、同時に平日深夜枠においても、2012年3月をもって大阪ローカルを取りやめ、2012年4月からは『BIG SPECIAL』のネット受けとなり、大幅に自社制作枠が減少している。なお、『BIG SPECIAL』は本放送局のネット受け開始後より『扉』時代と同様に大阪制作の曜日が復活、2016年4月現在放送中の『ON THE PLANET』も引き続き木曜放送分の制作を担当している。さらに、2012年4月に行われたFM COCOLOのFM802への事業譲渡後は、聴取率において厳しい状況に立たせられている。2013年4月度の関西圏ラジオ聴取率調査では、FM全局シェアでFM COCOLOに抜かれ、初の3位に転落している。2013年10月中旬から、自社制作帯番組において、これまでホームページ内のリクエストフォームからのみ受け付けていたリクエストやメッセージだが、番組宛ての専用メールアドレスによる受け付けも開始された。(番組内ではどちらの方法もアナウンスされている。)元社長の前田一は、日本電波塔(東京タワー)や南大阪新聞(現在の産経新聞の起源)、関西テレビ、ラジオ大阪などを創業した大阪出身の実業家・前田久吉の孫、ラジオ大阪元社長・日本電波塔元会長兼社長だった前田富夫の子にあたる。富夫は元々ラジオ大阪の大株主であったが、2004年に読売新聞などマスメディア集中排除原則の上限を超えて放送局に出資していたとされる事例が多数報道されたことを契機として総務省が行った調査で、放送エリアの重なる当社の株式を20%保有していたことが発覚し、マスメディア集中排除原則に抵触。ラジオ大阪の株式は父・久吉が創業した産経新聞社に売却した。ちなみに、総務省 電波利用ホームページでは、2005年の富夫死去後も2009年9月1日時点では名義はそのままとなっていたが(エフエム大阪は上場会社ではないため、株式を譲渡するときは名義を変更しなければならない株券電子化は義務付けられていない)、2010年10月1日現在では富夫の弟の前田伸(2007年6月からエフエム東京社外取締役)が社長を務める日本電波塔が20%を保有しており、この間に譲渡されたものと思われる。なお、日本電波塔はKiss FM KOBEの運営を承継した兵庫エフエム放送にも19.2%出資している。当局の局名表記は開局から1999年3月までは「FM大阪」であったが、同年4月に「fm osaka」に変更し、新聞の番組表表記も「fm osaka」になった。2008年4月1日から、英文表記を大文字の「FM OSAKA」に変更、新聞の表記などは「FM大阪」に戻した。同時に、ステーションキャラクターであった犬のマスコット「ハチ」もその役目を終えた。5:00を起点として、原則終夜放送を行っている(日曜日深夜=月曜未明2:00 - 5:00をメンテナンスタイムで不定期で休止する場合がある)。エフエム大阪では、近年、社会啓発に関するキャンペーンを多く行っている。『MUSIC COASTER ∞』など中高生の聴取率が高い番組内でも積極的に啓発活動を行うため、幅広い世代に伝えることができる。番組・ホームページ・イベントを通してキャンペーンを行う。普段日曜も終夜放送を実施しているため、不定期に流れる(その場合2:00に終了することが多い)。"斜字"は他のJFN系列局にもネットしている番組。TOKYO FM制作。特記なきものはTOKYO FM制作。TOKYO FM制作。TOKYO FM制作。
出典:wikipedia
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